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第七十話 帰路へとついた

 そう感じている間にも、シャロリア様はなお言葉を続けた。


「今日呼ぶことができなかった者も含め、今回の試験で新たに冒険者となった君たちには大いに待している。とくにジョージ、君は試験中ですら、高位の冒険者たちと比べても劣らない数のレッドベアを駆除したうえ、それより前だってナイフで盗みを働いた冒険者を、素手で抑え込んだりもしたそうじゃないか」


「そ、その話って、ジョージさんだったんですか!?」


「いや、ほとんどアンナさんのおかげだから……」


 やたら驚くオリヴィアさんに、最後の仕上げをしてもらえなければ危うく刺されてしまうところだったことを説明する。


 だいたいレッドベアを多く狩ったと言っても、あれはあのとき有効な攻撃手段を持った人間が、精々僕とギャヴィン試験官ぐらいしかいなかったからだ。


 そのうえで、ギャヴィン試験官のように一人で切った張ったの大立ち回りを演じられるならともかく、僕の場合は大半がオリヴィアさんの補助を受けたうえで、前衛にお膳立てをしてもらいながらの討伐数でしかない。


 さらに言えば、その後約一ヶ月間も休みを貰うはめになったのだから、そんな自分が高位の冒険者たちと比較されるレベルじゃないことぐらいははっきりわかる。


 そう思いながら返事をシャロリア様へも返したのだが、なぜか彼女は呆れた目で半笑いを浮かべていた。その後ろでは執事さんとケイトさんが、それぞれ困惑と警戒が()い交ぜになった表情でこちらを見ている。


「まあ、こいつの常識知らずはそのうち解消されるとしまして」


 咳払いのあと、ジェイコブ支部長がかわりに詫びでもしているかのような調子で後を次ぐ。徐々に彼との距離が縮まっているのを感じるが、『なんだ、ただの馬鹿か』とでも思ってそうなのが、悲しい。あまり世の中では周知されていないらしいが、馬鹿にも心はあり、賢い人や普通の人と同じように傷ついたり悲しんだりするのだ。


 慰めを求めオリヴィアさんのほうを見れば、彼女は真剣に僕を励まそうと両拳を握っている。


「だ、誰にでもわからないことはあります! これからですよ!」


「……」


 なんだか、少し頭に昇りかけていた血がすっかり引いてしまった。オリヴィアさんまでそう思っているのなら、諦めよう。うん。





 その後オリヴィアさんに教わったテーブルマナーで食事をいただき(ギャヴィン試験官は手掴みでも食っていた)、領主との謁見はお開きになった。


「なに疲れた顔してんだよ」


「い、いや、疲れてないですよ」


 帰りの馬車で、ギャヴィン試験官が僕の脛を蹴ってきた。そのとき僕の礼服に彼の靴の土がついたのが面白かったのか、その後もぶざけて何度か蹴ってきた。本当に、体育会系のちょっと面倒臭いときがある先輩みたいだ。


「汚れるじゃないですか。やめて下さいよ」


「そんな服着てくるからだろ」


「こら、あまり虐めるな」


 イジメじゃないですよぉと言いながらも、さすがにジェイコブ支部長の言葉には従わざるを得ないのだろう。


「二人とも、今度からは普通の服装で構わん」


 ギャヴィン試験官が仕方なさそうに正面を向いたのを確認してから、溜め息のあと支部長が僕らへ告げた。


「い、いいんですか?」


「冒険者と貴族は違うからな。しても悪いということはないが……まあ、自分たちで判断しなさい」


 初対面のときを思うと、随分態度が変わったものである。あんなに警戒されていたのに、今ではすっかり親切なお爺さんと言った様子だ。


 ちょっと感慨深いな……と思っていたら、再びギャヴィン試験官が脛を蹴ってきた。僕が不意打ちに痛がる素振りを見せたことで、満面の笑みを浮かべている。


 可愛がってくれてるのはわかるが、いい加減しつこいなあ。でも、僕がそう思っていることまで含めて、こういうタイプは面白がっているんだろうなあ。


「じゃあお前、明日ちゃんとギルド来いよ」


「いや、アンナさんやエマさんたちに聞いてからでないと……」


「なに言ってんだ。断られるわけねぇだろ」


 丸っきり馬鹿を見る目で言ってから、ギャヴィン試験官は天を仰ぎ溜め息を吐いた。


「いいよなあ若い奴は。すぐ体が治って」


「ギャヴィン試験官、そんなトシには見えませんけど……」


「三十越えたら、お前もわかるよ。精々稼いでこい」


 そんなものなのだろうか。以前ベテランのスポーツ選手が、すぐ体にムチ打ちのような症状が出る、疲れが取れない、というようなことを言っていたが……。


 そう思っているうち、馬車は宿の前へ停まり、僕らはそこで別れた。去っていく馬車を眺めていると、オリヴィアさんが身を屈め僕の下半身のほうへ顔を近づける。な、なんだ!?


「さ、先ほど汚れてしまったので。ちょ、ちょっと動かないで下さい」


 そう言いながら、彼女は僕の脛のあたりを、優しくパタパタと叩きはじめた。


「あ、い、いいから……」


 そう言っても、オリヴィアさんはなお汚れを落とすため手を動かし続ける。


 なんだかんだで、頑固な人だものなあ。などと、世話を焼かれることをくすぐったく思いながら待っていると、勢いよく上がった彼女の頭が、僕の股間にヒットしてしまった。


「え、えへへ。だいぶ綺麗に……って、だ、大丈夫ですか!」


「へ……へいきへいき……」


 前屈みになりながらも、僕は襲ってくる悪寒や吐き気を伴った痛みを堪え立ち続ける。せっかく綺麗にしてもらったのに、地面へ膝をついて再び汚してしまうわけにはいかない。


「で、でも……何か痛みが和らぐ方法はないですか」


「こ、腰のあたり、叩いて……」


「こ、腰を……」


 途中まで復謡したオリヴィアさんは、素早く僕の後ろへ回り込む。回り込むのだが、しかしその手はあの痛めてしまった人をバンバンと音を立てて叩くアレではなく、先ほど汚れを取ってくれたときのようなソフトタッチなのであった。


「んっ……ち、違う。強く叩いて……」


「で、でも痛いときに叩くのは……こ、これではいけませんか……? よ、よーしよーし……」


 そう言いながら、さらに何やら繊細なタッチで、腰椎のあたりを撫で擦ってきた。労りの気持ちはたしかに感じるのだが、それ以前に彼女の手つきは酷く淫猥で、弱っている僕の体を支配していった。


「ち、ちが……それ、だめだから……」


「も、もっと優しくですね……そーっと、そーっと……」


 細くしなやかな指を這うように滑らせ、その先で触れる体の正中線上にある骨や節へ、こそばゆさとは明らかに違う感覚を伝えてゆく。


 これがまるで知らぬ誰かであれば振り払えても、相手は僕にとって気を使いながらも自然体で話せるオリヴィアさんなのだ。侵食のスピードは予想よりずっと早く、そして容赦がない。


 彼女はいつしか、苦悶する僕の耳元で囁くように励ましの言葉をかけはじめていた。当然、湿った柔らかい吐息も僕の耳や首筋へ届いていた。


「じょ、ジョージさん、頑張れ……頑張れ……っ」


 ど、どうしよう。まだ動けないというのに、これでは別の意味で前屈みを続けることになってしまいそうだ……ッ!

甘ブリの営業部長トリケンさん好き。

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