第八十四話 冒険者たちの雑談を聞いた
誤字報告ありがとうございます!
人が増えて以来、多少ギスギスするところがあった休憩ではあったが、ヴィネッサさんの加入後は多少なりとも、以前の雰囲気を取り戻しつつあった。
「いやあ、こんなに実入りがいいなら、もっと早く来ればよかったぜ」
「狩った魔物が丸ごと金になるんだからな。中央でギリギリしがみつこうかとも思ったが、こっちのほうがはるかに余裕もあるし」
そうして二人は、実に気持ちのいい笑顔を浮かべている。高位の冒険者にも、彼らなりのしがらみがあるようだ。
そうまでして残ろうと思った中央とは、いったいどんな場所なのだろう。そう思っていた僕へ、彼らはエビス顔を向けてきた。
「まったく、ジョージとレッドベア様々だぜ。最近は、ちょっとずつ数も減ってきちまったが……」
「恐縮です」
「まあ、もうじき潮時だろうよ。それにここは、飯も酒も悪くはないけど、遊ぶ場所がな……」
北マディソンは、典型的な田舎町だ。
一応飲み屋や賭場、そして位置しか知らないとは言え売春宿などもあるそうなのだが、少なくとも最初の二つに関しては、良くも悪くも寂れているか、こじんまりとした印象を受けるものだった。
「ジョージくんは、遊びに行ったりしないの? 報酬もまとめて受け取ってるって聞いたけど」
ヴィネッサさんの声は、僕らだけにしか聞こえないような小さいものだった。
もしまとまった金を持っていると知られたら、無理に奢らされそうになったり、某アゴの尖ったギャンブル漫画のように博打で巻き上げられるのがオチだ。
それにしても、この人、こういう気遣いをしてくれるから、憎めないんだよな……。
「酒飲んだのがバレると、エマさんが怒るんですよ……パーティーでもお金貯めてますし、あとは精々菓子を買うぐらいでしょうか」
他の出費も、同期のみんなに奢ったり、お婆さんの店で薬を買ったり、オリヴィアさんにいつも演奏を聞かせてもらっているお礼として、弦やクロスなどを買ったりする程度だ。
彼女の部屋で、演奏を聞きながらぼんやりするのも好きだけど、あれは遊びとも違うしな……それに、ヴィネッサさんに知られたら絶対からかわれるし。
「え、なに? なんかあるの?」
しつこいお姉さんが、目をかまぼこ型にニヤニヤと細める。ほら、さっそくこれである。絶対バレないようにしなければ。
「なんなら、お姉さんが連れていってあげようか?」
「えぇ? いや、嬉しいですけど、どうせ飲んだらしばらく赤いままだからバレますし……」
「大丈夫だって、お姉さんがついてってあげるからさ、サクッと卒業してきなーー」
「なんの話ですかッ!」
予想外の提案に、うっかり真面目に対応してしまった僕が迂闊だった。
それにしても、僕ってそんなにわかりやすく童貞なのだろうか……ちょっと凹むなあ。
「ひょっとして、初めては好きな人ととか、そういうタイプ? 真面目だねぇ……普通その年齢でお金持ってたら、自制なんか全然効かないもんだと思うけど」
「放っておいて下さい……」
実際、下手したらその通りだったであろうことが情けない。十代の頃に金を持ってなくてよかったなあ。
などと、しみったれた感慨に耽っていたとき、誰かの手がヴィネッサさんの明るい髪をした頭を掴み、にやけていた彼女に悲痛な呻き声を上げさせた。
「おい、あんまりうちの若いの、いじめてやんなよな」
「い、痛だだだだッ! ギブッ! アンナさんギブッ!」
うわぁ、凄い……頭蓋骨の軋む音が聞こえてきそうなそれは、まさにフォン・エリック・ファミリーさながらのアイアン・クローだ。
あれはまだ掛けられたことないなあ。まったく、たいしたものである。そう感心しているうち、お仕置きは終わってしまったようだ。
「痛た……い、いじめじゃないんですよ。ジョージくん、そうだよね?」
「まあ、いじめではないですけど……」
少し困ることもあるけど、別にその通りだし、人前で涙目にさせられたヴィネッサさんが不憫なので同意しておこう。
そんな彼女の頭へ、エマさんが手をかざし回復魔法をかけた。
「ああ……ありがとうエマさん……」
「ふふ、どういたしまして。こちらでの生活にも慣れてきましたか?」
「うん、おかげさまで。中央のほうも賑やかでいいけど、こっち(ノースマディソン)ものんびりしてて落ち着くね」
レッドベアがこんなに出てるのに、落ち着くのか……大人数で相手をしているとは言え、それでも慣れてるんだろうな。
「ヴィネッサさんが来てから、人数が増えて以来どうしても生じるバラつきや停滞がある程度収まるようになりました」
「そんな、私は軽く牽制入れたりして、なるべく危険を回避しているだけだよ。それでも、日に一度は誰かが揉めちゃうんだけど」
今にこやかに語られている言葉も、決して嘘ではないのだろう。それでも、さきほどの会話が頭を過らないと言われたら嘘になった。
「まあ、この人数だからな。今より少なかった発足当初だって、元のメンバーに固まるまでも色々あったし」
アンナさんの言葉は、僕には意外に感じられた。あのケイトさんと参加してから人数が増えはじめるまでの間は、基本的に雰囲気も良く和気あいあいとしていたものだった。
あまりに問題のある人を、みんなで追い出したのだろうか。それとも、僕を子供だと思って、みんなで気を使ってくれていたのだろうか。
「ところで、中央ではどのような依頼をこなしていたのですか?」
「いろいろやったけど、そうだなあ……大規模なクエストのメンバーに立候補して、ダンジョンに遠征したりかな」
「へえ、やるじゃねぇか」
アンナさんの素直な感嘆に、ヴィネッサさんは苦笑いで頭を掻く。
「と言っても、基本穴埋めでしか受からないから普通に依頼を受けることが大半だけどね。あっちこっち顔出してるだけで、全然たいしたことないよ」
「どんなお仕事も、世の中に欠かせないものです。ヴィネッサさんは立派なお方ですね」
「いやあ、それほどでも。ヘヘっ」
同性で年齢も近そうだからだろうか、それともアンナさんやエマさんが面倒見のよい人だからか。
いずれにせよ、これまでの様子を見た限りでは、三人の相性は悪くないように思えた。




