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第八十二話 オリヴィアさん以外の吟遊詩人と知り合った

 赤毛の熊たちを前に戦端が開かれんとする今、短くも力強い歌声が響いた。


「ジョージ、露払いだ! ありったけ喰らわせろ!」


 指示に従い、前衛が敵とぶつかるより前に目一杯、奴らに石を投げつけてやる。


 五つ目を投げてもなお、怠さはない。あの森でオリヴィアさんの支援を受けながら戦ったときより、遥かに魔力の消費が抑えられていた。


 それが二桁に上る前に、残ったレッドベアが前衛とぶつかる。これでもまだ、支援無しで四つ投げたときより疲労感がない。


 ほぼ投石だけとは言え、魔力の使用に体が慣れつつあるというのも理由ではある。


 が、それも最大の要因を前にしては、精々が雀の涙。微々たるものでしかないのだろう。


「だいぶ減ったね! ありがとう!」


 僕へ白い歯を覗かせたあと、彼女は片手剣を手に颯爽と前線へ駆けて行った。


 そうして、アンナさんの猫のようにしなやかな動きとは違う、細かいピッチのステップで敵を翻弄。


 隙が生じるや否や、そこへ躊躇なく斬撃を繰り出す。斬られたレッドベアの反応も、他の冒険者たちが相手にしているそれとは少し異なるように見える。


 例えば、アンナさんの長刀によるものとは違い、軽い連撃は威力が低いはずなのだ。


 にも関わらず、妙なタイミングでレッドベアが深手を負ったように苦しむ。はたから見れば、まだそこまでの痛手を受けてはいないはずなのに。


「吟遊詩人にも関わらず、あのメンツに混じってもほとんど遜色なく前衛までこなして見せる。さすがはヴィネッサだな」


 僕の護衛についてくれている冒険者が、思わずと言った様子で感嘆して見せた。


「吟遊詩人って、やっぱり戦うのには向いてないんですか?」


「そりゃあお前、普通なら呪曲で手一杯で、とても戦闘どころじゃねぇよ。剣や槍の腕自体に問題がなくとも、魔力が尽きて本来の役目ができませんってんじゃあ話にならねぇからな」


「なのにヴィネッサったら凄いよ。ああやって結構な頻度で前に出ながら流れを停滞させず、そのうえで支援職としての役割も果たしてる。本来なら、私と同じ中衛のはずなのに……自信なくしちゃうよ」


 たしかに、彼女は周りを見たうえで前に出て、離脱時も周囲に負担をかけることのないタイミングで下がり、支援のための呪曲を歌う。


 加入当初は、短いとは言え戦闘中いきなり歌い出す姿に呆気に取られたものだが、その支援の効果を自覚しはじめてからは頼もしさを感じはじめたのだから、人間というのは現金なものだ。


 おまけに、彼女の呪曲の効果に合わせ、必然的にその戦況で選ばれる戦い方に指向性が生じる。


 そのおかげで、人数が増えて以降見えるようになった一部の無秩序さが、いくらか軽減されるようになったのだ。


 単に指示を出し、それが的確だったとしても、そのまま聞いてくれる人間ばかりではない。


 高位で実力自体は間違いなくとも、隙あらば全体の流れに支障が出ようと、目先を追って我田引水を目論むタイプも見受けられる。


 それが元々立てていた状況ごとの作戦と、実際の状況を踏まえたうえで、一定の合理性を感じる選曲により抑制されつつあった。


「ジョージくん、ハイエーテル!」


「はい!」


 彼女がこちらへ戻ってくるのを見たときから準備していた魔法薬の瓶を、滞りなく取り出し渡す。


 それを彼女は、傾け煽り、飲み込む間もチラチラと全体の動きを確認する。


 戦況は、こちらにとって優位なまま推移しているように見える。


 けれど、もし先走ったり他人の成果を奪いそうな人間がいたなら、牽制のための呪曲を歌うつもりなのだろう。もっとも、今回はその必要がなかったようだけど。


「どうもね。はい、お礼にプレゼントっ」


 そう言いながら、ヴィネッサさんはぱっと咲くような笑顔で飲みかけの瓶を渡してきた。


「あれ、まだ残ってますけど……」


 不思議に思い訊ねると、彼女は笑顔を崩さぬまま、僕に顔を近づけ耳打ちした。


「間接キス、してもいいんだよ?」


「なっ、なに言ってんですか!?」


 まだ戦闘中だと言うのに、この人は……っ。


「あはは、ほんとジョージくんはかわいいね」


 ヴィネッサさんの笑顔の裏が透けて見える。この人の言う『かわいい』は、言葉通りでなく滑稽とか、そういう意味なのだ。


 彼女がもう一度耳打ちしてきたので、仕方なく耳を向けてやる。断っておくが、仕方なくだ。これを嫌えば、あとでもっと妙なことをされるに決まっているのだ。


「それとも、ファーストキスは直接のほうがいいかな?」


「は、早く行って下さいよ! もう……」


 自分なりに力強く言ったつもりだったのだけれど、変に吐息をかけられたせいで軟弱な吐息になってしまった。


「はーい。愛しのジョージくんのために、おねえさん張り切ってくるからねぇ!」


 そんな僕の様子をなお笑いながら、彼女は再び前線へ戻って行った。


「お前、妙に気に入られてんな……」


 呆れた目を向けられるが、別に僕は悪くないはずだ。よしんば無下にあしらわなかったことが否だとしても、彼女はそこまでの意地悪をしてこない。


 だからこそ、困っているんだけど……というか間接キスでいいなら、運動部時代や土木作業員時代にチームメイトや同僚と数えきれないほどしている。女はいなかったけど、豊富なのだ。


 そう自棄に自嘲しかけたとき、不意に試験中の蔵でのことが頭を過った。


「ど、どうしたの?」


「い、いえ……なんでも……」


 おかしい。あのときは、なんとも思わなかったはずなのに。そりゃあオリヴィアさんは美人だし、仲良くなって距離も縮まったからって理由もあるんだろうけど、どうして今になって……。


 不意に視線を感じて顔を上げると、案の定美声の吟遊詩人が僕の狼狽する様子を笑っていた。


 ヴィネッサさん、ちょっとだけ苦手である……。綺麗で気さくで話しやすくはあるけれど、内職の仕事をくれたお姉さんや、洋菓子屋の給仕さんと、同じニオイがするんだよなあ。


 それだけならまだしも、何か思惑がありそうだし……。

新たな主人公弄りお姉さんキャラ、登場。

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