幕間 侍女に春が来たようだった
お返事、返礼などお返しできず申し訳ありません。また、誤字報告ありがとうございます。
領主の館にて、レッドベアの討伐が予想をはるかに上回るペースで進んだことを受け、今後の討伐や物資の輸送、開拓村などの方針を定めたあとのこと。
「なるほど、それで今日、ジョージを連れて来なかったのか」
「予定を変えさせることもできたでしょうが、それで内心不満を燻らせるよりは、自由にさせてやったほうが心証もよいでしょう」
輸送に関しては執事に任せ、領主シャロリアはギルド支部長ジェイコブと言葉を交わしていた。
シャロリアの傍らに護衛の姿はなく、それはジェイコブもまた同じ。二人きり同じ部屋で歓談する姿は、傍目には親族のそれに思えるものであった。
「『御そうとしなければ御せる』以前、彼のことをそう評していたな」
少女の言葉に、禿髪の男が頷く。
「自由を好む冒険者と言えど、威光や権威からの甘い誘いに弱い者もおります。それに比べ、ジョージは礼儀正しく気遣いもできますが、それは力のある相手に阿るためのものではなさそうです」
冒険者は、個性が強い性格の者が多い。一般的に、それは豪気さや粗暴、陽気という形で現れることが多い。
しかし、違う形でパーソナリティの偏りが見られる者もいる。
「彼も彼で、冒険者というわけだな」
「ああいう男ほど、内面的には感情過多なものです。アンナやエマと上手くやっていることから見ても、目に見えて高い地位や使いきれないほどの金を送るより、人で繋ごうとするほうが上手くいくでしょう」
言葉を返すジェイコブもまた、先ほどから鉄面皮を崩す素振りすら見せない。気の置けない仲でもない限り、ほとんどの人間は彼を近寄り難い人間と感じるに違いなかった。
「人、か。それはそれで、ある意味難儀と感じるが」
「協調性自体は高いようですから、臍を曲げられない程度であれば、とくに難もないはずです。同期合格の冒険者たちに金を工面したり、街でも親切で金払いもいいとの評判だとか」
シャロリアは声を上げて笑った。
「ははは。あまりに人心を集めるようなら、こちらとしても注意せねばならんな」
「あの少年に野心はないでしょう。担ごうにも、先ほど申し上げた通り利用しずらい性格です。やや感情で動くキライがあるので、例えば逼迫した民衆とでも出会わなければーー」
どこからともなく現れ、この街で冒険者としてたつきの道を成り立たせている男。もし彼が万が一にも敵に回ったなら、少なくとも北マディソンに抑える術はなかった。
「わかっている。民生の安定は父の代から取り組み続けているものだ。そのためにも、彼にここから出ていかれるわけにはいかん」
善き領主、善きギルド長。そんな姿勢を見せ続けることで信頼を獲得し、左前なこの領地の流れを変えるための重要なカードとする。それが二人の結論であった。
「今、一人取り込み連れて行こうとちょっかいを出しているようですが」
「確かか」
一瞬顔色を変えたシャロリアに、ジェイコブ支部長はやはり能面のまま答えた。
「まあ、まず今回は上手くいかないでしょう。向こうも若いからか、些か強引なので。ジョージ自身も、こちらに少しずつ根を張る気配を見せていることですし」
「根か……」
その手の者たちに、シャロリアは随分助けられていた。とくに、亡き両親とも関係の深かったジェイコブは、その筆頭とも言える存在であった。
光る頭を、シャロリアは然り気無く見やる。彼女がまだ幼い頃、おじさまと呼び無邪気にじゃれていた日々の彼は、まだ前髪以外は残っていた。変わりに増えたのは、深く刻まれた皺の数々であった。
「わかった。何かあれば、報告してくれ。あまり根を詰め過ぎるなよ」
「勿体ないお言葉。では、失礼致します」
ジェイコブを見送ったあと、待機していた部屋から合流したケイトはわかりやすく鼻を鳴らす。
「まったく、とんでもない奴ですよ」
「誰のことだ。ジェイコブか」
内心わかっていながら聞くシャロリアの言葉に、ケイトはあからさまな動揺を示した。
「い、いえ、まさか。ジェイコブ様ではなく、ジョージですよジョージ。一介の冒険者風情が、シャロリア様の誘いを断るなんて失礼千万、言語道断の大うつけと言わざるを得ません」
「その通り、彼は一介の冒険者だ。無理強いはできんし、ジェイコブの判断なら私としても異論はない」
「しかし、奴らは風来坊を気取ってはいても所詮責任を嫌う半端者の根無し草です。とくにジョージは酷いものでしてーー」
幼い頃よりシャロリアと実の兄弟のように育ったケイトは、近頃ジョージの悪口ばかり口にしていた。
もともと、館に招く以前から気に食わない様子ではあった。それが依頼への同行を志願し、帰ってきてからはさらに傾向が強まっている。
「だいたい、あいつの厚かましさには目に余るものがあります。依頼前にも関わらず女連れで顔をだらしなく緩めてはーー」
シャロリアは思い出す。館へ招いた際も、彼は女を連れてきていた。たしか、吟遊詩人のオリヴィアだったか。
神経の細そうな少女であったが、常にジョージの所作に気を回しているような印象であった。そして、それは彼もまた似たものがあるように見えた。
単に男女の仲というよりは、もう少し陰のある者同士の仲間意識といった様子に見えたが……こちらは、もう少しわかりやすいものに思える。
そうか、いつも自分のために尽くそうと励んでくれているケイトも、男に関心を持つようになったか。
「彼のことは、好かぬか」
「好きませんね。ああいう男は大嫌いです。だいたい、依頼中の態度もーー」
言い切ったそばから、何度聞いたかわからない悪評が再び繰り返される。若干面倒臭くなってきたような、羨ましいような気持ちになったシャロリアは、気づけば口元を緩めていた。
「な、なぜお笑いになるのですか……?」
「いや、なんでも。ふふ」
その様子に、ケイトは血相を変え慌てて姿勢を正し向き直る。
「な、何がおかしいのですかっ。おかしなことがあったなら、遠慮なくご指摘下さい」
「遠慮なく、か」
「はい。私は騎士として、命尽きるときまでシャロリア様のお役に立たせていただく所存です。どれだけ力があろうと、ゴロツキの域を出ないあんな男などとはーーって、だからどうしてお笑いになるのですか!」
すいません。幕間でお茶を濁しました。
来週は本編を進めたいです…。




