《21》
「今日、出張だから」
「また突然だな。いつまで?」
「明日」
共に朝ご飯を食べる向かいの父に伝えておくと、訝しげな表情を向けられる。
「こないだ遊びに行ったばかりじゃないか。あの子にも都合があるだろ」
「いいんだよ、こないだは結局行かなかったんだ」
先々週も出張と偽ったせいで父に渋られた佑真が思わず正直に答えると、父は増々訝しがる。
「お前は結局行かなかったのに、翌日帰ってきたのは何故だろうな……」
「……………………」
「まあ、野暮なことは聞かないとするか………………よかったな、明るく素直な彼女が受け入れてくれて。それで? いつ連れてくるんだ?」
「結局聞いてんじゃん。とりあえずしばらくは放っとけよ」
「その通りだ、焦っても仕方ない。今はゆっくり彼女と愛を育めばいい」
「もうやめてくれよ……」
息子の幸せに嬉しそうな様子を隠せない父に、佑真も参りながらさっさと朝ご飯を掻き込む。
「ほら、これも食べてけ」
「伯母さんの?」
「うん、昨日届いた」
父が剥いてくれた林檎を差し出され、最後に食べ始める。
毎年冬になると東北に住む伯母が送ってくれる林檎は、今年も変わらず美味しかった。
「今年もいっぱい貰ったから、近いうち遥希にも届けるか……」
少しばかり困り顔の父が視線を向けた隣の台所に、大きなダンボール箱が置かれていた。
今年も変わらずぎっしり詰まった林檎は、確かに父と自分の男所帯では食べきれる自信もない。
「俺、今日出張だから」
「それはさっき聞いたばかりだぞ」
「ついでだから持っていってもいいけど」
「……………………」
「何だよ…………俺じゃ駄目なわけ? そんなに娘と会いたいかよ」
せっかく息子が気を利かせたというのに父が黙ったので、すぐさま怒り出す。
「いや…………お父さん、急に膝が痛くなってきた。しばらくは安静だ」
ようやく口を開いた父が慌てて膝を擦り始めた。
「佑真、頼むな。いっぱい持っていってやってくれ」
「我儘言うなよ。林檎は重てえんだ」
とても嬉しそうな父がついでに沢山持たせようとするので、限界はあるとそっけなく遠慮した。
今日は会社を早めに出た佑真は夕方家に一度帰ると、バックに荷物を詰め込む。
台所に置かれたダンボール箱から林檎を取り出し、大きな袋に詰めていく。
まだまだ沢山箱に残ってしまったので、仕方なくいっぱい袋に詰め込んだ。
駅のホームに佇んだ佑真は、コートから取り出したスマホを操作する。
メールだけで済ますはずが、なぜか通話ボタンに触れてしまった。
ちょうど仕事休憩中だったらしい彼女が1コールですぐに繋いでくれた。
『今日はさっそく理沙さんの声が聞きたくなっちゃった? 今日もジムで待ってるよ』
「そんなんじゃねえよ、ジムにも行けねえ」
彼女の声が聞きたくなったのだと教えられようやく今気付いた佑真は今日もすぐさま否定し、今日は会えないことを伝える。
『佑真が特別な私に会いに来ない………………特別な私より大事な用事………………佑真、よかったね。こんなに早くお姉さんに会えるんだね』
「親父に頼まれたんだよ。林檎届けてくる」
もう決心してしまった佑真に彼女が喜んでくれると、ちゃんと言い訳しながら否定もしない。
『大丈夫だよ、佑真。お姉さんはきっと驚くけど、怖いわけじゃないんだよ。佑真が来てくれたから、とっても驚くんだよ』
「結局驚くのかよ…………まあ仕方ねえけど」
驚かれるのは覚悟していると、彼女に教えられるまでもなく最初から諦めている。
『佑真とお姉さんは双子の姉弟。佑真の会いたい気持ちはちゃんとお姉さんに繋がる。佑真が会いに行けば、お姉さんは驚いてもちゃんと待っていてくれる』
「…………今日は勇気をくれねえの?」
『特別な私に最初に会いに来なかった佑真は、もう私の手から勇気なんて必要ない。特別な私の声だけ聞きたかった佑真は、もうすでに勇気が漲っている』
「…………うん。ありがとう、理沙」
今日は彼女の声だけで初めて勇気が生まれた佑真は、特別な彼女に初めて呟く。
『あ…………また突然素直になった佑真に初めて呼ばれちゃった。理沙さん、またもや不意を突かれドキドキ』
ひねくれ者の佑真が稀に素直になると必ず動揺してしまう彼女に、思わずクスリと笑う。
「帰ったら何度も呼ぶ。待ってて」
最後は沈黙するほど動揺してしまった彼女をそのままに、通話を切ってしまう。
ちょうど今、遠くからホームに向かってくる新幹線を見つめ始めた。
自分のバックは足元に置き、座席に座り込む。
新幹線が再び動き始めると、いつものようにそのまま隣の窓を見つめた。
いつものように父に出張を装った佑真は、いつものようにこれから友人の家に行く。
今日初めて父についでを装った佑真は、今日初めて姉の家に行く。
友人の家と同じ町にある姉の家に、最初は林檎を届けに行く。
いつものように窓だけを見つめる佑真は、今日初めて心に迷いが生じた。
先に姉に会いに行く自分を、はたして彼は許してくれるだろうか。
先に姉に会う自分は、彼に許されるべきだろうか。
彼より先に姉に会ってしまう自分は、彼から許されることを望んではいけないだろうか。
それでも彼の友人を望みたい自分は姉に会った後、彼に何を伝えるべきだろうか。
迷いながら答えが出せない佑真は、見つめる窓からようやく離れる。
今度は膝の上にある林檎の入った袋を見つめた。
これから姉に持っていく林檎だ。
彼への勇気だけは姉からもらいたいと望んだ佑真は、一番上の林檎だけ取り上げる。
姉から貰った1つの林檎を彼に食べてもらうため、足元にある自分のバックにそのまま忍ばせた。