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43品目――水菓子(エピローグ)――

「ほらほら、みんな笑いなってー」

 スマートフォンのカメラモードのタイマーを設定しながら、妙に明るくて硬い表情のクラスメイト達にわたしは言った。


「マリちゃんこそ余所見してコケたら、恥ずかしい写真ができちゃうよ〜」

 駆け出したわたしに、長らくトモダチをやっているくるみが余計な一言を挟む。もっとも、そのお陰で皆が失笑を漏らして表情が柔らかくなったけど。



 わたし――古賀茉莉彩こがまりあ――が通っていた学校では本日、卒業式が行われていた。

 長い式を終えたわたし達は今、受け取ったばかりの卒業証書を片手に、皆で黒板の前に集まって記念撮影をやってるところだ。

 三年間お世話になった机と椅子を三脚代わりに使い、タイマーをセットしたスマートフォンを置いて同級生の輪に入った。

 独特の電子音を発してシャッターが落ちる。小走りでスマートフォンを回収して手早く写真をチェックすると、皆の笑顔が集まった写真が表示されていた。

 思ったより良く撮れたのは最新機の機能が優秀だからだろうか。


「どう? ちゃんと撮れてる?」

 言いながら順子がスマホの画面を覗いてくる。

 画面には満面の笑みを浮かべたクラスの男女が写っていた。


「おお〜。いい感じじゃん」

「そうね。スマホの画面で見る限りじゃってとこだけど」

 言いながらスマホを操作し、写真を保存しつつ、今いるメンバーに送信する。

 写ってた面々のケータイ――スマホ以外もいるので――が音やら曲やら振動音やらをそれぞれ響かせ、

「おおっ!」とか「撮れてる」とか「目閉じちゃってるよ!」などなど、思い思いの声を上げていた。


「あー、もう一回言っておくけど、今日は3時(15時)から“藤華とうか”でお別れ会だからね。せっかく茉莉彩が予約入れてくれたんだから、皆忘れないでよ!」

 送られた写真をネタに、喧騒に包まれていく教室へ、順子の良く通る声が響いた。


「解ってるってー!」という元気の良い返事が多数飛び、そして写真をネタにした喧騒が上から覆っていく。


「あ、そうだ。順子ー?」

 わたしは喧騒を避けつつ、それに打ち消されない程度の音量でお別れ会の幹事である順子に声をかけた。


「何? どうかした」

「今日のお別れ会、ちょっと遅れるわ」

 何事もなく、世間話のようにわたしは告げる。

 今日はどうしても外せない用事を、すっかり伝え忘れてたからだ。


「えっ!? まあ、でも遅れてもちゃんと来るんでしょ?」

「わたしが予約したんだから、もちろん行くわよ。本当にちょっとだけ遅れるだけだって」

「おっけー。じゃあ、問題ないわ」

 手をひらひらとさせて順子は言うと、何事もなかったかのように、他のコ達と雑談を再開していた。


「大丈夫だよマリちゃん。誰も二人の邪魔なんかしないよ〜?」

 ニタニタとしたイヤらしい笑みを浮かべた小動物が横にいた。

 ……相変わらずカンの良いことですこと。そのカンのお陰でこっちは彼氏の存在をバラされ、学校中の男子に落胆されてしまったという苦い思い出があるんだけどね。


「んー。まあ邪魔されるとは思ってないけどね」

 この動物並みのカンの前で誤魔化しても仕方がないので、できるだけサラリと流すように言った。


「ほほぅ。では期待通り、口で言えない|あーんな事やこーんな事をしてお腹いっぱいになってくる《めくるめく大人の世界の話》んだね☆」

 まったく、この小動物は……見た目は皆に愛されまくる程の美少女なんだから、そのドエロ脳を何とかすればいいのに。などと考えつつ、わたしは残念でしたと、チロっと舌を出し、彼は仕事時間中なんだから休憩時間にお喋りするだけよ。と微笑んであげる。


「ちぇー。体験談を漏らさず聞ける最後のチャンスだと思ったのに〜」

 どこからともなく現れたノートとペンをあっと言う間にしまいつつ――亜空間にしまっているようにしか見えないんだけど――、口を尖らせたくるみが言う。


「はいはい。最後まで不発で残念だったわね」

 心の中では『本当にそんなことしても、あんたに話すワケないでしょ!』と悪態を付きつつ、テキトーな返答で濁したわたしは、荷物をまとめて多分、一番早く教室を抜け出した。


 学校のグラウンドを急ぎ足で横切り、短くしたスカートに気を使いつつも急な階段を早足で下る。走ってはいないから大丈夫……なハズ。

 階段を下りて目の前に続く上り坂は……流石に歩き、その先に広がる住宅団地を横目に脇道へと入っていく。

 近道の急な階段は避け、緩やかなスロープをゆっくりと歩いて上って住宅街や駅が一望できる高さまで来たことを確認すると、今日の目的地へとたどり着いたことを実感した。

 住宅団地全体を見渡せるような立地に造成されたそれは、もう一つの住宅街と言えるんじゃないかと、わたしは勝手に思っている。


「おばあちゃん。また来たよ」

 灰色を基調とした石へと話しかけ、わたしは鞄の中からペットボトルに入ったお茶と個包装されたいちご大福を取り出して“松永家の墓”と刻印された石の前へと供える。

 ここはわたしが“おばあちゃん”と慕う――名前は知らずおばあちゃんとずっと呼んでいた――女性が旦那様と眠っている墓所だ。


 おばあちゃんと呼んではいるけれど、彼女とわたしに血の繋がりは全く無い。あったらどれだけ素敵だったかと何回も思ったし、当人に愚痴った事もあるけれど、それを聞いたおばあちゃんは『それは素敵な提案だけど、今より素敵とは言えないわ』と微笑みで返してきたのだ。当時、お子ちゃまだったわたしはぐぅの音も出せず、出されたお茶とお菓子を八つ当たりのように口に放り込んだっけ。

 でも、何のかんの言っても、おばあちゃんはわたしがお店や家に出入りすることに反対せず、本当のおばあちゃんみたいに面倒を見てくれて、学校では教えて貰えない生きていく上での知識や知恵、他にも色々な事を教えてくれた。


 そうそう、わたしが学校中の男子の視線を釘付けにできた――彼氏の存在がバレるまでだけど――のも、おばあちゃんにお洒落を教えて貰えたからなのよね。

 そんな人だったからおばあちゃんと呼んではいても、彼女は凛として綺麗だった。一度せがんで、若い頃の写真を見せてもらった事もあったけど、あれは現代の感覚で見ても通用するメイクを施したスッキリとして、それでいて可愛いと思える顔だったので、ついついわたしは『おばあちゃんの若い頃ってモテモテだったんじゃない?』と、聞いてみた事もあったな〜。


 そんなおばあちゃんも七ヶ月程前に、おじいちゃんの後を追うように他界――おじいちゃんの葬儀の時に、おばあちゃんは『約束したからあなたを先に送るけれど、あたしも直ぐに行くから、少しだけ待っててね』と言っていたけれど、まさか言葉通りになるなんて思ってもみなかった――してしまったのよね。無茶苦茶仲の良い夫婦だったのは知ってたけど、死ぬ時まで同じ年にというのは本当にヤメテよねと言いたかったくらいだ。だから、ダブルでショックを受けたわたしは、夏休みの真っ盛りだったこともあって、毎日のように一日中大泣きしてたっけ。

 ……おっと、思い出したら涙が浮き出てこようとしてくる。もう、おばあちゃんに悲しい顔は見せないと誓ったんだから、笑顔笑顔っと。


 大体、おばあちゃんには『あたしが死んでも、お供え物はあんたの笑顔しか要らないからね。その代わり、たまにはお参りにきてちょうだいよ』と冗談めかして良く言われてたからね。お墓に来ても何とか笑顔を維持するのはわたしの義務だよ。

 まあ、お供え物は要らないと言われても、少しでも用意しちゃうのはわたしの性なのか、日本人の特性なのか。今日のいちご大福も、おばあちゃんが好きだった和菓子屋さんでつい買ってしまったものだし。

 内心で苦笑しつつも笑顔型に表情筋を引っ張り、そして普段顔に戻してから、わたしはお墓の前で両手を合わせて目を閉じた。

 心の中で念仏を唱えた後、ゆっくりと目を開き、合わせていた手を解くと、鞄からはみ出している筒を引き抜く。


「今日ね、卒業式だったよ。ほら、ちゃんと卒業証書も貰ったし、皆で記念写真も撮ってきたよ。それに、この後お別れ会も行ってくるよ。おばあちゃんに教えてもらった通り、上手くやっていってるよ、わたし。そうそう、上手くやるって言えば“籐華”でアルバイトしてくれてた千秋さんね、山内さんと一緒になるみたい。山内さん、古田先生のお手伝い頑張ってたら先月、自分の後継者にって話をもらって千秋さんに『俺を支えてくれ』ってプロポーズしたんだって。千秋さんも嬉しそうに教えてくれたよ。おばあちゃんも千秋さんの苦労話を聞いて気にしてくれてたから、報告するね。本当、千秋さんにも幸せになってもらいたいって思うわ」

 何気ない雑談といった風に語りかける。

 でも今日、わざわざここまで来たのは雑談をするためではない。


「……おばあちゃん、ちゃんとわたしの事を報告するね。わたしね、来月結婚する事にしたの。相手はおばあちゃんが推薦していた藤原賢志たかしさんよ。これである意味わたしもおばあちゃんの孫だね。だって、賢志さんはおばあちゃんのお弟子さんの息子さんだから」

 冗談っぽく微笑みながら言ってから笑みを消す。そして口を結ぶと、大きく深呼吸してから続きを息と共に吐き出した。


「今ね、お腹に賢志さんの赤ちゃんがいるの。まだ性別は解らないんだけど、何となく女の子だと思うわ。おばあちゃんには一年負けたけど、わたしもお嫁さんになってお母さんになって……幸せになるよ」

 そう、おばあちゃんは良く『あたしでも十七で結婚しておじいちゃんと一緒になったからね。あんたくらい可愛い娘は、お国のためにも早く結婚して子沢山になってもらわないと』と言って笑ってたよねと、心の中で追加する。


「子供ができたって解った時は不安だったけど、おばあちゃんが推薦しただけあって、賢志さんはとても良い人だったよ。あ、聞いてよ、普段はわたしに無関心なお父さんもお母さんも、妊娠したって言ったら、わたしを親不孝者って罵しるの。賢志さんが報告と結婚の許しをお願いに来た時は外用の笑顔貼り付けて聞き流してたのにね。帰った瞬間、手の平返されるんだから、参っちゃうわ」

 本当に目の前におばあちゃんが居るかのように、わたしは報告と愚痴を続けた。


「普段は顔を見せる事も稀な親なのにね。それを話したら賢志さん、寂しい時も不安な時もこれからは俺が側にいるんだ、遠慮せず甘えてくれ! って励ましてくれたの。本当におばあちゃんは男を見る目があるよね」

 そこまで言い切ったところで、春風が頬を撫でる。

 霊園の裏山の木々がざわめき、風が強くなることを教えてくれた。


「ん」

 構えていたはずなのに、思わず息が漏れるくらいの風がわたしの長い髪をたなびかせ、どこからともなく一枚の花びらが頬を掠めた。


 ――ほうら、あたしの言った事はしっかり当たったでしょう、茉莉彩!――

 全く聞いた事が無いハズなのに、恐ろしいほど聞き慣れた得意げな声がわたしの耳へと届く。


「え? 小夜子?」

 全く知らない名前が口から出た。

 知り合いにそんな名前のひとはいないはずなんだけど、何故だかもの凄く昔から知っている気がする。

 ――誰だろう?

 そんなことさえも考えなかったくせに、わたしの脳裏には一つの考えだけが明確に浮かび上がっていた。


 “そうだ、もしも生まれてくる子が娘だったら、その子の名前は小夜子にしよう”


 その想いを胸に、わたしはもう一度、墓前で手を合わせて目を閉じるのだった。

三年半の長きに渡り、アクセスして頂いた皆様、ありがとうございます。自分がたどたどしくも執筆を続け、そして完結させる事ができたのは、ひとえに読んで下さった皆様のお陰です。また、拙作に感想を頂いた方々、ご評価頂いた方々、最後のこの場をお借りしまして御礼申し上げます。ありがとうございました。

三年半の間に三回引っ越し、仕事も変わり、家族も増えて目まぐるしい日々を送っておりますが、また時間を作ってチョコチョコと執筆は続けれればと思っております。まだまだ拙く、力足らずは自覚しておりますが、また、お目にして頂ける機会がありましたら、是非ともよろしくお願い致します。

最後にもう一度、自分の執筆人生で初めて完結できた作品にお付き合い頂きました皆様に感謝を申し上げ、後書きの締めとさせて頂けましたら幸いです。

ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。

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