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第六話 レッドベアを売った

 先導する二人から離れないよう気をつけながら、僕は(ノース)マディソンの街並みを眺めていた。現代日本とは違うよく言えば風流な、悪く言えば耐震性に関して酷く不安になる風景は、まるで映画のセットの中を歩いているようだ。


 隣へ目を向ければ、頭の上に哺乳類の耳が生えた人。人間の耳の部分は、どうなっているのだろう? さらには寝るときに首を痛めそうな角を生やした者や、屈強で立派な髭を生やした背の低い者が次々通り過ぎていく。


 その人が行き交う道の脇のほうでは、まだ小さな子供が煙草らしきものを籠に入れ客に声をかけている。それより少し離れたところでは、違う勤労少年が靴磨きをし、その奥ではホームレスらしきおじさんが静かに寝転んでいた。石畳でないところとは言え、絶対体を痛めてしまうと思う。なんだか混沌としていて、いよいよここは僕が元いた世界とは違うのだなあと、少し心細い気持ちになった。


 そんなとき、アンナさんがくるりと振り返って自慢げに両手を建物へ向けるよう開く。


「あれがこの街の冒険者ギルド、(ノース)マディソン支部だ」


 視線を向けた先には、レンガ造りの二階建て。他の建物より大きくしっかりとしていて、外からでも何やら賑わいの様子が伝わってくる。


「立派な場所ですね」


 素直に言ったつもりだったけれど、エマさんは苦笑とともに謙遜してみせた。


「王都にあるギルドに比べたら、これでもとても小さいのですけどね」


「中央マディソン(セントラル)ですらここの倍はあるからな。そのぶん、いけ好かねぇ奴も多いが」


 木の扉を勢いよく開けたアンナさんがズカズカ足を踏み入れ、僕の前にいたエマさんがお先にどうぞと半歩避ける。頭を下げて中に入ると、続いて入ってきたエマさんが静かにドアを締めた。


 建物の中では、街の窓から漏れ出た灯りとは違う、煌々と屋内を照らすランプがいくつか掛けられていた。よく燃えているのか、不思議なほどの光量である。もしかすると、魔法の力なのかも知れない。


「酒場みたいなのも併設されてるんですね」


「他にも飲み食いする場所はあるけど、ここなら短気な奴が暴れてもすぐどうにかできるからな」


 賑わいの理由に気づいた僕へ、アンナさんが教えてくれた。たしかにここにいるのは、ガラの悪そうと言うか、荒っぽい感じの人たちが多いように見える。そんなとき、近くでジョッキを傾けていた屈強そうな男が、ニタリと目元を緩ませながら僕へ話しかけてきた。


「そこの坊っちゃん、気をつけな。そこのおっかねぇ女、この前ギルド半壊させやがったから」


「半壊まではさせてねぇだろ! っつうかいつまで昔の話してんだよ! あれはたしか去年のことだろ!」


 去年!? いや、こっちの一年は、もしかしたら三百六十五日ではないのかも知れないし……。


「あの、それ、本当なんですか?」


 僕の問いに、エマさんがため息混じりで答えてくれる。


「……半壊という以外はその通りです。それでも、その日の営業に大きな悪影響があったようですけれど」


「チッ、うるせえな。最終的にはキチンと弁償したんだからいいだろうが。アタシは踏み倒して余所の街に逃げるような半端者じゃねえんだ」


「最初から騒ぎを起こさないでくれたら、もっといいんですけどね。さあ、依頼結果の報告へ参りましょう」


 胸を張るアンナさんの腕を引き、エマさんがカウンターのほうへと向かっていく。話しかけてきた男に軽く頭を下げてから続けば、そこで業務をしていた耳が長い女の人が、二人に気づいて友好的な笑みで迎えていた。


「お帰りなさい。ハワード商会さんのところの護衛の依頼ですね」


「はい。どうにか務めを果たすことができました」


「道中で結構な素材も手に入ったんだ。とびっきりもあるんだが、驚くなよ?」


「それは楽しみですね。プラウドウルフの牙ですか? それとも、アイアンホークの爪?」


 そう尋ねる職員さんに対し、アンナさんはもったいぶるよう笑う。


「ぬふふ、まあ見てなって。おいそこっ、ボサッと突っ立ってねえで退いてろ! よし、ジョージ。一丁御披露目といこうか」


 人がきちんと退けてくれたのを確認してから、僕は収納魔法で作っていたスペースからレッドベアの死骸を取り出す。滑るように現れたそれが、床を独り占めするよう鎮座した。


「れ、レッドベアですか!?」


「嘘だろ……!? いくらアンナとエマでも、たった二人であのクマ公を討伐なんて……」


「というかあのガキ、今さっきまでレッドベアを収納魔法に収めてたのかよ……一体何者だ?」


 その途端、ギルド内の注意が一気にレッドベアへ向けられた。それにしても、これまでの反応からある程度は察していたけれど、アンナさんとエマさんの二人は結構な人気者のようだ。


「ふふん、どうよ。このマディソン一の剣士アンナ様にかかれば、クマ公の一匹や二匹なんのそのよ。ただ今回の殊勲賞はなんと言ってもそこにいるーー」


「あれ? このレッドベア、頭が抉れてますね。どんな手段で仕留めましたか?」


 カウンターの中から出てきた職員さんが、欠けた部分を見ながら不思議そうに言った。アンナさんやエマさんにも最初は思ったんだけど、この脳しょうが見えている割とグロい死骸を見てもとくに動じないあたり、この世界の人たちは結構逞しい。


「ったく、人が話してる途中なんだからちゃんと聞けよっ! いいか? このクマ公を地獄送りにしてやった致命傷はな、ここにいるジョージ少年が投げつけた石で吹っ飛ばしてやったもんなんだ!」


 感心している中、アンナさんが続けた言葉で不意に大勢から視線を向けられ、心臓が悪い跳ね方をした。


「ほら、そんな隅にいないで、こっちに来いよ」


 そんなところに余計な気を回すアンナさんが、僕の腕を強引に掴むと肩を組む形で前に引っ張り出す。得意気なアンナさんを隣に、もう逃げ場はない。


「本当に、そちらの子が……?」


「いや、その。俺は……」


「おいアンナ! つまんねぇ与太吹いてんじゃねぇよ! そんなガキの投石程度で、レッドベアを殺れるわけねぇだろ! 年期の入った俺らでも追い返すのがやっとで、仕留めることなんか滅多にねえのに!」


「なんだとこの万年Eランク! 表に出るか!」


「あ、アンナ、もうよしなさい。ジョージさんも困っているのですから……」


 エマさん! もっと強く言って下さいよ! アンナさんの気持ちは嬉しくいけれど、この状況はさすがにキツいです!


「でもそいつ、駆け出しの冒険者ですらないんだろ? ちょっと信じられねえよ」


「でも、じゃあこの頭の欠損は……?」


 収まらない状況の中、沈静化を試みていた職員さんは叶わないと見たか長いため息のあと続けた。


「はあ……もうなんでもいいですけど、Cランク間近だからって、あまり危険なことはしないで下さいね。このレッドベアには、もう何人もの冒険者が犠牲になっているんですから」


「わかったわかった。で、これいくらになる?」


「まったくもう……レッドベアは三十万ギルなんですけど、左側の上顎より上が欠けちゃってるので……二十九万ギルはいかがでしょう?」


 二十九万っ? さっき見た併設飲み屋のメニューを見るに、それって結構な値段なんじゃないか? 例えるなら、少なくとも安アパートで三ヶ月は暮らせる程度の……そんな衝撃を受けていた僕は、アンナさんの怒声で現実に引き戻された。


「はあ!? こいつをどうやって無傷で倒せって言うんだよ! 難易度で言えば、逆に上げて欲しいぐらいなもんだってのに」


「アンナ、ジョージさんが仕留めるよりも前に私たちの攻撃で多少傷がついてしまっているし、牙や目や脳も半分欠けてしまっているのですから……」


 その額が妥当なのか、ここに来たばかりの僕にはわからない。けれどアンナさんは、舌打ちをして頭を何度か掻き上げたあと、職員さんに言った。


「……二十九万五千。これ以上はまけらんねぇ」


「では、その額で買い取ります。申し訳ありません」


「いや……アタシもカッとなって悪かった。エマ、アタシ先外出てるわ」


 カウンターの奥にいた他の職員さん経由で、耳の長い職員さんからお金が入った袋を受け取ったアンナさんは、先にギルドから出てしまった。エマさんを見ると、仕方ありませんよと僕に向かい肩を竦める。そして耳の長い職員さんに向かって、深刻そうな顔で話はじめた。


「あと、カミラさん。実はこのレッドベア、割とこの街の近くで出没したんです」


「えっ!? それってだいたい、どのあたりでしたか?」


「ここから馬車で三十分ほどの、森からフローレス街道へ出てきまして……」


 声を潜めて話す二人の表情には険しさがある。いったいなぜ、あのレッドベアという魔物は(ウエスト)マディソンから(ノース)マディソンにまで、その縄張りを広げているのだろう……。


「……これまでで最も近い出没例ですね。ご報告ありがとうございます。今後の対策に生かします。あとこちら、レッドベア以外の魔物の素材と、クエストの達成報酬です」


「たしかに受け取りました。では、今日はこれで失礼いたします」


 カミラさんへ一礼したあと、戻ってきたエマさんは、僕の顔を見てを安心させるよう微笑んだ。


「では、アンナのところへ参りましょうか。あまり待たせては、外でまた一騒動起きかねませんもの」


 そうして僕らもギルドを出る。壁にもたれていたアンナさんは僕らに気づくと、近寄って僕にさっき受け取った袋を突き出した。


「ほれ。本来の三十万より五千も減っちまったけど」


「え、いや、悪いですよ」


 バツが悪そうな顔で言うアンナさんに、僕は思わずそう返していた。


「あ? なにがだよ」


「だって、俺はあのあと倒れたのを手当てしてもらって、街まで送ってもらったあと換金までしてもらったのにーー」


 とても満額は受け取れない。そう言おうとする僕を、エマさんはやんわり嗜める。


「ジョージさん。あなたが手負いにも関わらず私たちに加勢し、レッドベアを仕留めてくださらなかったなら、私たちとハワードさんはほぼ生きてこの街へ帰って来られなかったでしょう。もともとこういう約束でギルドに来たのですから、ね?」


「でも、せめて山分けとか……」


「お前、アタシらに恵んでやろうってか? 百年早いっての」


「そんなつもりじゃ」


「ジョージさんは、こちらのお金も住むところもまだ用意されてないのですよね? でしたら持っているべきだと思いますよ」


 アンナさんが、一度重そうな袋を僕の胸に押しつけた。


「ってことでこれ、受け取るよな?」


「……ありがとう、ございます」


 ずっしり重いそれを受け取ると、アンナさんはニンマリ笑って僕の背中を叩く。


「さあ、飯にしようぜ。ハワードのおっさんは払いがいいからな。今日の飯は豪勢に、だ!」


「もう、アンナってば。今回の戦闘で消耗した備品だってあるんですからね?」


「まだ底を尽きたわけじゃねぇんだから構わねぇだろ? 今日はジョージの歓迎会だ。ほら、さっさと行くぞ」


「まったく……ということでジョージさん。もしよろしければ、私たちとご一緒しませんか?」


 もちろん、躊躇うことなく僕は二人について行った。


「は、はい。ありがとうございます! よろしくお願いします!」

昨日二回投稿するはずが…ごめんなパット。お父さん、約束守れなかったよ……(無限のリヴァイアス感)

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