第五話 街に入れた
レッドベアに襲われた場所から走って少しばかり。僕らは幸いにも、何事もなく衛兵が守る街の入り口へ辿り着くことができた。
「ジョージ君、これを持っておきなさい」
馬車から降りる前に、ハワードさんから何かを手渡される。僕の手には、少し歪に光る銀色の貨幣が五つ乗っていた。
「これは……?」
「君は身分証を持っていないのだろう? この銀貨を衛兵に渡して、身分証を作ってもらいなさい」
袖の下のように使えばいいのかと思ったが、どうやら違ったようだ。先の三人は衛兵と顔馴染みらしく、割と親しげに言葉を交わしている。
「こんばんは、ハワードさん。今回は少し遅かったですね」
「ああ、途中で魔物が出てね。なんとか日が落ちる前には着けてよかったよ」
「魔物というと、ゴブリンやウルフ、アルミラージあたりですか? 最近はこの辺りにもレッドベアが出没するようになったと聞きますが」
和やかな会話に、アンナさんとエマさんが加わっていく。
「ようランドンとブライソン。今日もここで油売ってやがったのかよ?」
「抜かせよアンナ。門番はこいつが仕事だぜ」
「どうせ魔物の相手と言ったって、精々レッサーウルフぐらいなんだろ?」
「バッカかお前、今日なんか凄かったんだからな。なんたってあのレッドベーー」
「もう、アンナったら。ランドンさん、ブライソンさん、申し訳ありません。いつもこの子ってばお二人に」
「いやいや、エマさんが謝ることじゃありませんよ。なあ?」
「ああ。どうせこの女バーバリアンには、何かを言ってもはじまりませんから」
「おい、やんのかよ。二人まとめてぶった斬ってやってもいいんだぜ」
「やめなさいったら、もう」
アンナさんの言葉こそ荒っぽいが、それをからかう衛兵の二人も含め、この雰囲気を楽しんでいるようだ。本当に気心が知れている仲なのだなあ。
「ところで、そっちの奴は?」
「この街の新顔、ジョージだ。ほれジョージ、そんなとこにボサッとしてないで、先輩方に挨拶しろよ」
アンナさんは、僕の着ている作業着の襟首を掴むと、放り出すように前へ押し出す。これまで多少話せていたのは、あくまでもアクシデントというきっかけがあったからこそであって、本来僕は生まれつき人と話すのが苦手なのだ。元居た世界でも、新しい現場や知らない現場へ途中から入るたび、他の同僚たちより打ち解けるスピードが遅いことを自覚させられたものだ。
「じょ、譲次です。よろしくお願いします」
「そういうわけだ。頼めるかな」
僕が緊張していたからだろう。ハワードさんが二人に言うと、同時に頷いたあとにブライソンさんが奥へ下がり、ランドンさんが僕に指示を出した。
「もちろんです。おい、こっちに来い」
ランドンと呼ばれている見知らぬ人、それも鎧を纏い、槍を携えたいかつい外国人を前に、僕は少なからずビビってしまう。
「身分証がないんだな? じゃあ、保証金を出せ」
ついさっきハワードさんから貰った銀貨を、五枚手のひらに伸せランドンさんへ向ける。それを見たランドンさんは、怪訝そうな顔を僕へ向けた。
「ん? これ一枚でいいんだぞ?」
「え、そうなんですか?」
「ああ。この街じゃ保証金は銀貨一枚だ」
「受け取ったな。よし、じゃあ、このプレートに手を乗せろ」
戻ってきたブライソンさんの手には、金属製のプレートがあった。手のひらを乗せると、ひんやり冷たい。触れた瞬間、微かに体のどこかが開いたような感覚を覚えた。
「よし、もういいぞ。ほら、これが身分証だ」
ブライソンさんが、僕に見えるよう白い板を目の高さに掲げてくれる。そこには、北マディソンという文字の下にジョウジと刻まれていた。それを手渡す際、ブライソンさんはウインクしながら僕に微笑みかけた。
「ジョージ、北マディソンへようこそ」
「そこのネエちゃんから悪い遊びを教わらないようにな」
「は、はい! ありがとうございます!」
よかった。優しい人たちだったんだ。
「おいお前ら、つまんねぇことばっか言ってんじゃねえよ! エマの悪口はアタシが許さねぇ!」
「いやお前に言ってんだよ! つうかどっからどう聞いてもお前しかいねぇだろ!」
「なんだと! お前ら知らねぇのかよ! エマが昔うっかり酔っ払ってーームググっ!?」
間髪入れずにアンナさんの口を塞ぎ、エマさんは妙な汗とともに引きつった愛想笑いを浮かべた。
「わっ、私たち急いでおりますので。ランドンさん、ブライソンさん、お疲れさまでしたー。アンナ……私あれほど申し上げたはずです。神に使える身として相応しくなかったあの時のことは決して口外しないでいただきたいと」
「たくっ、気にし過ぎなんだよ。誰も傷ついてねぇ。罪も犯してねぇ。それでわんさか儲かったんだからいいじゃねえか。このアタシも是非あやかりたいと思ったぐらいだぜ」
「世の人は大いに良識を疑うんです! ましてや、神官である私自身があんなことに興じる姿を見られたら、それは教会引いては神へのイメージすら損ねる結果をーーっ!」
エマさん、一体なにをしたんだろう。凄く気になる……。
「無事終わったかね」
「は、はい。お金を出して下さりありがとうございました。ところでその、四枚も余ってしまったんですが……」
使わなかった銀貨を返そうとすると、ハワードさんが首を振る。
「それは私からの、レッドベアを倒してくれたお礼だよ」
「え、でも……」
いいのだろうか? 助けられたのは、僕も一緒なのだ。ハワードさんたちの好意がなかったら、僕は街へ辿り着けなかった可能性が高い。それに今だって、身分証を作ることもできなかった。
立ち尽くす僕へ、ハワードさんは微かに微笑んで見せた。
「僅かばかりではあるが、気兼ねなく受け取って貰えないかな」
「あーもう、そう細かいことは気にしなくていいから! 貰えるもんは貰っとけ! ところでハワードのおっさん、アタシにもなんかくれよぉ」
「お前さんにはこれからギルドで成功報酬が待ってるだろう……」
「もうちょっとくれよぉ。レッドベアが出たとき、ちゃんと立ち向かっただろ?」
「おやめなさい。みっともないですよ、もう……。すいませんハワードさん」
「いやなに、次もまた頼むよ。ジョージ君、何か困ったことがあったら、遠慮なくハワード商会まで来なさい。それじゃあ」
「あ、ありがとうございました!」
「またなー!」
「今回もありがとうございました。お気をつけて」
柔和な笑みを浮かべながら馬上へ跨がり、街の中へと去っていくハワードさんを、僕たちは三人で見送った。
「さあ、それではわたくしたちも、ギルドへ参りましょうか」
「おう、本来の報酬と倒した魔物の素材に、ジョージのレッドベア! さあて、いっくらっになっるかっなー」
「まったくこの子は落ち着きのない……。ジョージさん、申し訳ないのですが、少しお付き合いいただいてもよろしいですか?」
意味自体はもちろんわかってはいるのだけれど、やっぱり綺麗な人にお付き合いなんて言われると、少し動揺してしまう。
「ギルドにですよね?」
「はい。残念ながら、冒険者登録をしていない場合は素材を買い取ってもらえないんです」
「面倒くせぇよな。前は誰でも売れたのによ」
「いえ、勝手がわからないので、お願いできますか?」
「はい。たしかに頼まれました」
「このアンナ様がいるんだ。大船に乗ったつもりで任せな」
この二人なら大丈夫だろう。どんなふうにあのレッドベアを売るのか、後ろから見学させてもらうとしよう。
今日は二回更新したい(希望)。
入れた……入れた……テン……ソウ……メツ……。




