第七章 逃れられぬ宿命
日が沈みかけ、オレンジ色に染まる街道で、ブロンド髪の女とアレスはにらみ合う。アレスの傍らには愛する妻ユリアが、女の魔法により泡に閉じ込められている。泡の中から心配そうにアレスを見つめていた。
時折何かを叫んでいるが、その声が泡の外に漏れることは無い。アレスは険しい顔で女に短剣の切っ先を向け、相手の恰好を確認し戦力を分析する。
(武器は背負っていないな、腰に下げた魔導書は四つか。四つの内の一つはルーンが輝いている。これはあのルーンが発動中であるという事……あれでユリアを閉じ込めている限りは、俺が掴まれたとしても拘束される事はないはずだ)
接近戦によるリスクは低いと判断、アレスは短剣を片手に握り、走って一気に距離を詰めていく。一見無謀に見えるアレスのこの突進だが、魔導士相手には定石の一つだ。魔導士を相手にする時に、最も恐ろしいのは距離を取った状態を維持してしまう事。魔法というのは基本的に武器を使った直接攻撃よりリーチが長いうえに、複数の魔導書を持ち歩くことも容易だ。距離を取って戦うというのは、魔導士に様々な選択肢を与え続けてしまうという事に繋がる。それに比べて接近戦での魔導士というのはルーンを触り、魔法を発動するという流れが必ず必要になるため、攻撃を行うのに二手消費する。アレスのこの判断は当然のもの、相手が通常の魔導士であれば。
「フゥーン、良い勢いだな? 彼氏クン。そうだよなぁ? まぁそうするよなぁ?」
女は片手を腰に当て、余裕を持った笑みで突進してくるアレスを見ている。そしてアレスが短剣の間合いまで踏み込み、女の腹目掛けて短剣を突き出した瞬間――アレスの短剣を真上に蹴り上げた。
「なっ!?」
アレスが驚愕し、硬直した瞬間には女は既に足を開き拳を握り込んでいた。そしてアレスの腹をその拳でまっすぐに突く。女の突きを食らったアレスは吹き飛び、何メートルも転げ回る。ようやく勢いが落ち着き、フラフラになりながら立ち上がろうとするも――
「グッ、ゴホッゴホッ……はぁ……はぁ……」
ダメージは大きい、吐き出したものには血が混じっていた。
「か弱い美人魔導士だと思って油断しただろぉ? 私のメインはこっちさ」
落ちてきたアレスの短剣を片手でキャッチしながら女はニヤつく。少し離れた場所で膝をつき、咳込んでいるアレスへ大きめの声で話しかけてくる。
「ぶっちゃけてしまうと私は職業柄生け捕りが専門でね? 武器は使わないし魔法も二つは捕獲用だ。戦闘用の二つも相手を殺せるほどの威力を持つのは片方だけ、まぁそれも彼氏クンには使わんがね?」
そう言って、奪い取った短剣をアレスの方に投げて返す。女はアレスの事をまるで警戒していない、実際に剣を持たないアレスと女の間には大きな力の差があった。仮に剣があったとしても厳しい相手だろう。そんなアレスを見下ろしながら女は続ける。
「彼氏クン? 君に提案があるんだがね? 良かったらあのお嬢さんの事は諦めて帰ってくれないかなぁ? 君と戦ってても楽しくないし儲けにもならんのだよ。これは時間の無駄というやつだな?」
「……ふざけるな」
呼吸を整えたアレスが転がっていた短剣を拾い立ち上がる。愛するユリアを奪われるくらいならば、力及ばずに死ぬ方が遥かにマシだ。
「そうかい、だったら武器を返した私はアホだな?」
そう言うと女は大股でノシノシと歩いてアレスに近づいていく。そしてある程度近づいた段階で拳を振り上げ、一気に飛び掛かった。もう一度アレスの腹へと目掛けて拳を突き下ろす、だがアレスはこれを回避、警戒さえ出来ていれば反応出来ない速度ではなかった。即座に短剣で切りつけるが女もこれをかわす、互いに近距離を維持し短剣と拳での応酬が続く。勝負は互角……かのように見えたが、徐々にアレスの動きが鈍り始める、最初のやり取りでの勝敗がここに来て響いていた。アレスはたまらずに後ろに下がってしまう。
「いいのかい? 下がって」
女は腰の魔導書の一つに触れルーンを起動させる、そして触れた手の人差し指を下がったばかりのアレスに向け――
「ウォーターバレット!」
女の人差し指から水で出来た弾が発射され、衝撃音を立ててアレスに直撃する。これをもろに食らってしまったアレスは大きく吹き飛び意識を失った。
「う~ん中々良い根性をした奴だったなぁ、龍の護衛と考えたら物足りない感じだが」
そう呟くと女はユリアの方を振り返る。ユリアは泡の中で泣きながら何かを叫んでいた、その声は外には聞こえていない。女はユリアの方へと歩きながら話しかける。
「彼氏クンの事なら心配いらんよ? あれは衝撃を与えて気絶させるだけの魔法だ。私以外には使ってる奴を見たことが無いほどの弱い魔法さ」
どうやら外からの声は泡の中に聞こえているようで、ユリアは少し大人しくなる。
「それにしても……捕獲したはいいが、このまま船に乗せて運ぶのは面倒だな? 魔法を解除したら大人しく付いて来ては……くれないよなぁ」
閉じ込められたユリアの前で腕組みをしながら、語り掛けるように独り言を話す。その時アレスの方を見ていたユリアが何かに反応を示した。
その瞬間、女は自身の背中に強烈な殺気を感じた。まるで背後から焼き尽くされるような、そんな殺気を。直後に女の横顔を凄まじい衝撃が襲う。何者かに蹴りを入れられたのだ。女は吹き飛び地面を転げ回る。
「アタシの勘違いだったらゴメンね、あとでお姉ちゃんに治してもらうから」
先ほどまで女が立っていた場所に、一人の少女がトンと着地する。短いスカートと銀色のポニーテールが揺れた。その目はキツくツリ上がっており、そこから覗く真っ赤な瞳が強い怒りで燃えている。腰のベルトには赤い魔導書が一冊と、片手用の剣が一本下げられていた。ヨリの登場だ。
「バブルプリズンか、ここまで強力なやつだとお姉ちゃんを傷付けずに破壊は難しいな。術者の方をなんとかしないと……」
ユリアを閉じ込めている泡に触れながらヨリが呟く、ユリアはヨリに何かを伝えようとしているが声は外には聞こえていない。
「お~お~、よく見たらその太ももはヨリチャンじゃないかぁ! 久しぶりだね! 体重を上手く乗せたい~い蹴りだったよ? ヨリチャンがあと三十キロ重かったら、今の一発でやられていたな?」
女は上半身をむくりと起き上がらせると、ヨリに向かって大きな声で話しかけてくる、ヨリは女の方をにらみつけ返事をする。
「アンタとはアタシ初対面なんだけど、それよりこれやったのアンタなの?」
「その通り! 確かに私の魔法だ」
「そっか、だったらさっきの一発で終わらせとけばよかったよ」
「私からも一ついいか? ここは町からも村からもそれなりに離れてるはずなんだが、どうやって気付いた? そしてどうやってこんなに早く駆け付けたんだ?」
「一つじゃ無くなってるし、そもそも答える気も無い」
ヨリとユリアには互いの気配を感じ取る事が出来る能力がある。村でユリアの接近に気付いていたヨリだが、その気配が急に停止したので不審に思い、全力で駆けてきたのだ。
最近町で何者かに付けられていたこともあり、少し神経質になっていたのだが今回はそれが幸いした。
酷いなぁ私は答えたのに……と、ぼやきながら女は立ち上がる。上着のポケットをごそごそとあさり、透き通った赤い石のようなものを取り出しヨリへと向けた。すると石は淡く光りはじめる。
「ん~? ヨリチャンにもちゃんと反応するんだが、お姉さんの方が反応はずっと強かったな? 強さならヨリチャンだが、お姉さんの方が龍としては大物らしい、な?」
ヨリは女を無視して気絶したアレスの元へと駆け寄っていた。体の傷を確認し、致命傷はない事が分かると安堵のため息をつく。アレスは気絶してなお短剣を握りしめており、ユリアを救うため、つい先ほどまで女と必死で戦っていたのだという事が伝わる。それを見たヨリの目に再び強い怒りが宿る。
「……アンタは楽には殺さない」
立ち上がり女の方へと振り返ると、ヨリはつかつかと歩いて間合いを詰めていく。ヨリの発する強い殺気によって、ヨリと女の間の空気が揺らぐ。周囲の温度は明らかに上昇していた、それに呼応するように女のブロンドの髪がチリチリと揺れる。
「ククク、ヨリチャンの魔力は炎の性質だな? 周りに影響が出るほど濃いのを持った奴は久しぶりに見たぞ」
ヨリは黙ったまま女の目の前まで来ると、そこでようやく口を開く。
「先に言っとくケド、アタシ魔導書は狙わないから」
「お? 何故だいヨリチャン?」
「やれる事全部やりつくして死ぬ方が敗北感あるでしょ?」
「ククク、確かに!」
女は答えると同時に右足でヨリを蹴り上げた、だがその瞬間にヨリの飛び膝蹴りが女の顔面を捉える。
「ぶっ! ガハッ」
鼻血を吹きながら女は大きく仰け反る、ヨリは空中に居ながら女の顎に手を当てると、全体重をかけて女の頭を地面に叩きつけた。再び女を地面に転がし、止めも刺さずにヨリは相手を見下ろす。
「魔導士にしちゃ今の蹴りは大した威力だったね。魔導書は拘束が二つに射出が一つと、生成が一つか、アンタ生け捕り専門の賞金稼ぎか何か?」
女は倒れた姿勢のまま腰の魔導書を触り、ヨリの顔に人差し指を突き出す。
「ウォーターバレット!」
人差し指から水の弾がヨリの顔面に向けて発射される、ヨリは顔だけを少しずらし難なく回避。女はその隙に飛び起きて距離を取る。
「強いね、ヨリチャン。今のは効いたよ」
かすれた声でそう言って、血の混じった唾をペッと吐き出し魔導書に触れる。女がその手を目の前にかざすと、水によって作られた大剣が生成された。ヨリは黙ってベルトに差していた片手剣を外すと、静かに鞘から抜く。
「ハアアアアアアア」
女は叫び大剣を持ってヨリに襲い掛かった。ヨリは無表情にその全てを回避し、女が空ぶったタイミングに合わせ的確に斬撃を刻んでいった。怪我をするどころか汗一つかいていないヨリに対して、女の体はどんどん血に染まっていく。二人のスピードや戦闘経験にそこまで大きな差はない、ではなぜここまでの差がついてしまうのか? その答えは動体視力と反射神経にあった。女が攻撃の動作に入った瞬間にヨリはその動きを捕捉し、最小限の動きで回避、そして反撃することが出来る。やっている事は非常に単純で、相手の選択肢を瞬時に見抜き、それに勝てる選択肢を被せているだけ。生まれ持った才能を最大限に活用した力技だ。接近戦の分が悪いと判断した女は一旦距離を取る。そして大剣を大きく振りかぶると――
「うらぁぁぁぁ!」
ヨリに向かって投げつけた。ヨリはそれすらもあっさりとかわし、無防備になった相手に止めを差すべく一気に接近する。そして右手で片手剣を構え女の心臓をまっすぐに突いた。
「グッ! ガッ!」
だがギリギリで体をずらされ、ヨリの剣は女の左肩へ突き刺さった。女は左手で、ヨリの剣を握っている右腕を強く掴むと、自身の右手に再び水の大剣を生成する。
「ワナだよぉ、ヨリチャン?」
「だろうね」
女がヨリに大剣を振り下ろすよりも早く、ヨリは左手を腰の魔導書に触れさせ、女に向けて叫ぶ。
「ファイア!」
ヨリの左手から発射された巨大な火球が、轟音と爆風を巻き起こし、女を大きく焼き飛ばした。
剣を肩に突き立てられたまま、血塗れの女は吹き飛び地面に落ちる。それと同時にユリアを拘束していた泡が消えた。魔法の維持が不可能になったようだ。
「お姉ちゃん! 大丈夫?」
ヨリはユリアの元へ駆けて行く。
「私なら大丈夫! それよりあの人を!」
二人ですぐにアレスの元へ向かう、ユリアがアレスに触れ傷が癒されていく。
「ありがとうヨリ、あなたが来てくれなかったらどうなっていたか……」
「へへ、間に合って良かったよ」
ヨリが久しぶりに笑顔を見せる、愛する二人を守れたことが嬉しかった。
「ヨリは大丈夫? 怪我はない?」
「アタシは平気、あんな奴敵じゃないよ」
笑顔で力こぶを作りユリアを安心させる、本当にかすり傷一つ負ってはいなかった。完全勝利と言ってもいい。だが――
「……ヨリチャン、まだ終わってないよぉ?」
二人の後ろに焼け焦げた女が立っていた、ヨリの片手剣を振りかぶって。
「……え?」
「ヨリ!」
ヨリに向かって振り下ろされた剣は、ヨリを庇ったユリアの背中を……深く切り裂いた。
「こんのぉぉぉぉぉ!」
ヨリは気絶しているアレスから短剣を奪い取ると、すぐさま女に飛び掛かり心臓を串刺しにする。
「ヨリ……チャン……楽しかった……よぉ……」
最後までニヤけた表情のまま、女は倒れていった。どこか満足そうに……
女が死んだことを確認すると、ヨリはすぐにユリアへ駆け寄る。
「お姉ちゃん! こ……この傷……」
致命傷だった。ユリアの傷は背中から大きく入り、胸から腹までを斜めに切り裂かれ、足元に大きな血だまりを作っている。
「ヨ……リ……あな……たに……」
「喋っちゃダメぇ! 治療に専念して! お願いだから!」
ユリアの傷口を緑色の光が弱々しく覆っている、だがこれではとても間に合わない。数分の延命が関の山だ。ユリア自身もそれに気付いている。最後の力を振り絞って声を出す、ヨリを抱きしめて耳元で必死に……
「すぐに……お母さんのところへ……向かって……『ドラクロア』の……山の中へ……もう……それしか……希望がないの……」
「何言ってんの! 何言ってんだよ! それどころじゃないでしょ!」
少しでもユリアの出血を抑えるために手で止血をする。しかし頭の中では、もうダメな事がヨリにも分かっている。混乱し涙が止まらない。
「ヨリ……ごめんね……私ね……本当は気付いてたの……あなたの気持ち……」
「おねえ……ちゃん……」
懸命に笑顔を作って、ユリアは最後の言葉を伝える。
「あの人と……仲良く……ね……」
そう言い残し、ユリアは事切れた。
「おねえちゃあああああああん!」
辺りには何もない夕方の平原に、ヨリの絶叫が木霊する。ユリアは最後、ヨリに何かを伝えようとしていたが、その内容のほとんどはヨリの頭には入っていなかった。『ヨリの本当の気持ちに気付いていた』ユリアの遺言のこの部分だけが、ヨリの心の中に深く刻まれて行く……
冷たい風が吹く曇り空の下、アレスは自分の家の庭に立ち尽くしていた。髪の毛は寝癖でぼさぼさになり、口の周りには何日も剃られていない髭がだらしなく生えている。その表情に感情はなく、まるで姉妹と出会う前まで時間が戻ってしまったかのような、そんな表情で目の前の物を見つめている。そこには小さな墓があった。アレスは既に何時間もここでこうしていた。
「アレス……風邪ひくよ?」
大きな袋を持ったヨリが遠くからやってきて、アレスに声を掛ける。買い物帰りのようだが、その表情は暗い。アレスはそれでも、目の前の墓を見つめるばかりで返事をしない。ヨリは袋を片手で持つと、もう片方の手でアレスの手を握り、家の中へと連れて行く。家の中へ入りヨリがテーブルの上を見ると、そこには手つかずの食事があった。ヨリが出かける前にアレスへ用意していったものだ。ヨリはそれを見つけると袋を置き、アレスを座らせ無言で片付けを始める。
ユリアの死からは既に十日以上が経過していた、ヨリの心は最低限生活ができる程度には回復しつつあったが、アレスは未だ抜け殻のようである。最初の頃はヨリも相当酷い状態であり、その時はレナが泊まり込みで二人の身の回りの世話をしてくれた。ヨリの回復が早かったのにはレナの支えがあった事も大きい。
「今日ね、レナが教えてくれたハーブを買ってきたんだ。お茶にして飲むと心が落ち着くんだって」
台所で作業を終え、アレスの対面に座るとヨリは優しい口調で声を掛ける。
「すまないな、ヨリ」
消え入りそうな小さな声でアレスが返事をする。ここ数日ヨリはこの台詞以外でアレスの声を聞いていない。ユリアの話は一言もしていなかった。それを始めてしまえば、互いに自分自身を責めてしまうという事が分かっていたからだ。アレスがユリアを守れれば、ヨリがきちんと女に止めを刺していれば、そんな後悔をいくらしたところでユリアは帰ってはこないのだ。
「アタシ平気だから、気にしないで」
この返しも何度もしている、だが今日は少し違った。
「本当に辛いのはヨリなんだ、だから俺がしっかりしなくちゃいけないのに……ヨリを支えてやらなきゃいけないのに……」
そう言ってアレスは涙を流す。それを聞いたヨリは自身も泣きそうになりながら返す。
「いいんだよ、だってアタシ達……」
そこで言葉に詰まってしまった。『兄妹』だから……とはヨリには言えなかった。その言葉だけは……
数日後、ヨリはレナと共にエルネポートの町の喫茶店まで来ていた。二人の行きつけの店だ。このままではヨリが参ってしまうと心配したレナが、少しでも息抜きになればと声を掛けた。
「それで、なんだけど……アレスさんの調子って……どうかな?」
遠慮がちにレナが尋ねる、ここに来るまでの間はなるべく触れないようにしてきたのだが、やはり気になってしまっていた。道中のヨリの様子が落ち着いていたので、恐る恐る話を切り出す。
「最近は少し良くなってきてるよ、会話も出来るし……元気はないけどサ」
そう言うヨリにも元気はない。
「そっか、なら良かった……」
「レナにはホントに世話になっちゃってるね……今日も、アタシのために連れてきてくれたんでしょ?」
「……少しでもヨリちゃんの気持ちが楽になればと思って……ヨリちゃんだって傷付いてるはずなのに……」
「アタシは平気だよ? こんな時だってのに『余計な事』ばっかり考えてる、心配する必要なんてない」
「そんなことない!」
レナは席から立ち上がって大きな声を出してしまう、すぐに我に返って座りなおした。
「ゴメン、嫌な事言ったね。せっかく心配してくれてるのに」
「ううん、いいの……」
平気だと言ったヨリの言葉とは裏腹に、その言葉を発した時、ヨリの魔力が大きく乱れていたのをレナは感じ取っていた。ヨリの魔力がこういった乱れ方をする時にはいつも共通のパターンがある。それを自己を強く嫌悪している時。ヨリが姉夫婦との複雑な関係に悩んでいた事をレナはよく分かっている、悩みを打ち明けられた事も少なくはない。アレスとのやり取りの中で、ヨリが自己嫌悪に陥る事もよくある事だった。だが最近のヨリはいつにも増してその感情が強いのだ。レナはそれを心配していた、その感情の出所が分からないだけにレナの不安は大きくなる。かと言ってこんな状況であまり突っ込むわけにもいかない。
「あ、そうだ。このお店最近お菓子の持ち帰りが出来るようになったんだよ、なにか買っていかない?」
「そうなの? じゃあ何か買っていこうかな……アレス最近全然食べないから、少しでも美味しいものを持って行ってあげたい……」
ヨリの一途な思いを見ていると、レナはいつも胸が痛くなってきてしまう。料理を教えている時も、二人で服を選んでいる時も、ヨリはいつでもアレスの名前を口にしていた。
そして二人が土産を選び終わり。店を出ようとレナが席から立ち上がった時に、事は起こった。
「じゃあヨリちゃん、そろそろ出よっか」
「う、うん……」
「……ヨリちゃん?」
ヨリの様子がおかしい事にレナが気付く、呼吸が少し荒くなっており、苦しそうに汗をかいていた。
「だ、大丈夫? どうしたの? 調子が悪いの?」
「だいじょう……ぶ」
ヨリは立ち上がろうとするも店の中で意識を失ってしまう。
「ヨリちゃん!? ヨリちゃん!!!」
レナが呼び掛けるもヨリの意識は戻らない。逃れられぬ宿命が、ついに彼女を蝕み始めた……
アレスは今、自分のベッドで横になっていた。隣にあるユリアのベッドを見つめて。こうしていると、ベッドで気持ち良さそうに眠っているユリアの顔を思い出せるからだ。そしていつしかユリアは目を開き、自分に微笑みかけ、おはようと言ってくれる。家の中の何処にいても最近はずっとこうだった、いや家の中だけではない、村の何処にいても彼女との幸せな思い出が蘇ってくる。その幸せな思い出の中にいる時だけが、彼に現実を忘れさせてくれた。
いつまでも思い出の中に逃げてはいられないという事はアレスにも分かっている。ヨリにばかり負担を掛けさせてはいられない。だが立ち直らなければと強く思うほどに、ユリアと過ごした記憶が沸き上がってきてしまうのだ。結局今日も彼に気力が戻る事はなく、こうしてベッドで横になっている。
どれくらいの時間そうしていただろう、アレスがいい加減髭くらい剃らねばと考え始めた頃に、何者かがドアを開き家に侵入してきた。
「アレスさん!」
アレスを呼ぶレナの声だ、ヨリではなく何故自分なのか、と考えどうにかベッドから這い出し、レナの方へ向かう。
「……レナちゃん? いったいどうしたんだい?」
レナの様子は普通ではなかった、大粒の涙をこぼしながら見た事も無い『赤い髪の少女』をおんぶしていた。
「アレスさん……ヨリちゃんが……ヨリちゃんが……」
レナは泣きながらアレスに何かを伝えようとしているが、言葉が上手く出てきていない。だがヨリに何かがあったという事だけは理解出来た。レナのその態度が、抜け殻になっていたアレスを現実に引き戻す。
「レナちゃん! ヨリがどうしたんだ! 何があったんだ!」
「分からないんです……お医者さんも分からないって……二人でお店にいたら、ヨリちゃんがいきなり倒れて……」
そう言ってレナは、背中におぶっている赤髪の少女に顔を向ける。まさか、と思いアレスはその少女の顔を確認した。
「ヨリ!? この子が……ヨリなのか……?」
その顔は紛れもなくヨリだった。だが銀色の髪が何故か赤く染まっていた。レナは一度町の医者に見せたが、髪が赤く染まった事も、意識を失ったことも原因が分からないと匙を投げられてしまったのだ。
「と、とにかくヨリのベッドに寝かせよう。俺は医者を呼んでくる!」
ヨリをベッドに寝かせると、アレスは大慌てで出て行ってしまう。家の中には残されたレナのすすり泣く声だけが響いていた……
「ヨリ……ヨリ……」
誰かが遠くでヨリを呼んでいる、ヨリは返事をしようとするも声が出ない。辺りは真っ白で何もない空間が広がっていた。ヨリは声から自分を呼んでいるのが誰かを特定した。
(お姉ちゃん……)
声の主はユリアだった。ユリアは遠くでヨリを呼んでいる、悲しそうな顔でヨリを見つめて。
(お姉ちゃん! お姉ちゃん!)
必死で叫ぼうとするもやはり声は出ない、一生懸命走っているのに近付くことも出来ない。悲しそうにヨリを呼ぶユリアの姿だけが、強烈にその瞳に焼き付けられる。
「お姉ちゃん!!!」
気付けばヨリは自宅のベッドで横になっていた。
(夢……?)
頭がだんだんと冴え、姉は既に死んでいるのだという事を思い出す。レナと二人でいた時に意識を失ったのだという事も。一体どれだけの時間自分は意識を失っていたのだろう。
次に自らに起こった異変に気付く。呼吸が上手く出来ないのだ。十分に息を吸い込む事が出来ず息苦しい、さらに体中が鉛のように重かった。これでは立ち上がる事も出来ない。そして……見てしまう、自分の髪を。
「……いやぁああああああああ」
ヨリの美しい銀色の髪は、血のように真っ赤に染まり、変わり果ててしまっていた。あの頃からずっと大切にしていた、アレスがユリアに一目惚れしたと言っていた、銀色の長い髪が。
「ヨリ! 意識が戻ったのか!?」
ヨリの絶叫を聞き大慌てでアレスが部屋に飛び込んで来る。
「来ないで……はぁ……はぁ……お願い……見ないでぇ……」
布団を被ってヨリは泣いていた、変わり果てた髪をアレスに見られないようにしながら……
結局アレスはヨリと話す事も出来ず、レナに助けを求めていた。町での気絶から丸一日が経って、ようやくヨリの意識が戻った事を知ると、レナはすぐに二人の家まで来てくれた。
「ヨリちゃんの事は私に任せてください、アレスさんは部屋の外で待っててくださいね」
「……すまない、レナちゃん……」
部屋のドアをノックしてから声を掛け、ヨリの部屋へとレナは入っていく。アレスはそれを涙を流しながら見ていることしか出来なかった。無力感に襲われながらテーブルに付く、自分に出来る事は何かないのかと、必死で頭を動かすも何も浮かばない。ヨリがレナに担ぎ込まれた日、村の医者も呼んでみたのだが、やはりこんな病気は知らないと言われてしまっていた。髪が変色する病気など、当然アレスも聞いた事が無い。ひたすらに悔しい気持ちが溢れていき涙が止まらない。自分は妻だけでなく妹まで救うことが出来ないのか……頭の中でその言葉だけが繰り返されていた。
しばらくするとレナが部屋から出てきた、アレスはすぐに声を掛ける。
「レナちゃん、ヨリは?」
「大丈夫です、大分落ち着きましたよ」
レナはそう言って少しだけ笑顔を作る。
「そうか……ありがとうレナちゃん」
アレスは涙を流していた。
「俺は……俺は大馬鹿だ……こんな時だっていうのに……あの子の傍にいる事すら出来ない……レナちゃんは何か知らないだろうか? 俺はどうすればあの子に心を開いてもらえる……?」
「ごめんなさい……私には分かりません……」
レナはその答えを知っている、だが何があってもレナの口から言うわけには行かない。どれだけ二人が傷ついていても、レナに出来る事は何もなかった。共に傷付く二人を見ていることしか出来ない。
「ごめんね、アレスは悪くないよ」
アレスとレナの会話を聞いていたヨリが部屋から出てきた、体はともかく精神的には大分落ち着いたようだ。
「ヨリ! 起き上がって大丈夫なのか? 痛い所はないのか?」
「うん……平気……ごめんね」
ヨリは壁に手を付き、立っているのがやっとといった風だった。とても平気そうには見えない。その時になってようやくアレスは気付いた、髪だけでなくヨリの瞳も変色してしまっている事に、赤かった瞳は青く変わってしまっていた。当然原因は分からない。ヨリの変わり果てた弱々しい姿に胸を突き刺されるようなショックを感じた。アレスの目からはひたすらに涙が溢れてくる。
「あの、私今日は二人の食事を作ってから帰りますね、台所お借りします」
辛そうにしていたレナが台所へと逃げていく、彼女もまた涙を流していた。
「いいよレナ、アタシやるから……」
レナを追いかけようとしていたヨリを、アレスは泣きながら抱きしめて止める。
「もういい……頼むから……頼むから休んでいてくれ……頼むから……」
「アレス……」
そのままヨリを抱きかかえベッドへと連れて行くアレス。ヨリは何一つ抵抗をせず、何処か嬉しそうにアレスの横顔を見ていた。
その日の晩。レナの作ってくれた食事を摂り、ヨリを寝付かせたアレスが台所で片付けをしていると、玄関のドアがノックされる。こんな時間に来客は珍しいな、と考えながらドアを開けると、そこにはローブを着た長髪の男が立っていた。年齢はアレスより一回り以上は上だろうか、その顔は険しく、鋭い眼光はヨリにも負けていない。男はアレスの姿を訝しげに見た後口を開く。
「ここに銀色の髪をした姉妹が住んではいないか? 名は……姉の方がユリア、妹はヨリだ。特徴的な赤い瞳をしている」
一瞬アレスは固まる、ユリアを狙ってきたあの女を思い出したからだ。もし狙いがヨリなのだとすれば家に上げるわけにはいかない。
「だったらなんだというんだ?」
すると男は平然とアレスを驚かせる回答をした。
「伝えなければならん事がある、俺は……二人の叔父だ」
「なっ!?」
信じられないと言ったようにアレスはその男を見る、顔から二人の面影は感じない、髪の色は緑で瞳も赤ではない。親類がいるなどという話も聞いた事が無かった。いや、そもそもアレスは姉妹の事について何も知らないのだ。
「あなたの名は? あなたが二人の親類だという事を証明する事は出来ませんか?」
「俺の名はオーラン、証明できるようなものは何もないが……姉妹の母親の名はヤイネ、父親はロキだ。俺はロキの弟にあたる。ユリアの方から何か聞いてはいないか?」
嘘をついているようには思えなかった。何より現状のヨリの事について、何か聞くことが出来るのではないかという僅かな希望がアレスの中に芽生える。
「失礼しました、私の名はアレスと言います。ユリアの……夫です」
「……何?」
アレスは挨拶をすると、オーランを家に招き入れテーブルの椅子に座らせた、そしてこれまでの事についてオーランに語りはじめる。姉妹との出会いの事、ユリアとの結婚の事、そしてヨリに起こった変化について……
「そうか……そんな事が……」
オーランは目を瞑って眉間にしわを寄せている。
「申し訳ありません……私が不甲斐ないばかりに……ユリアは……そしてヨリまでも辛い目に……」
「アレス、お前を責めるつもりは無い。真に責められるべきは俺なのだ」
「一体どういう事ですか……?」
「小さなユリアと、まだ赤ん坊だったヨリを孤児院に放りだしたのは俺だ、俺は兄とヤイネに顔向けが出来ん。責められはしても、お前を責める資格などありはしない」
「一体……あの二人の両親に何があったのですか?」
「そうだな、お前には知る資格がある。あの二人について……長くなるがいいか?」
「お願いします」
どこから話すべきか……とオーランは呟き、少し考えこんだ後に語り始めた。
「アレス……お前は暗黒龍の伝説を知っているか?」
「おとぎ話の……ですか?」
暗黒龍の伝説というのはそれなりに有名なおとぎ話の一つだ。世界の支配を企む悪人が、魔神と契約を結び闇の龍として生まれ変わり、世界中を恐怖で支配しようとする。物語の中では伝説の勇者の血を引く英雄と、その仲間達によって倒されている。
「そうだ、だがあれはおとぎ話ではない。色々と脚色されてはいるが、遥か昔暗黒龍は確かに実在した」
「それとユリア達に何の関係が?」
「まぁ聞け、おとぎ話ではとある男が魔神と契約した結果、暗黒龍として誕生したとあるが実際は違う、龍と呼ばれる種族がその力を暴走させ暗黒龍と化すのだ」
「龍……」
「二人の母であるヤイネはな、その龍だったんだ。父親のロキは人間だがな」
「ばっ……馬鹿な……いや、確かにユリアは普通ではなかった……」
「種族の差はあれ兄とヤイネは愛し合っていた、ユリアとヨリという子供にも恵まれた。だがその幸せも長くは続かなかったんだ。龍の力を狙う者が現れた」
説明しながらオーランの表情はさらに険しくなる。
「兄は戦う力を持っていない、生まれつき体が弱かった。俺は襲ってきた敵に対してまるで通用しなかった……あの時ほど自分が惨めに思えた事も無い。結局ヤイネが龍としての力を解放し敵を倒した、こうして俺達は生き延びたんだ」
オーランは歯ぎしりをして拳を強く握り込んでいる、強い怒りがアレスにも伝わってきた。
「まさか……それでヤイネさんは暗黒龍に?」
「ああ、ヤイネの体は暗黒龍へと変化を始めた。そこでヤイネは自分自身を封印することに決めたんだ。幼いユリアとヨリを、兄と俺に託してな。だがその後兄は死んでしまった。ユリアとヨリは俺しか頼る者がいなくなってしまったんだ」
「それで、二人を孤児院に?」
「その通りだ、軽蔑してくれて構わん。俺はその敵を送り込んできた男が憎かった。そいつへ復讐をするためだけに兄とヤイネを裏切り、二人を手放したんだ」
「……その男の名は?」
「そいつの名は……カーマイン……爬虫類のような眼をした大柄の男、遠方にあるロクトという国の王族だ」
「カーマインだって!?」
アレスは思わず立ち上がってしまう、それは父ロアンの命を奪った男と同じ名前だ。大柄で爬虫類のような眼をしているという特徴も合致していた。
「知っているのか?」
「はい……巨大な剣を背負った男……私の父を殺した男です」
「そうか……奴は龍の力を求めるだけでなく、世界中を周り強者と戦う事を楽しみにしている。恐らくそれでお前の父も狙われたのだろう。そうして奴は自分の配下になる人間も集めているんだ。ユリアを狙ってきた例の女も奴の部下だ。名をジュリアンテという、体術と水属性の魔法を扱う、賞金稼ぎをしていた女だ。名を聞き付けたカーマインが倒し部下にした」
「ではその男は父だけでなくユリアの仇でもあるわけだ……! オーランさん! カーマインについて出来る限りの事を私に教えてください」
「復讐にでも行くつもりか? 俺が言えたことではないがやめておけ、奴は強い。俺もずっと命を狙い続け、自らを鍛えているが奴には遠く及ばない。既に何度も敗北している」
「何度も? では何故あなたは生きているのです?」
「それは俺が奴の部下になったからだ」
「何ですって!?」
「本当だ、惨めな男だろう? 奴は絵に描いたような戦闘狂でな。自分の命を狙っていると知っていて、俺に止めを刺さずに勧誘してきた、腕を上げたらいつでも再戦してやると言ってな。今回お前達の居場所を知ることが出来たのは、ジュリアンテがこの地で龍を見つけた、とカーマインに報告を送ってきたからだ」
「で……ではカーマインもここに向かっているのですか!?」
「そうだ、俺はユリアとヨリにそれを忠告するために大急ぎでこの地まで来たというわけだ。すぐに逃げろとな」
「ならば私は迎えうちます! ユリアの仇を取ってやる!」
「だからやめておけと言っている。それに貴様が敗れればあの子まで犠牲になる」
「くっ……」
オーランは懐から赤い石のような物を取り出しテーブルの上に置いた、石はぼんやりと光っている。
「……これは?」
「これは龍晶石と呼ばれるもの、龍の力に反応して光る石だ。今光っているのはこの家にいるヨリに反応している。カーマインはこれを必ず部下に渡し、世界中を探させているんだ。当然奴自身も持っている。この付近に奴が到着すれば、この場所もすぐにばれてしまうだろう。出来れば明日中にもヨリをここから離した方が良い」
「ですが、あの子は今歩ける体じゃない……」
「原因不明の病気だと言っていたな、それはあの子が生まれながらに持っていたものだ。昔はヤイネが龍の力で病の進行を食い止めた、最近まではユリアが抑えていたのだろう」
オーランはローブの前を開け、自らの首から下げていたペンダントをテーブルに置く、ペンダントには綺麗な宝石が付けられていた。
「これはヤイネがいつも身に着けていたもので、彼女の力が宿っている。これなら病気の進行を抑えられるかもしれん」
それを聞いたアレスの表情が明るくなる。
「では、これがあればヨリは助かるのですか?」
「いや、あくまで一時的なものだ。効果があるかも怪しい。あの子が助かる可能性があるとすれば……直接ヤイネに会う事くらいか」
「ですがヤイネさんは……」
「自らを封印し閉じこもってしまっている……だがあの子ならば……もしかしたら、何かしらの反応があるかもしれない」
いずれにせよ可能性は低そうな話だ、明るくなったアレスの顔が再び沈む。アレスの様子を見ながらもオーランが問いかけた。
「アレス、お前はあの子を……ヨリの事を愛してくれているのか?」
「当然です、私にとってはたった一人残された家族ですから」
それを聞くとオーランは少し笑みを浮かべる。
「ありがとう、ならばお前にあの子を託したい。ここから離れるついでに、ヤイネの元へあの子を連れて行ってはくれまいか?」
「分かりました、何処へ向かえばいいのでしょう?」
「そう遠くではない、ここから東、ドラクロアの山中にヤイネが住んでいた神殿がある。今はヤイネの力によって結界に覆われてしまっているがな」
「東の、ドラクロア山ですね」
アレスは少し俯き、覚悟を決めたような表情に変わる。自分はヨリに何もしてやれないと思っていたが、ほんの少しだけ希望が見えた。
「俺はこれからカーマインの足止めをしようと思う、せめてお前たちがヤイネの元へ辿り着くまでくらいは何とかな、それが……俺があの子にしてやれる精一杯の償いだ」
そう言うとオーランは立ち上がり、再びローブの前を閉めた。
「待ってください、せめて一目だけでもヨリに会ってはくれませんか? あの子も喜ぶと思うんです」
「時間が無いからな、俺はもう行く。既に寝ているのだろう? 起こしてしまうのもかわいそうだ」
その時ヨリの部屋のドアが開かれ、中からヨリが現れた。
「まだ……起きてるよ……隣でそんな話されてちゃ寝てられないし……」
「ヨリ、大丈夫なのか?」
「うん、ちょっとだけ良くなったから」
ヨリはアレスに笑顔を向けると、続けてオーランを見つめる。こちらには険しい顔で。
「初めまして……じゃないんだっけ? アンタにとっては」
「……ああ、大きくなったな。ヨリ……」
オーランはそれだけ言うと、テーブルの上のペンダントを手に取り、ヨリの首にかけた。
「これを手放すな、ヤイネが最後に……兄に託したペンダントだ。きっとお前を守ってくれる」
すると、ヨリの首にかけられたペンダントの宝石が淡く光りはじめる、そしてその光がヨリの体を優しく包んでいった。
「ああ……凄い……本当に体と呼吸が楽になっていく……」
その言葉を聞いたアレスはヨリの手を取って喜ぶ。
「本当か!? ならきっとヤイネさんに会えれば治してもらえる! 行こう、ヨリ! 明日にでもドラクロアに向かおう!」
その様子を見ていたオーランは、涙を流していた。淡く光るペンダントを見つめて……
次回、生きるために再び旅に出るアレスとヨリ。それを追うように現れるカーマインと、その部下である一人の男。そしてヨリはペンダントの力で不思議な夢を見ます。遠い過去の夢を……