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第七十九話 納得してもらった

 しばらく雑談兼情報収集をしていたが、その彼らも見張りの番に就いた。


 というわけで、今は食事中のエマさんと並んで休んでいる。


「ところで、こちらは女将さんが作られた……?」


「すいません。確認不足で、多く渡してしまって」


 小声で訊ねるエマさんに謝ると、頭を撫でられる。


 顔を上げると、そこには怒っていないというニュアンスの、影一つない笑みがあった。


「仕方がありませんよ。私は食べ慣れたもののほうが嬉しいです。収納魔法のおかげで、温かいままですし」


「そう言ってもらえると、気が楽になります」


「いえ、もし何かありましたら、遠慮なく私やアンナに声をかけて下さい」


 元の世界では、何でも話してという相手に限って、その内容を裏で広めていたり、脅しやマウンティングとして使ってくるものだった。


 いや、それはこっちでも変わらないのだろう。違うのは、あくまで人。そういう意味で、僕は間違いなく恵まれているのだ。


 それだけに……先ほどから脳裏を掠める存在へ目を向ける。そこには、一人離れた場所に座っている、ケイトさんの姿があった。


「あいつ、本当にかわいげないガキだよな」


「そうかい? あんなふうに遠くでブスくれてるくせして、なんだかんだ見張りがいる内側にいるあたり、ケツも拭けない甘ったれって感じでかわいいと思うがね」


「はは、たしかにな。結局俺らに頼りきりのくせして、騎士が聞いて呆れるぜ」


 ケイトさんの肩が、小さく動いた。口さがない言葉は、むしろ聞かせるためのものなのだろう。


 悪い雰囲気が、明確に固定化されつつある。彼女自身も意地になっているのか、貰いに来る気配は一切ない。


 エマさんも見ていたようで、仕方なさそうにため息を吐いた。


「まったく、皆さんーー」


「あの、俺が行きます」


 声を上げると、エマさんは少し逡巡したのち、わかりましたと了承してくれた。


 彼女の言動に、問題がないとは言わない。あれだけの放言を前に、穏やかでいろというほうが無理がある。


 おまけに、視野狭窄から危機を招きかけたのだ。恨み言の一つや二つは仕方のないことだろう。


 しかし、彼女の剣の腕自体は本物だった。もちろん、アンナさんやここにいる他の冒険者たちとは比べるまでもないが……それでも、あの年齢でレッドベアを相手に応戦できるあたり、並ではない。


 仮に才能があるタイプだったとしても、それなりの時間を修練に充てたうえで身に付けた剣技なのだ。


 一方、僕の力は偶然、資質のある人間が魔素のあるこちらの世界に来て発現しただけに過ぎない。


 評価され、好意的に見てもらっていても、あくまで棚ぼた。苦心の末に身に付けたものではないのだ。


 僕も仕事をはじめたばかりの頃は、よく足を引っ張ったものだ。彼女ほど嫌われたり叱責されたことはないが、それでも役立たずなまま賃金を貰う恥ずかしさは未だに忘れられない。


 歩み寄り、水と食料を彼女の足元へ置いて、静かに去るーーそんな僕の背中に、何かがぶつかった。振り返ると、今さっき渡したものが、地面に落ちていた。


「そりゃあねぇだろ……」


「この状況で、ここの領主のモンがよく食い物を粗末にできるな」


 噴出した怒りの捌け口でも見出だすかのように、ケイトさんは僕のことを睨み付けていた。


 こういう迷走具合も、経験がある。小学校の終わりぐらいから、家で居場所のない苛立ちを処理できなかった僕も、似たようなことをしてしまった。


「なんだその目は!」


 さらに激昂する彼女を見やり、落ちた水と食料の汚れを払って、収納魔法にしまう。


「皆さん、争いはいけません。一度落ち着きましょう」


 エマさんの言葉に、一応場は収まる。みすみす戻ってきた僕へ、彼らは労るつもりであろう言葉をかけてくれる。


「気にするなよジョージ。ああいう奴は放っておくに限る」


「あれはやめとけ。たしかに顔は良いほうだが、中身が悪過ぎるぜ」


 曖昧に返し、適当な場所へ座る。


 あんな若い子が跡取りということは、何かがあったからに違いないのだ。


 そんなとき、誰もがアリアさんのように、辛くても立派に振る舞えるわけではない。若く経験やノウハウが蓄積されていないうちは、なおさらそうだ。


 ケイトさんは再び、心細そうな背中をこちらへ向けている。


 大人として、あの子にどう接っするべきなのだろう。休憩中いっぱい考えても、答えは出せなかった。





 休憩が終わり、再び移動が開始された。


 街から離れるほど、掃討し残したレッドベアが多くなる。


 当然戦闘の頻度や敵とのやりにくさも増したように思えるが、高位の冒険者たちは大きな問題なく赤毛の熊を狩っていく。


「ジョージ、投石だ!」


 言われるがまま投げ込む。前衛の応戦や後方からの支援により指向され、さながら数頭が列のようになり、さらに顔を出してしまった一頭までもが石により体を抉り取られた。


 手負いになり、魔物たちは凶暴性を増す。だと言うのに、冒険者たちは欠損により速度や選択肢が制限される隙を付き、一気に奴らを素材へと変えてしまった。


「よし、半分は向こうの援護に回れ! ジョージまだいけるか!」


「あと一ついけます!」


 そうして彼らは、別の前線へ向かい再びレッドベアと対面し武器を構える。ときおり軽くはない怪我をする人間が出たり、武器や魔法薬の消耗が多くなってはきた。


 それでも、彼らが敗走の末、撤退に追い込まれる姿は少しも想像できない。この前アンナさんやエマさんが早く戻ってきたのが、嘘のような盤石の戦いぶりである。


 正直、アルファベットにどれだけの差があるのだろうとも思っていたが、これを目にしては考えを改めざるを得ない。


 この人たちは、間違いなく実力者なのだ。


「ジョージ、水!」


 戦闘が終わり、備品とともに水も渡す。彼らは肩を激しく上下させながらも、それを一息に飲み干した。


「いやあ、こんなに水に困らないクエストは初めてだな」


「まったくだ。小便が出る余裕まであるぜ」


「よし、これからさらに深いとこ入るから、気を引き締めて行けよ!」


 各々が返事をし、再び移動がはじまる。そんなとき、ケイトさんが木の根に足を取られかけたのが見えた。


「しっかり歩け!」


 立ち上がったケイトさんは、唇を噛みながら鎧の汚れを払う。その目に、少しずつ疲労の色が濃くなりはじめたのが見て取れた。


 周りが目を光らせているので、もう前線へ出ることはない。それでも、この強度や頻度での戦闘が起きれば、その場にいる者は否応なく神経を削られるだろう。


 昼食も、持ってきた何かを食べているのは見たが、足りているようには思えない。水筒を煽ることも、ここ一時間でめっきり減った。


 少しずつ覚束なくなっていく足取りを見ながら思う。こういう輩は、優しくすればそれを当たり前と捉えた挙げ句、もっと譲歩しろと付け上がってくる可能性もある。


 悩んだ末、結局僕は水と、外国人が海外でよく食べている、カロリーメイトのようなキャンディーバーを彼女へ差し出すことにした。


「要らない」


「死にたいの?」


 万が一、前衛が破られないとも限らない。


 レッドベアと対峙する圧力というのは、相当なものだ。それは、彼女だってさっき感じただろう。


 気丈に振る舞いこそしても、顔色が悪くなった彼女に、水と食料を押しつけるよう渡す。


 反発の言葉はない。彼女は手持ち無沙汰と言った様子で、仏頂面を俯けた。


「無事仕事を終えたいなら、食べなさい」


 思えば、僕ら受験者が無事北(ノース)マディソンの街へ戻ってこれたのも、蔵の中で食事をしたからだった。


 食べられなくなった人間から死んでいく。食べられるときには、少しぐらい無理をしても食べねば駄目なのだ。


「なんなのだ、貴様は」


 ケイトさんが、キャンディーバーをかじり、水で流し込んだ。


「いきなり現れ、素性も知れないくせにシャロリア様に大任を任され……」


 悔しげな憎まれ口を叩く声が、震えている。また頬張り、咀嚼し飲み込んだ。


「俺がどこの馬の骨だろうと、あんたらは役に立つと思ったら使えばいい」


 それだけ言って、元の位置へ戻る。食べ終えた彼女は、一度顔を拭う素振りを見せたのち、やがて水筒を仕舞うと足取りを元へ戻した。





 街へ戻り、素材を売ったお金を分配して帰った翌日。朝のギルドに、ケイトさんの姿はなかった。


「あ、ジョージさん、おはようございます。昨日は大活躍だったみたいですね。今日もよろしくお願いします」


 カミラさんに返事をし、昨日一緒に仕事をした面々にも挨拶をする。


「あいつ、今日は来てねぇな」


 察してくれたのか、アンナさんに声をかけられた。


「はい」


「ああいう半端な腕の奴ほど、過信して突っ込んで死ぬからな。いい薬になったろ」


 どうでもよさそうに言いながらも、アンナさんの言葉には字面通りの刺を感じない。


「ほら、行くぞ」


「はい」


 翌日以降も、ケイトさんは帯同せず、僕の指名依頼がなくなることもなかった。

週に複数回の更新久々にできた気がする。二回だけど…

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