「九十九神」・弐
取敢えず弥生は事務所の義経へ連絡を取って事情を伝えた。
「隣町の五月さんが行きそうな肉料理店ですね、心当たりがありますから私が迎えに行きますよ、30分位で着きますしその時間じゃ食べ終わらないでしょう。」
五月さんは私に任せて弥生さんは事務所に戻って下さい、その間に男の子の身元も調べておきますから。そう言って通話が終了した。
「やっぱり義経さんは頼りになるな、五月さんの事はこれでOKっと。」
弥生は軽自動車の運転席に乗り込み、次のインターを目指してアクセルを踏んだ。
行きと違って五月の代わりに五月より遥かに体重の軽い男の子が助手席に乗っている分重量の減った軽自動車は、さらに軽快なエンジン音を響かせ夜の高速を走った。
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「五月さん、現代社会はスマホ忘れちゃいけないって何度も言ったのに。」
義経は弥生との通話を終了した後、独り言のようにそう言った。
「・・・まぁ、しかし、弥生君の『管狐』、凄く成長してるね。」
「ええ、まさか10数㎞離れた我々の場所まで即、飛んでくるなんて・・・。」
NPO法人アマツキツネの事務所内で、政光と義経が顔を見合わせる。
義経は『隣街で五月が行きそうな場所に心当たりがある。』と言ったが、正確には全く心当たりなどは無かった。弥生の『管狐』が五月の行方を確認し、此処まで飛んできて五月の入店した肉料理の店の情報を伝えたのである。
しかもその際に『ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。』と意思を表わしたのだった。以前よりもはるかに進化していると言えるだろう。
「なんか術者の弥生君の控えめな性格に似てきたみたいだよね?」
「それなんですが、私には3匹とも微妙に性格が違う様に思えるんですよね。」
「ええ?そうなのかい?流石霊感に関しては君が一番鋭いね。」
『いえ、今のところはそんな気がするって程度なんですけど。』と言いつつ義経は席を立ち、五月のお迎えの用意を始めた。和装の彼は普段は雪駄を履いているが、車の運転には少々不向きなためドライビングシューズに履き替える手間をかける。
「じゃあ、君が五月君のお迎えに行ってる間に僕は男の子の方調べとくよ。」
「はい、そちらはお任せします。では行ってきますね。」
義経はそう言い和風の柿渋染のショルダーバッグを肩に掛け事務所を後にした。
義経を見送り事務所に一人残った政光は、スマホを取り出し知人の警察関係者の番号をコールした。数度コール音が鳴った後相手が出た。
「夜分すいません、大館です。本日、小学男児の捜索願が出てないでしょうか?」
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義経は事務所裏の駐車場に降りると、自己所有のレトロな雰囲気の車へ乗り込んだ。
30年前に発売された時でもレトロと称された、角ばったフォルムの5ドアクロスオーバーSUVは現代になって名実ともに旧車となった。
弥生の軽自動車の様にエンジンを載せ替えたりなどの大規模な改修はせず、へたった足回りや灯火類を最近の性能の良いものに変える等で、扱い易く快適性能を上げる方向の改装を施してある。
ダッシュボード上のディスプレイオーディオにスマホのナビアプリを表示して、目的の店舗の住所を検索しナビを開始、ナビの指示に従いSUVを発進させた。
義経が古い車に乗り、手入れをすれば100年でも長持ちする和装を愛用するのには理由がある。永く使う事、永い時を経た物に宿る「九十九神」の存在を重要視しているからである。彼と「九十九神」は共生関係にあるとも言える。
自らの経年劣化を防げない「九十九神」の宿るモノ達にとって、義経は適切に手入れをしてくれるかけがえのない存在である。「九十九神」達は義経に対し彼らに出来る事は惜しまず行う、それが極限状態で生死の分かれ目となる事もあるのだ。
実際にこれまでの活動の中で「九十九神」に助けられた事は数多くあった。
「食べ放題のお店でなくて良かった。お金なんてどうでもいいけれど他所様に迷惑かけるのだけは勘弁してくださいね。五月さん?」
ナビの目的地への到着予想時間は約20分後を示していた。
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義経の操るレトロSUVは目的の店の駐車場へと入った。平日の夜9時頃という時間の所為か30台ほど収容可能な駐車場は半分も埋まっていなかった。
『そういえば夕飯まだでした、たまにはお肉もいいかもですね。』
店内に入るとすぐに五月の姿を発見した、黙々と山盛りの肉を食べている。
店のテーブルは4割程埋まっていたが、ほとんどの客は金髪美女が一人で大量の肉を消費する光景に程度の差こそあれ、皆興味を惹かれているようだ。
入り口の女性店員に『一名様でご利用ですか?』と声を掛けられたが『待ち合わせしているので。』と、案内を丁重に断り五月の使うテーブルに向かう。
「五月さん、あなたスマホ忘れたでしょう?支払い出来ない所だったんですよ?」
義経が五月にそう語りかけつつ対面に座ると、『ん?あ、そうだっけ?』と咀嚼していた肉を飲み込んでから言った。
「スマホは壊すなって言うから、黒い車に飛び蹴りする時置いてきたんだっけ。」
「車に飛び蹴り??高速道路で?なにやってんですか?あなた?」
義経が改めて五月を見てみると、着ている服は所々擦り切れ、破れている。
普段から着物のスレやほつれに気を付けている自分とは真逆だとつくづく思う。
五月がモデルの仕事で貰って来る流行の服等に「九十九神」が宿るなどと言う日は来ないのだろう。一年経つだけでもう「流行遅れ」となり着られる事も無いのだ。
義経が流行りを追わないのはあまりにも短期間で消費される「モノ」が哀れだと考えるからだ。さらに五月は服装には無頓着なので、貰った服は箪笥の肥やしにしかなっていない。おまけに折角着たかと思えば一日でこの状態になる事が日常茶飯事だ。
義経がそう考えていると店員がトレーに大量の肉を追加で持ってきて言った。
「お客様、申し訳ありませんがこれで商品が終了となります。」
その瞬間に、周囲の客から控え目に感嘆とどよめきが上がった。『すげぇ、一体何人前食ったんだあの美人さん?』『あの大量の肉があの身体の何処に消えるんだよ?』
『つか、食べるペース全然落ちてないんだけど?』相当注目を浴びていたようだ。
「え?じゃ、私は何も食べれないって事ですか?」
義経が思わず口にすると、店員が申し訳なさそうに詫びる。
『まさか、平日の夜にこんなに出るとは予想しておりませんで・・・』
普段は余裕を持って翌日の分までストックしてあるのだが、今日は其のストックまで使い切ってしまったのだと言う。そう言う店員に義経は反対に詫びる。
「すいません、連れがご迷惑をおかけしまして・・・。」
「いえ、迷惑だなんてそんな事は御座いません。」
お互い相手に詫びる事になった、それは良いが問題が一つ残っていた。
「となると折角お肉を食べるつもりだったのに食べれないって事ですね。」
五月はどこ吹く風で最後の皿の肉を一人で平らげようとしていた。目の前の義経に分けると言う選択肢は存在していない。彼女にそんな気遣いなど無縁だった。
「帰りに別のお店に寄りますから、そこまでお付き合いくださいね。五月さん?」
「んー?帰りに別の店に寄るの?」
「ええ、私だってお肉食べたかったんですからそれ位いいでしょう?」
「解った、そこで食べ直そう。」
「!?あなた、まだ食べるつもりなんですか!?」
周囲の客がその言葉に騒然とし、皿を片付けていた店員は思わず皿を落とした。
この店での支払いは20万円を超えた。




