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春夏秋冬、そして春【完結】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中


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4/4

冬―そして春


 沖田はこの日、寝巻きではなく手持ちの中で一番上等な服に着替えた。


 黒の御召(おめし)仙台平(せんだいひら)

 いつ仕立てたのだったか。

 確か土方に言われたのだ。

 幕臣になるのに一張羅も持たないでどうすると。


 外出するため、羽織を羽織って刀を腰に差した。

 襖の前に立った土方はじっと沖田を見た。

 

「無理はするなよ。時間も長くはとれねえ」


「感謝します。土方さん」


 緩くなった袴の紐を結び直した。


 外に出れば、吐く息はすっかり白い。


 季節は冬。

 逃げようもないほどの冷たさが町を包む。


 寺の門前通りの前で壁にもたれていると、

 ちらちら舞い落ちる粉雪の向こうに桜羅が見えた。


「突然呼び出してすまないね」


 首を振る桜羅は、今にも泣き出しそうだった。


 (ふみ)で、約束を守れないことの謝罪が沖田が出したきり、二人は逢えていなかった。


 そんな中突然、逢いたいと伝えた。


 桜羅は白い吐息を浅く溶け込ませ、手を握りしめて沖田の言葉を待っていた。


 沖田は町並みを見た。

 雪に霞む、二つ目の故郷となりつつあった京都を。


 固く結んだ唇をゆっくり開いた。 


「ここを離れることになってね」


 桜羅の目が大きく開かれた。

 沖田は再び目を遠くした。


「今日はそのお別れに」


 地面が粉雪で覆われ始める。

 しんしんと音のない空間で、桜羅はなにひとつ出来なかった。


 縋ることも、理由を尋ねることも、

 瞬き一つをすることも。


 いつか桜の花と魅せられた愛しい瞳を、沖田は真っ直ぐ見つめた。


「貴女に出逢えて幸せでした。どうか、達者で」


 出逢った頃と変わらぬ口調。

 だが、その声は激しい咳に蝕まれ低く枯れていた。


 桜羅はやっとのことで沖田の手をとった。

 痩せてしまった凍るように冷えた指を、温めるように包む。


「いつ、発たれるのですか? お見送りを……」


 続きは出てこなかった。


 沖田があまりにも穏やかに微笑むから。

 これが最後なのだとわかってしまったから。


 沖田は、涙を零す桜羅を抱き寄せた。


 震えが止まるまで抱きしめることはできないけれど、冷たく色を失くした頬にそっと口づけた。




 ◆



 慶応四年 春



 縁側に腰掛けた沖田は、ぼんやり空を眺めていた。

 徐々に落ちた視界には、見事に桜が咲いていた。

 ここは江戸。


 戦についていけなかった沖田は、最後の散り場所としてここへ来た。


 仲間と離れてたった一人で――


 そのはずだった。


 


 





「総司さん」


「ああ、置いておいてくれるかな」


 沖田は首を回し、卵粥を運んだ女に声をかける。


 女は枕元へ卵がゆを置くと、布団をさっと整え直す。

 終えると縁側に出て、沖田の隣に腰を下ろした。


「起きていて良いのですか?」


「今日は調子がいいんだ」


「冷えてはいけません」

 女は沖田の肩へ羽織を掛けた。

 沖田は羽織の襟をかきあわせて微笑む。


「この花をまた、桜羅と見られるとは思わなかったな」


 沖田は遠い目をする。

 

 桜羅はあの後、実家のあらん限りの伝を使い、そして至る所で聞き込みをして、匿われていた沖田の場所を探し出した。


 箱入りお嬢様だと思っていたのに、家出同然に出てきた彼女に沖田は仰天したのだった。


 

「もう行くところはないと言い張るんだからね。参ったよ」


「……あんなお別れは、嫌です」


 少し拗ねたような彼女の頭を撫でる。

 

 もっと辛い別れになるかもしれない。

 それでも、桜羅は傍にいることを選んでくれた。


――自分なんかといなければ幸せな将来があっただろうに

 そう思えば苦しいこともあるが、沖田はもう、自分を責めることはやめていた。


 時勢の流れで、どうにもならないものというのはあるのだ。



 幕臣にまで取り立てられた新選組。

 

 年明けすぐに鳥羽伏見で敗走した新選組は、甲州勝沼の戦いで再び新政府軍に敗北。


 そのどれにも、沖田は参加できなかった。


 あらがっても、どうにもできないものがある。

 それなら身を任せて素直になろうと、わだかまりが解けたのは――ほんの最近なのだけれど。



「桜羅」


 唇に口づければ、愛しいぬくもりがそこにある。


 だから散ったとしても、確かに生きたと言えるだろう。

 格好いい散り方にはならないようだが、そこも含めて人生だ。



 舞ってきた桜の花びらを手に受けて、そっとやさしく風に流した。




 ――終――

 

ありがとうございました!

こちらは別短編の「桜羅―さくら」の別ver.でした。あちらが暗すぎるなと、書き始めました。


そのはずが冬の別れのあたりで雲行きが怪しくなり、慌てて春をつけ足しました。

沖田総司さんの話を書く時は、本当に気をつけないと悲しい結末になってしまいます……。


新選組の長編も書いていますので、覗いてみてください❀

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