第九十話 キナ臭くなってきた
「なに難しい顔してんの?」
店から出て、少し考え事をしていたとき、ヴィネッサさんに声をかけられた。
「その、たいしたことじゃないんですけど……」
「もう買い物デートするぐらい仲良しなんだし、気を使わないでさ。お姉さんに言ってみなって」
莞爾と笑いかけてくれる彼女に気を抜いてしまったか、僕は思わず打ち明けていた。
「実は昨日、ギルドから物資どうこうの依頼あるけど明日空いてるかって聞かれてて……」
「ふぅん。でも、依頼書に強制って書いてなかったんでしょ?」
「まあ……と言うか、依頼書見る前で」
「なにそれ、依頼書なしで仕事させようとしてきたってこと?」
その一言に、ヴィネッサさんが小さく眉を潜めた。
「い、いや、そういうわけじゃないと思いますよ? と言うか、向こうから予定ありそうって察してくれましたし……」
「こっちのギルド、どうも田舎だからか少しルーズなんだよなあ。そういうときは、ちゃんと聞かないと駄目だよ? ジョージくんみたいなタイプは、向こうからしたら強引に押しつけやすいんだから」
なんだろう。わりかし、カミラさんと親しげに談笑してる様子とか見ていただけに、このギルド側への不信感を表に出す姿には戸惑わざるを得ない。
「今度私が近くにいたら、遠慮せずに頼るんだよ? ジョージくんのかわりに、お姉さんが怒ってあげるから」
「い、いやいや、ホントそんなんじゃないんです。ただ単に、街が大変なのに遊んでていいのかって思っちゃっただけで」
「それこそ、私たち冒険者は気にしなくてもいい話だよ。依頼を受けてレッドベアを倒してる。それで立派な貢献なんだから」
それは、その通りなんだけど……どうにも僕は、彼女のようには割り切れそうにない。少なくとも、今すぐには無理だろう。
「そういえば、さっきチップに銀貨一枚出してたね。いつもそうなの?」
「まあ……金は天下の回りものですし、今はレッドベア大量発生のせいで物価が上がって、消費が弱くなってるじゃないですか。あの店も、繁盛してるようには思えませんでしたし」
今回は個人商店じみたお店だったから楽だったが、例えばオリヴィアさんと行った洋菓子屋などは渡し方が少し面倒臭い。
一応、テーブルへ書き置きとともに残して去ったのだが、複数名のウェイトレスが働く店なのだから、もう少し気の使い方があった気もする。
もっとも、アドバイスを求めたところオリヴィアさんまで考え込んでしまったため、あの場は仕方なく無難そうな方法を選ぶしかなかったのだけど……。
「そのへんは、私たちが気にすることでもないと思うけど……まあ、いいや。ジョージくんが自分で払ったんだし、銀貨一枚ぐらいなら」
「ちょっと多目、ぐらいですか?」
「銅貨五枚でも多いぐらいだよ。私でも、よっぽど気前よく払わなきゃならないとき以外は基本三枚かな」
こういうしっかりしたところも、一人でこの街までやってきたらしいヴィネッサさんらしさなのだろう。
パーティー全体でプールするお金を除き、基本的に宵越しの銭は持たないタイプのアンナさんとはだいぶ違う。
もっとも、あの金払いのよさも、身内にエマさんがいるという理由があるのだろう。
パーティーの金を管理するのが信用できない相手では、さすがに財布の紐も固くならざるを得ないはずだ。
「ところで、さっきお店の人の話、随分熱心に聞いてたよね。そんなに面白かった?」
「面白かったというか……俺、こっち来て短いので、世間話でも知る機会はありがたいんです」
「二月ぐらいなんだっけ。まあ、冒険者ならそれぐらいで次の街に行ったりもするけどね」
割りのよさなどを求めれば、自然とそうなるのだろうか。
「例えばですけど、魔物の駆除とかが進んで、一体あたりの単価が下がってくると次の街へ、って具合ですか?」
「そうそう。こっちも仕事だからさ。実力さえあれば大金を稼げるチャンスだってあるのが、冒険者のいいところでもあるし」
「ヴィネッサさん、欲しいものとかあるんですか?」
正直、そこまで金に執着するタイプには見えない。少なくとも、彼女にその種の卑しさを感じたことはなかった。
「うーん、そうだね。私はーー」
「見てあの二人、凄く素敵じゃない?」
不意に届いてきた声にも、最初は何も感じなかった。だって、今の声は『二人』と言っているでしょう?
おそらくこの場には、他にもヴィネッサさんみたいな人が二人いて、その人たちが並んで歩いている姿が賞賛を得ているのだろう。
そう思いながら、ちょっとした好奇心で周囲を見渡したところーーどういうわけか、視線を集めているのは僕らであった。
戸惑う僕に、ヴィネッサさんは小さく微笑みながら耳打ちしてきた。
「私たち、素敵だって」
「い、いや……それはヴィネッサさんのーー」
「ほら、あたふたしない。背筋も伸ばして」
格好悪いのは嫌なので、一応言う通りにはする。
でも、これはいったいどういうことだ? 素敵なんて、イジりや揶揄、お世辞でしか言われたことないぞ?
それでも、もう一度辺りを確認したところ、僕らを見る人の目に嘘をついている様子は見えない。
もちろん、歩きながらということもありすぐ違うとは言え、さすがのヴィネッサさんもこれだけの人数を巻き込んでのドッキリを仕掛けては来まい。
い、いや、これはあれだ。『さばげぶっ』の主人公がエアガンを買いに街へ出たところ、美形の登場人物と同行したことで「あの子も芸能人かな」と言われた現象の下位互換に過ぎないんだ。舞い上がってなるものか。
でも……諸々の条件が組み合わさった結果、雰囲気イケメンと誤認されている可能性もーー。
「未来のAランク冒険者様なんだから、今から服装とか気をつける癖をつけとかなきゃね」
Aランク……正直、そういう等級を意識したことはあまりない。
上の人がいたら単純に凄いと思うけど、別にそれ自体へ憧れたりしたことはなかった。
そもそも、僕が冒険者になったのはアンナさんとエマさんの勧めで、しばらく続けてみようと思う理由も二人に恩を返すためだし。
けど、それとは別に、服に関しては気にしてみてもいいかも知れない。
この前オリヴィアさんと出掛けた際、洋菓子屋含め妙な冷やかしや揶揄を受けた。
別に害意や悪意は感じなかったけれど、内心、僕が美しい彼女と釣り合わないせいで迷惑をかけているのだろうとの思いもあったのだ。
今ヴィネッサさんに選んでもらい着ている服は、浮かないうえにダサさもない。
自分で選んでこの感じを出せるとも思えないが、やらないよりはマシなはずだ。
「というか、言い方悪いけど今日着てきた服、あんまり似合ってなかったよね……もしかして、自分で選んだの?」
「その、こっちに着て服とかを用意する際に、アンナさんのオススメを」
僕の言葉に、ヴィネッサさんは「ああ……」と呟きながら苦笑いを浮かべた。
「つまり、言われるがまま押し切られて買っちゃったわけだ」
「いや、別にそういうわけでは」
そりゃあゼロではないけど、これぐらいなら着てもいいかとは思ったのだ。アンナさんのガッカリする顔も、見たくなかったし……。
「なら、自分でそういう服選んだりしたことある?」
「前に仕事してた場所じゃ、ちょっと違いますけどあんな感じでしたよ」
仕事仲間がB系の服を薦めてくれたので、高くない限り言われるがままドンキで買い、集まる際には着て行った。
「自分から見て、似合ってたと思う?」
「まあ、それは……」
言い澱む僕の頭を、ヴィネッサさんはニヤニヤ笑いながら、くしゃりと掻き乱す。
「これからは、意識して目指せモテモテだねっ」
「別にモテなくてもいいですし、そもそもモテませんって……」
自分で髪を直していると、ヴィネッサさんがいつも通りほくそ笑む。
「ふーん。ところで、さっき随分お金持ってたけどなんで? 今夜なんか期待してたり?」
「ち、違いますよ! 今日は夕方には帰りますから!」
否定が強すぎたか、ヴィネッサさんは少し驚いた顔をした。
「え……それはちょっと早過ぎない? 何か予定でもあるの?」
「その、早めに帰ると約束してまして」
これを破るわけにはいかない。ただでさえ、僕がヴィネッサさんと会うことに不安やストレスを感じているみたいなのに。
ここで約束まで破られたとなれば、信頼関係が根底から損なわれてしまう。
「じゃあ、なんであれだけお金持ってきてたの? さっきの服だって、私がプレゼントするつもりだったんだけど」
そう言いながら、ヴィネッサさんはいくつかの硬貨を僕へ渡そうとする。
「あ、大丈夫です。今余裕あるので」
「いいよいいよ。頑張ってるジョージくんへ、お姉さんからのプレゼント~」
「いや、ジェイコブ支部長から小遣い貰ってるんですよ。ほら」
収納魔法から袋を出すと、ヴィネッサさんの笑みにヒビが入った。
「支部長さんから?」
「はい。パーっと遊んでこいって感じで。気を回して下さって。だから、今日は俺が出しますので」
眉を潜めながら袋を見つめていたヴィネッサさんは、不意にぱっと笑顔を作りこう言った。
「いいよ払わなくて。それっぽっちなら私も持ってるから」
「え、でも……」
「ほら、お金しまって。こんな往来で出すものじゃないよ? 今日はお姉さんの奢りだから」
笑ってはいるけれど、ヴィネッサさんが不愉快に感じているのは明白だった。
たしかに、ウマが合う二人とも思えないが……いったい、どんな理由なのだろう。




