51.お互いの正体!
「お嬢様……ヴァ……イオレッ……ト……」
誰かが呼んでいる声が聞こえる。
ヴァイオレットの意識が急に浮上した。
「大丈夫ですか?お嬢様……」
うっすらと目をあけると、心配そうなリガロとフェリックスが
自分の顔を覗き込んでいた。
どうやら、あの後倒れた為に、ソファーに寝かせられているらしい。
急に動かしたら危険もあるので、応急処置だろう。
その後ろでは、困ったように眉尻をさげて
小さくなっているアダラードが佇んでいた。
「そんなにこの男の顔が怖かったのですか?」
リガロは冷ややかな目でアダラードをみた。
「違うのよ、この方のせいじゃないの」
ヴァイオレットは、ゆっくりと身体を起こし
アダラードの方へ向き直った。
「ごめんなさい、驚いたでしょう」
「いや、俺の方こそすまない。
改めて自己紹介させてくれ。
俺の名は“アダラード=ガルーシア”だ」
「私は、“ヴァイオレット”です。
訳があって今はただの“ヴァイオレット”なの」
それを聞いたアダラードは、一瞬目を丸くしたが
直ぐに大きな笑い声をあげた。
「ハハハハハ……お嬢も訳アリか。
俺も訳ありで今はただの“アダラード=ガルーシア”だ」
「フフフ……お揃いですね」
そこにモネが紅茶を運んできた。
「ひとまず、お茶にしませんか」
「おう……」
二人は笑いあいながらしばしお茶の時間を楽しんでいた。
そこに……
「ヴァイオレットはいるか?」
まさかの人物が久しぶりに訪ねてきた。
「お父様!!」
レナルド=エムロードが護衛騎士のブレンと共に
部屋に入って来たのだった。
「お父様だと……?」
アダラードは、入ってきたレナルドの顔をみて固まった。
レナルドも同じように男を凝視していた。
2人の間に緊張した空気が走った。
(なぜこの男がこの部屋にいる!?
あの動乱の中、処刑されたと聞いていたが……
他人のそら似で片付けられる案件じゃない)
(お嬢の父親だと!この美貌の男……
各国に名を轟かせる、王の懐刀……
“レナルド=エムロード”宰相閣下だよな。
という事はこのお嬢は……
あのエムロード家のお嬢さまか!)
「お父様、アダラード様とお知り合いですか?」
二人は直もお互いに目を離さないでいたが
「いや……。
初めてお目にかかる方だ」
レナルドは歯切れ悪そうにそう答えた。
アダラードはアダラードで、顔をひきつらせたまま
頭をさげて言った。
「アダラードと申します。
この度は、ヴァイオレット嬢に助けて頂き
今こうしてここにいます」
「そうですか」
2人とも何か言いたそうだが、口をつぐんでいる感じが
拭えないんだけど……
どうしよう、この空気。
ヴァイオレットは、困った表情で二人の顔を交互にみた。
そんな様子をみて、話を戻すべくリガロが割って入った。
「レナルド様、何かお話があっていらしたのではないでしょうか?」
その言葉に、ハッと我にかえりレナルドは
わざとらしく咳ばらいをした。
「コ……コホン、ヴァイオレット!
ロベールの行方が分かるかもしれない。
どうやら、隣国のとある施設に匿われているという
情報が今朝入った」
レナルドは少し興奮気味にそう言った。
「その情報は確かなのですか?
そもそもとある施設とは、どういうところなのでしょう」
ヴァイオレットはきな臭さを感じざるを得なかった。
なぜなら、今までは生死の確認はおろか
一ミリの情報も掴めなかったのに、急にふってわいたような
情報が手に入るなんて逆に怪しい。
それはアダラートも同じ考えのようだった。
「旦那、それはどこの筋の情報だ?
知っての通り、あの国はもはや正常に機能してないことは
わかった上の事だよな?」
「…………」
レナルドは少しむっとしながらアダラードをみた。
「お父様?」
二人のピリついた空気に、少し狼狽えながらヴァイオレットは
レナルドをみあげた。
「とある、商人からの情報だ。
隣国と我が国を行き来しているらしい」
レナルドは渋々そう言った。
商人……
まさか、商人って……あの香辛料屋と繋がっていたりしないよね。
もし、そうならば逆にそれは罠だよぉぉぉ!!
フェリックス達もそう思ったらしく、苦虫をかみつぶしたような
顔をしていた。
「お父様、その商人というのは……
まさか香辛料を商っているところではないですよね?」
それをきいたレナルドの眼差しが変わった。
「なぜそれを知っている」
そしてその瞳が驚愕の色に染まった。
どうやら当たってしまったらしい……。
ヴァイオレットは、香辛料店でのいきさつから……
アダラードとの出会いまでかいつまんで説明した。
「そんなことがあったのだな。
こちらこそ、危ないところから娘を守って頂き感謝する」
レナルドはアダラードに深く頭をさげた。
「やめてくれ、宰相閣下……。
意図があってやったわけではない。
本当に偶然なんだ、お礼を言われる程のことじゃない」
そういって、きまり悪さに視線をさまよわせていた。
そんなやり取りをみながら、ヴァイオレットは確信していた。
(この二人、がっつり顔見知りだな……)
そんなヴァイオレットの視線を気づかないふりをした
レナルドは、さらに話を進めるように話し出した。
「……ヴァイオレット。
で、その曰くつきの袋の中身はなんだったのだ?」
「すっかり確かめるのを忘れていました。
フェリックス、それは今どこに?」
「お嬢、ここに」
フェリックスは胸の内ポケットからそれを取り出した。
「さて、何がでるか……」
レナルドは、小袋の赤いひもを解いた。




