第五十一話 生還へ向け、再び蔵を飛び出した
「駄目だっ」
無意識に、喉の奥から悲鳴に似た声が出てくる。一同が呆気に取られる中、僕は多少目を見開いたオリヴィアさんへ、なるべく落ち着いて要求した。
「……気持ちは、凄く嬉しいよ。けど、移動中オリヴィアさんを守ったり走る速さを合わせてる余裕はない。地図だけ書いてくれたら、あとは自分でなんとかする。だから、ここでみんなと待ってて欲しい」
語気が上がったり、多少早口になってはしまったが、まずまず冷静に伝えられたのではと思う。けれどオリヴィアさんは、なおも真剣そのものな瞳で申し出を続けた。
「……水晶が爆発するタイミングは、わ、私なら、わかります……な、投げるときに、合図をしますので……」
「じゃあ、その予兆に何が起こるかを今教えてくれればいい。どうなるんだ?」
沈黙を答えとするオリヴィアさんの目に、さきほどまでの疑念を帯びた暗さはない。むしろその目は、丹心とでも言い表すべき優しさに満ちていた。
でも、それならなおのことーー。
「クレアさんも言ってただろ。例え爆発の予兆を掴めたとしても、俺は流し込む量を調節できない。ぶっつけ本番な以上、巻き添えで爆死する羽目になるかも知れないんだ」
「わ、私の吟遊詩人としての能力は、とてもひ、低いです。なので、ば、万全を期すためにも、間近でぎ、ギリギリまで、水晶を確認します」
「なら、俺一人でいい。窪地の場所だけ調べてくれ」
意地になったオリヴィアさんが、泣きそうな目で睨み付けてきた。迫力はないが、かと言って上手く言いくるめる図も浮かばない。
「こ、これを受け入れていただけないなら、弾きません」
「でも、オリヴィアさん……」
「ぜ、絶対に、弾きません……っ」
睨みがまるで板についていない、涙目の強情に困惑した僕は、すっかり打つ手を失ってしまった。そんな僕へ、ギャヴィン試験官は溜め息のあと、こう声をかける。
「連れて行ってやれ」
「試験官……」
振り返ってみれば、いざというとき頼みにするつもりだった傷だらけの顔が、呆れとも感心ともつかない目をオリヴィアさんへ向けていた。
「正直、一番のネックはそこだった。魔力を注いだ水晶が、いつ水晶が爆ぜるか。オリヴィアにそれがわかると言うのなら、同行も一手だ。そう拒絶もできん」
「吟遊詩人は、魔力の流れや波長を私たちより細かく掴めるとは聞いたことがあるけれど……」
アリアさんの言葉に、オリヴィアさんが食い気味で続けた。
「ひ、弾くのは下手ですけど……でも、流れを掴むことなら、いくらかは……」
揺れに揺れた結果の帰趨、その多勢が決まりつつある中、立ち尽くすしかない僕へギャヴィン試験官は憐れむよう肩に手を置く。
「俺に言う資格はないが、他人の頑固も受け入れてやれ。お前らは、仲間同士だろう」
オリヴィアさんが見つけてくれた窪地や、そこまでの道筋は、既に覚えの悪い頭へ叩き込んだ。
装備などの最後の点検を済ませ、夜目が効くようになる目薬を点し直した僕は、彼女へそれを手渡す前にこう言っていた。
「今なら、まだ間に合うよ」
オリヴィアさんは一瞬俯くも、迷うことなく目薬の瓶を受け取った。そんな彼女へ、突き放すよう続ける。
「途中で転んだりされても、置いていくしかないんだけど」
長い睫毛を天に向け、二度の点眼を済ませたオリヴィアさんは、目に馴染ませるよう瞬きを繰り返しながら、ローブの袖を握り締める。
「……そ、そのときは……自分の、責任なので……」
怖いのなら、残っていていいのに……言い様のない申し訳なさを感じていると、みんなからの激励が飛んできた。
「二人とも、頼んだわ」
「すぐボクらが撃ち洩らしを始末するから」
「助けてもらってばかりで、ごめんな」
「オリヴィア、ジョージのことを頼んだわよ」
「は、はいっ」
全員、飛び出す準備を戦意とともに固めている中、ギャヴィン試験官が一つ咳払いをしてからこう告げた。
「あー、お前ら。くれぐれも余計なことはするなよ。穴だらけかつ無謀としか言い様のない計画だが、ここまで来れたなら、あとは腹を括るしかないだろう」
この人も、一度は僕らのため、生還を諦めた身だ。全員、試験開始時とは違った目で彼の話に耳を傾ける中、ギャヴィン試験官は唐突に僕とオリヴィアさんの名前を読んだ。
「それとジョージ、オリヴィア」
「は、はいっ」
「なんですか、試験官」
僕らを交互に見たあと、彼は何か納得したよう頷いた。
「いや、いい。じゃあ、ぼちぼち始めるとしようか」
「で、では……」
オリヴィアさんの、魔力を込めた演奏がはじまった。これが終われば、いよいよ本当に出発だ。二曲ほど弾き終えたあと、オリヴィアさんが静かに一礼する。最後に奏でたほうは、魔力の流れを掴み易くしたりする魔法なのだろうか?
「じゃあ、行きましょう」
静かに戸を開き、少なくとも真っ正面にはレッドベアがいないことを確認する。僕はオリヴィアさんとほぼ同時に飛び出すと、蔵の資材を使って即席で作ったアイマスクを付け、何も付けていないほうの水晶へ魔力を流し込む。すると、激烈な光量の閃光が周囲を一瞬で満たした。
「ヴォオオオオオオオオオ!?」
目隠しを付けたこちらですら、その光のあまりの強さに目周辺の肉が焼けているような感覚に見舞われているのだ。いかに魔物と言えど、それを直に目に入れてしまったレッドベアどもたちが、一斉に驚きと苦悶の声を上げた。
裸の水晶を投げ捨て、アイマスクを外し閃光で怯んだ赤毛の熊の群れを確認した僕は、合図のため大声で叫んだ。
「行くぞ!」
僕とオリヴィアさんはその場を駆け、レッドベアどもを引き連れ目的の窪地へ向かい走り出した。泣いても笑っても、これが最後のミッションだ。




