嵐を纏う神龍に、抗う俺たち
双頭の龍が翼を広げて空を舞う。
天に向かって大きく吼える。
白い稲光は赤く染まり、俺たちを狙って落ちてくる。
雨が針のように降り注ぎ、地面に小さな穴を開けていく。
黒い風が、竜巻となって遊園地の施設を吹き飛ばす。
看板、ゴミ箱、自販機。
この場にある全てが、俺たちを殺しにくる。
『いくらなんでもやりすぎだろ!』
『もう天変地異じゃないか──!』
凄まじい勢いで飛んでくる障害物をスレスレで回避する。
ここまで酷いと、糸を使った立体機動もままならない。
再び地面に張り付いて戦うことになった。
いや。
もはや戦いにすらなっていない。
俺たちはあの龍に、まだ一度も届いていない。
背中の蜘蛛脚がうずうずと動き、左目が熱くなる。
八重蜘蛛もかなり苛立っているのか、俺を乗っ取り暴れようとしている。
《なにか、策を──!》
海月が歯噛みするような声を出す。
九尾を退けるほどの力を持つ海月でも、手が出せない。
それほどに、目の前の龍は規格外だった。
『せめて、近づければ──!』
風の流れに身を任せ、跳ぶ。
飛んでくる看板に乗り、さらに跳ぶ。
障害物を足場に前へ、上へと進んでいく。
『ハアァッ──!』
足場にした自販機から跳び、糸でそれを捉える。
そのままハンマーのように振り回して、禍蛟へ投げ飛ばした。
だが、自販機は赤い雷にうたれて爆散した。
『まだまだァァ──ッ!』
吼えながら、飛んでくる障害物を次々と捉えて投げ飛ばす。
だが、全ては雷に阻まれ、竜巻に跳ね返された。
『ガッ──!』
竜巻に阻まれたゴミ箱が顔面に直撃する。
姿勢を崩したところに、続々と障害物がぶつかってくる。
甲殻の鎧があるとはいえ、衝撃は防ぎきれない。
痛みと衝撃で意識が飛びかける。
『グッ──ガァッ──!』
《──水薙・烏帽子!》
身体の周りに六本の薙刀が形成される。
それぞれが俺たちの身を守るように障害物を弾き、斬り伏せる。
『──ガアアァァァァ──ッ!』
地面に叩きつけられる直前、蜘蛛脚で着地してそのまま跳ねる。
薙刀と蜘蛛脚で防御しつつ逃げ回る。
『クソッ!いけると思ったんだが──!』
《接近も、飛び道具もダメなんて──》
打つ手がない。
この嵐の神龍は、人の手には負えないのか。
『何かあるはずだ!何か──!』
直後。
一際大きな障害物が飛んできた。
──船。
遊園地のバイキングが、支柱ごと宙を飛んでいた。
『なっ──!?』
薙刀と蜘蛛脚で咄嗟に防御しようとするが、無駄だった。
大質量を前に、なす術なく押し潰される。
『がっ──!』
《暁人──!》
勢いよく地面に叩きつけられ、潰される。
両脚に激痛が走る。
間違いなく、脚が折れた。
兜を解いた直後、口から血を吐き出す。
薙刀と蜘蛛脚のおかげで辛うじて隙間が生まれているが、身体に力が入らない。
『ゲホッゲホッ──!』
《暁人!しっかり!》
海月が触手を束ねて擬似的に腕を作る。
薙刀で船を持ち上げ、触手の腕で無理やり這い出る。
《脚は、私の触手で補強して──!》
《──っ》
腰から触手を伸ばして、脚に絡めている最中、海月が口を閉じた。
赤い光が、視界を覆う。
『……ああ──』
俺も、言葉を失った。
雷が、落ちてくる。
脚は折れていて動かせない。
蜘蛛脚も、海月の触手も動かない。
──終わりだ。
轟音と共に、光に包まれる。
『──ん?』
まだ、死んでいない。
首を動かすと、俺のすぐ隣の地面が真っ黒く焦げていた。
赤い雷光だけが、残滓のように散っていた。
『外れた、のか……?』
《──っ!とにかく、今のうちに──!》
再び触手の腕を作り、移動する。
蜘蛛脚もようやく動かせるようになり、船から完全に這い出る。
雨も雷も竜巻も、全てが止んでいた。
『一体、何が……?』
禍蛟の方を見ると、黄金色の瞳を持つ頭が、赤い瞳の頭に頭突きをしていた。
赤目の龍頭の周りには、バチバチと赤い光が跳ねている。
『白來、まさかお前が──?』
黄金色の瞳が俺を見て、ゆっくりと瞬きをする。
黒い瞳孔には、光が宿っていた。
《あの子、まだ自我があるの──?》
『みたいだな……いつまた消えるか分からないが……!』
触手で脚を固定して、海月の毒を流し込んで無理やり痛覚を殺す。
脚を震わせながら、ゆっくり立ち上がる。
『シュルルルル──!』
白來の龍頭が視線を変える。
同じ方向を向くと、観覧車があった。
あれだけの暴風雨にも関わらず、傷一つない。
『なんで、観覧車だけ無傷なんだ……?』
《もしかして、あそこに何かがあるの?》
黄金色の瞳が再び瞬きをする。
黒い瞳孔が徐々に薄くなっていき、白來の息が荒くなる。
『マズい、白來ももう限界みたいだ!』
《──とにかく、観覧車に向かいましょう!》
嵐が止んでいるうちに、一気に糸を使って観覧車へ近づく。
ゴンドラに張り付いた直後、禍蛟の咆哮が響き嵐が再び吹き荒れる。
『中は何もない!』
《次に行きましょう!》
必死に嵐に抵抗しながら、ゴンドラの中身を確認していく。
この観覧車だけは、雷が当たらない。
風が吹いても揺れない。
地面を穿つ雨でさえ、触れた瞬間にただの雨に変わる。
やはり、何かがある。
禍蛟が守る何かが。
《ここも、空ね》
『クソッ!残るは──!』
次のゴンドラに視線を移す。
ちょうど半周、最も高い位置にあるゴンドラ。
『ギィアアアアア──ッ!』
今までで一番大きな禍蛟の咆哮が轟く。
直後。
赤目の龍頭は大口を開けて、雷を。
黄金色の瞳の龍頭は水を。
それぞれ溜め始めた。
《ダメ──!》
『急がないと観覧車ごと消し飛ばされる!』
頂点のゴンドラに飛び乗り、側面を張って中を見る。
『──っ!!』
──中にいたのは、いぶきさんだった。
ゴンドラの中で、眠っている。
『いぶきさん!!』
扉に手をかけ開けようとするが、びくともしない。
《こっちの方が早いわ!》
左腕を触手が覆う。
一回り大きな拳が作られる。
『ハアァッ──!』
拳をゴンドラの側面に叩きつけ、破壊する。
ほぼ同時。
禍蛟の両口から水と雷の混ざったブレスが放たれる。
『間に合え──っ!!』
ゴンドラがブレスに呑まれる。
とてつもない轟音と共に、赤と青の光が空を断つ。
ブレスが消えると、ゴンドラは跡形もなく消えていた。
『──よし!間に合った!』
ブレスの消滅と同時に蜘蛛脚で着地する。
腕の中のいぶきさんは、無傷だった。
──だが、禍蛟は未だ健在だった。




