美緒の行方
「猫の幽霊・・・?幽霊だと思える根拠はなにかあるんですか?」
「・・・窓の外に猫の姿があったり、部屋の中で猫の声が聞こえたらしい。」
「娘さんの失踪はその猫の幽霊に関係していると?」
解らんが猫の幽霊を見たと言い出してから娘の様子がおかしくなったんだ、と隆興は言う。本人は心霊現象など全く信用していない様だったが、娘の行方が解らない事でなにかの手掛かりになるのではないかと口にしたようだ。
しかし、今現在は「猫の幽霊」の影も形もなく、関係があるのか定かではない。
今はそれ以外の確定している状況を確認する以外にない。
義経は一旦「幽霊」は脇において改めて隆興に尋ねる。
「娘さんの失踪が家出ではないと言う確実な根拠は何でしょう?」
「娘は着の身着のままで居なくなったんだ、通帳とキャッシュカードは机の引き出しに残されたまま、それ所が財布とスマホまで部屋に置いたままだ!一円も持たずに家出が出来ると思うか!?」隆興は興奮気味にそう言った。
「警察にもそう言ったんだ!そしたら奴等、何と言ったと思う!?『女の子は体一つでどうにでもなりますからね。』とか抜かしたんだぞ!あいつら訴えてやる!!」
隆興はそう言った警官の顔を思い出したのか、激高してテーブルに両手を叩き付けた。
「・・・えー、山鼡さん?警官からそんな事言われるなんて、あなた普段からなにかあくどい事やってるんじゃないですか?」
それまで黙って聞いていた義経が隆興に何気なくそう尋ねた。
「世間に後ろ指さされるような事は何もしておらん!」
「そうは仰いますが、ここに来るまでに調べたところによると。パチンコ店を数店、古物商、高利貸し等など、お金が大きく動いて恨まれやすいお仕事では?」
義経に指摘され、隆興は押し黙った、それに構わず義経が続ける。
「あなたのお仕事の関係で、人間関係が壊れたり生活の基盤を失ったりした人は居ないと言えますか?今回の娘さんの失踪もあなたを恨んだ人に寄る犯行の可能性もあるのではないですか?」
「・・・警察の捜査では状況証拠から、娘が私を困らせる為の自作自演と言う線もあり得ると考えているようだ。」
隆興が言うには、警察による捜査で二階の娘の部屋の外の壁面に梯子を立てかけた跡が発見されたと言う。失踪時には部屋のドアは施錠されていたが、窓のカギはかかっておらず、外から賊が侵入した形跡もない上に梯子の周辺では娘の物と思われる一人分の足跡しか無かったらしい。
娘が自室に内側から鍵をかけ、自分で梯子を下りて出て行ったのだと考えていると言う事だった。
そして失踪したと思われる夜の10時頃、近くのホームセンターとドラッグストアに設置してある防犯カメラに娘と思しき人物が1人で歩いている様子が記録されていたと言う。その事から娘は自主的に家を出た可能性が非常に高いと判断した様だ。
「娘さんは所持金を一切持っていないと言われましたが、よろしかったら娘さんの財布と通帳、スマホを見せて頂けませんか?」
義経がそう言うと、隆興が隣に座る夫人に向かって頷き、夫人は立ち上がり部屋を出て行ったあと、しばらくして戻ったその手には通帳と財布、スマホがあった。
義経は一礼してそれらを確認していく。通帳には失踪の5日前に入金した形跡がありその残高は50万円を超えていた。財布には1万3千円分の札と小銭の現金と各種会員証がありクレジットカードの類はない。高校生では原則クレジットカードは持てない為それを利用して潜伏費用に充てる事は不可能だ。
「スマホのメッセージアプリの内容を確認したいのですが?」
「おい。それは娘のプライバシーにかかわる事で・・・。」
「あなた、私も美緒が心配でメッセージを見たんですけど、特に見られて困る様な事は無かった様なので、よろしいのでは?」
隆興は渋々と言った様子で黙って頷いた。義経は礼を言ってメッセージアプリの内容に大まかに目を通していった。やがてスマホをテーブルに置き、言った。
「特に問題の無い、日常の会話が残っているだけですね・・・しかし・・・。」
義経はテーブルの上に置いた通帳を再び手に取り。それを夫人に差し出した。
「奥様、この通帳を銀行で記帳してきて頂けませんか?」
「記帳ですか?はい、今からだと30分位あれば行って戻って来れるかと・・・。」
「今、この通帳には入金後に50万円以上の預金がある事になっていますが、入金した後にキャッシュカードで出金すれば通帳に記録には残りません。」
義経の説明に隆興は驚いて通帳を奪い取るように手に取った。
「そうか!そうすれば美緒は軍資金を手にしている事になる、事件に巻き込まれたんじゃなくて自分で姿を隠している可能性が高くなるな!?」
娘が違法な不純異性交遊で潜伏資金を手にした可能性が否定され、父親は安堵した。
「ええ、そして出金した金額が重要です。数万円位なら近くに潜伏の可能性が、遠くても佐賀市位なものでしょう。しかし数十万円出金している様なら、福岡市が潜伏先のリストに加わります。そうなると警察の捜査力に任せるしかありません。」
九州最大の都市、人口164万人を誇る福岡市は佐賀市からJRで1時間程度の距離にあり、佐賀から日帰りで遊びに行く者も多い。そんな大都市に潜伏されては個人で探すのは不可能と言える。そして女子高生がそんな大都市を一人でうろうろして居ようものなら別の事件に巻き込まれかねない、隆興を新たな不安が襲う。
「しかし、今はGWです。どこもかしこも人が多いですからね、県内でキャンプ場に紛れ込んだり、観光地に潜んでたりの可能性もあります。まぁ私なら、青春18キップで佐賀県警の管轄から遠く離れた場所でのんびりしますが。」
「おい!あんた!さっきから聞いていれば私を安心させたいのか、不安にさせたいのかどっちなんだ!?」
隆興は義経の言葉に感情を揺さ振られ過ぎて、思わず叫んだ。通帳から出金した金額次第で捜索範囲が絶望的に広くなってしまう事を思い知らされてしまったのだ。
「ですから、此処は一旦通帳の記帳待ちとしましょう。奥様よろしくお願いします。あ、私たちはその間に確めたい事がありますので、一旦外出いたします。」
義経はそう言うと政光を誘って一旦山鼡邸を後にした。レンタカーには戻らずにそのまま連れ立って道路を歩き出す。
しばらく歩くとドラッグストアとホームセンターが並んで営業している道へと出た。
ドラッグストアの向かいにはディスカウントストアも建っていて、手前にはコンビニエンスストアもある。
「ここが映像が記録されたドラッグストアとホームセンターですね。」
「山鼡邸から10分弱か、ここを通ったとすると山の方に行ったのかな?」
この先は民家と神社と寺が幾つか有るばかりで夜中に女の子が歩く目的のある場所の様には思えない。義経が辺りを見回して少し考えて言った。
「どうも防犯カメラにわざと映る為に此処を通った様に思えますね。」
「それって捜査をかく乱する為って事かい?」
「ええ、此処商業施設が集中してますからね、一人で出歩いてる証拠を残したのか、本当は反対方向に目的地があってかく乱する目的なのか。」
一通り現地を観察した二人は、そろそろ山鼡夫人が戻る頃だろうと帰路に就いた。
先に山鼡邸に着いた義経と政光に少し遅れて、山鼡夫人が戻ってきた。待ち兼ねたように隆興がソファに座ったまま妻に催促する。
「帰ったか、さぁ美緒は幾ら出金していたんだ?」
夫人はショルダーバッグから通帳を取り出すとそのまま隆興に手渡した。
隆興はひったくるように通帳を受け取ると、出金額を確認する。
「・・・・50万円・・・出金しているのか・・・・。」
隆興が愕然とした表情で呟き、夫人が小さく頷き、義経と政光は顔を見合わせた。
これによって捜索範囲が限りなく広がってしまったのだ。




