ようこそあやかし荘へ
水島さんに取材を申し込まれた翌日。
俺と紫蜘蛛は、駅前で水島さんを待っていた。
紫蜘蛛は、俺が漫画に夢中なのが面白くないようで、あまり乗り気ではないようだが。
『──あまり、本にうつつを抜かしてほしくはないのだけど』
「そうはいっても、面白いものは面白いんだ。先が気になるというか、主人公とヒロインの関係性が──」
『──暁人には、私がいるのに』
ずいっと、紫蜘蛛の指先が俺の鼻を押す。
思わず鼻が鳴ってしまう。
「……悪かったよ」
不機嫌そうな紫蜘蛛に一言謝ると、指を離した。
最近の紫蜘蛛はいつもこんな感じだ。
海月との憑き人契約のことを知って以降、俺が紫蜘蛛以外の対象に興味を持つと拗ねてしまう。
不可抗力とはいえ、俺にも非があることは分かっているが、やりづらさはある。
「すいません、待たせちゃいましたか?」
人混みの向こうから、手提げカバンを持ち上げながら水島さんがやってきた。
昨日よりもフォーマルな格好で、より大人っぽい雰囲気を醸している。
「いえ、俺たちも今来たところです」
立ち上がり、水島さんを迎える。
紫蜘蛛はそっぽを向いたままだった。
「……ほら紫蜘蛛、挨拶」
『──よろしく』
渋々といった具合に会釈する。
そろそろ機嫌を直してもらえないものか。
「では早速ですが、僕の家へ行きましょう。聞かれると困ることもあるでしょうから」
「はい。よろしくお願いします、水島さん」
水島さんと並んで駅から歩き出す。
紫蜘蛛は、俺の手を握って一歩後ろを歩いている。
「それにしてもありがたい限りです。まさか二つ返事で了承してくれるなんて」
「好きな漫画の作者さんの取材なんて、断る理由がありませんよ」
二人で雑談をしながら、水島さんの家へ向かう。
何度か紫蜘蛛にも話を振ってみたが、気のない返事ばかりで、結局会話に加わることはなかった。
「──ここが、水島さんの家ですか?」
駅から歩くこと二十分。
紹介されたのは、とても古いアパートだった。
ヒビの入った外壁に、錆びついた階段の手すり。
とても売れっ子漫画家が住んでいるとは思えない建物だった。
「まあ、色々事情がありまして。僕の部屋は二階です」
水島さんは慣れた足取りで赤褐色の階段を登っていく。
一歩踏みしめるたび、赤褐色の錆がぱらぱらと落ち、不安を煽る。
『──暁人。やっぱり帰りましょう』
「……いや、中は意外と綺麗かもしれないだろ」
意を決して階段に足を乗せる。
見た目よりはしっかりしていて、少なくとも踏み抜いて落ちるなんてことはない。
紫蜘蛛は階段を無視して、一跳びで二階の廊下に飛び乗った。
「おお!さすが、身体能力は人間よりも遥かに上なんですね!」
『──これくらい、普通』
紫蜘蛛の動きを興奮気味に観察していた水島さんを前に、ややぶっきらぼうに返事をする。
まだまだ警戒は解けそうにないなと、俺は小さくため息をついた。
ガチャリと大きな音を立てて、玄関の鍵を開く。
「あまり広くはありませんが、どうぞ」
「はい、お邪魔します」
水島さんに促されて、玄関に上がる。
直後、紫蜘蛛が突然俺の前に守るように現れた。
『──そこにいるのは、誰』
警戒心が露わになった声色。
俺は何も感じられず困惑する。
「どうしたんだ紫蜘蛛。何もいないぞ」
『いえ。いますヨ』
声と共に、視界の外から突然女性が“発生”した。
白い生地にパステルカラーの光が走る、近未来的なスーツ。
カラーチャートのような虹色の瞳が、俺を捉えている。
「っ!?」
『──暁人、下がって』
紫蜘蛛が臨戦態勢に入る。
今にも飛びかかりそうな彼女を抑え、水島さんの方を見る。
彼は額に指を当てて首を振っていた。
「エマ、人を驚かせるのは禁止って言っただろう」
『すみませン、マスター。驚く顔を見るのが楽しくテ、つイ』
エマと呼ばれた女性が、申し訳なさそうに頭を下げる。
七色に光るラインが、青色一色に変わる。
「えっと、水島さん。この方は……」
エマが戸惑う俺の手をするりと取り、リビングへと案内する。
『申し遅れましタ。私は“画魔”。漢字では可愛くナイので、カタカナ読みでお願いしマス』
ぎこちない、読み上げソフトのような口調で自己紹介をするエマ。
直後、紫蜘蛛が割って入るように俺の手を強く握った。
『──暁人は、渡さない』
『あらアラ。心配しなくてモ、取って食べタリはしませんヨ』
『私のマスターは、茂夫ですかラ』
『さア、皆さんお待ちデス』
リビングへ繋がる扉が開く。
目に入ってきた空間は、信じ難いものだった。
怪異がいる。
それも複数。
ろくろ首、砂かけ婆、化け猫、狸地蔵。
どれも水島さんの漫画に出てくるキャラクターそっくりだ。
リビングに置かれた机を囲み、トランプ遊びに興じている。
『こらロッ子!首を伸ばしてこっちの手札を見ようとするんじゃない!』
『良いじゃないですかぁ目は閉じてるんだしぃ。それに首を伸ばしてないろくろ首なんてただのかわいい女子ですよぉ』
『砂バァそれもーらい。ニャッ!アガリにゃ!』
『おやまたかい?相変わらず強いねえナーちゃんは』
だいぶ熱中しているのか、こちらに気づく様子はない。
『──どういうこと』
『──あなた、何者なの』
紫蜘蛛が水島さんを睨むように顔を向ける。
水島さんは両手を顔の位置にあげていた。
「怪しい者じゃないよ。僕はただ生まれつき幽霊が見えて、少し幽霊に好かれやすいだけなんだ」
『皆サン、お客様ですヨ。ご挨拶ヲ』
エマの一声で、机を囲む怪異たちがこちらに気づく。
『あらあら!珍しいじゃないか人間が来るなんて!シゲちゃん、アンタ友達できたんだねぇ!』
『ほら、お近づきの印の飴ちゃんだよ。お食べ!』
砂かけ婆が袖から飴を取り出しながら、俺たちの方へやってくる。
まるで大阪のおばちゃんだ。
『んん〜?目隠しのお主、怪異か。ワシら以外にも人と共に生きる怪異がいるとは』
狸地蔵も、もの珍しそうに顎をさすりながら紫蜘蛛へ近づく。
俺の前に立っていた紫蜘蛛が、そそくさと俺の後ろへ隠れてしまった。
敵意のない相手から近づかれるのは、まだ不得意らしい。
水島さんとエマがリビングの奥へ進み、俺たちの方へ向き直る。
「騒がしくてすみません。これが僕の家なんです」
「紹介します。ろくろ首のロッ子、狸地蔵のタヌ吉、砂かけ婆の砂バァ、化け猫のナーさん、そして画魔のエマです」
紹介にあずかった怪異たちが、それぞれの特徴を披露する。
首を伸ばし、砂袋を取り出し、地蔵に化け、猫に化ける。
エマは、ペコリとお辞儀をした。
『──こんな愉快な怪異、見たことないわ』
「す、すげえ……漫画のまんまだ……」
俺は思わず息を呑み、紫蜘蛛はため息をついた。
「先ほども言いましたが、僕は生まれつき幽霊が見えるんです」
「いつからか話が出来るようになり、触れるようになり、気が付けばこうして彼らに好かれて共に暮らすことになったんです」
『──そこの画魔は、なんなの?』
『──その子だけ、他とは違うわ』
紫蜘蛛が画魔の方を見る。
確かに、彼女は明らかに昔からいる怪異ではない。
未来的な外見は、まるでゲームのキャラクターが飛び出してきたようだ。
「エマは元々、この部屋に憑いていた地縛霊だったんです」
「このアパート、築年数が古い上に彼女が原因で事故物件になってまして」
「漫画家を目指して実家を飛び出した時に、ここの家賃の安さに飛びついたら彼女がいたんですよ」
水島さんが恥ずかしそうに頭をかく。
どこか満更でもなさそうだ。
『マスターがココに来た頃ハ、よく悪戯をしていまシタ。電気を消しタリ、お湯を冷水に変えタリ』
『怯まずに暮らし続けるマスターに痺れを切らしテ、目の前に現れたら告白されちゃいマシテ』
エマの光が桃色に変わる。
これは、照れているのか。
「エマ、告白はしていないからね?」
「僕はただ、君をモデルにさせて欲しいって言って一枚の絵を描いただけだよ」
水島さんがタブレットを取り出し、イラストを見せる。
そこにいたのは、目の前にいるエマそのものだった。
「そしたら不思議なことに、エマがこのイラストの姿に変身してね。それ以来、僕のアシスタントとして一緒に働いてもらってるんだ」
『ハイ。私はマスターのお手伝いでアリ、お嫁さんデス!』
『──お嫁、さん』
エマが水島さんを背後から抱きしめる。
その様子を、紫蜘蛛はただ静かに見ていた。
『ナー水島。今日は初めての人間の友人にイチャイチャを見せつけるために呼んだのか?』
化け猫のナーさんが呆れたように声を出す。
ハッとした水島さんが、背中にエマをくっ付けたまま机の上を片付ける。
「ああ、そうでした!すみません長いこと立ちっぱなしにしてしまって!」
「さあ、こちらに。次は、お二人の話を聞かせてください」
促されるまま、席に着く。
紫蜘蛛も俺の隣に座るが、どこかうわの空な感じだ。
視線は、常にエマに向いていた。




