第五十話 追及後、同行を志願された
「……終わったわ」
アリアさんの、硬い表情での報告が蔵に響く。大勢が次の指示を待つ中、突如クレアさんが顔を突き出してきた。
「ね、ねえ……、やっぱりアンタ、こんな危険なことやめなさいよ」
僕を案じる切実な眼差しに思わずたじろぎかけた僕は、そのあとすぐ口を開いたアリアさんへ目を移しごまかした。
「クレア、今はこれしか方法がないの」
これまで順序立ててきた理を前に、なおクレアさんは疑問を提す。
「でも、試験中のあいつはみんな見てるでしょ? 水晶に物凄い量を加減なしに注いで、やめるときも手を離して強制的に魔力の流れを切って。そんな素人同然の下手くそが、いったいどうやって爆発寸前でーー」
「クレアさん、別に死にに行くわけではないし、アリアさんが言ったように、今はこれ以外ないんだ。だからーー」
僕の物言いが気に障ったのか、クレアさんは物凄い剣幕で僕に食ってかかってきた。
「その気じゃなくとも失敗したらアンタは死ぬのよ!? なのになんでそんな平気そうなの!」
「平気ではないよ。でも、他の策はないし」
「それは、でも……ッ」
卑怯だとは思いながらも、対案を求めるとクレアさんの勢いは大きく削がれた。
「クレア、気持ちはわかるけど落ち着けよ」
「言われるジョージが一番辛いんだぞ」
黙ったクレアさんが、その目に悔しさを滲ませながら地面を睨む。一瞬、目尻に光って見えたのは涙だろうか。それを見てしまった瞬間、自分が酷い裏切りをした気分に晒された。
どうしてこんな気持ちになるのだろう。不意に思い出したのは、こっちへ来ることになった原因の、あの現場へ誰が回るかのことであった。
本来別の場所へ回るはずだった僕は、その事故が多発する現場に誰か一人が回らなければならなくなってしまったとき、皆が渋る中で志願して入ることを決めた。
あのとき、どこの班なら一人ぐらい欠員が出ても回せるか、などと言う堂々巡りが繰り返される中、僕が手を挙げたときのみんなの表情は今でも覚えている。
『悪いなあ。気をつけろよ』
そう言いながらも安堵した彼らへ、僕もこう返したものだ。
『ありがとうございます。気をつけます。若いから大丈夫ですよ』
と。思えばこんなことは、社会に出る前から何度もあった。別に彼らは悪人ではないし、ましてや恨んでいる、などということもない。自分で決めたのだからそれで死ぬような目に合っても、多少は飲み込んでいかなければならないと思っている。
けれどあのときの、彼らだけでなく自分にも抱いた微妙な違和感は、今も小さな引っ掛かりとなって心の喉の奥に引っ掛かっていた。どうして今、時間の無駄でしかないそんなことを思い出すのだろう。あまり考えたくなかった僕は、この不承不承容認という流れに乗じて話を進めることにした。
「じゃあ、オリヴィアさん。道を調べてもらえるかな」
出発する前に頭へ叩き込むため、メモ帳とボールペンを取り出す。しかし、いくら待ってもオリヴィアさんはハープを弾く素振りも見せない。
気になった僕は、傍らへ目を向ける。すると、思えば真っ先に異を唱えながらも、その後一言も言葉を発していなかった彼女は、暗い瞳を一点へ落とすよう地面に向けていた。そして、吃りはいつものことながらも、その言葉に普段とは違う何か芯のようなものを感じさせながら、こう意思を表示した。
「……で、できません」
「オリヴィア……あなたまで」
「クレアのときも言ったけど、状況が状況なんだ。いつまで蔵が持つかわからない以上、今はジョージを信じるしかーー」
次々、オリヴィアさんへ硬軟の言葉が飛ぶ。当然、この段階でなお異を唱えれば、こうなるのはわかりきっていたはずだ。しかし、普段ととくに変わらぬまま、彼女はおっかなびっくり話しはじめた。
「ま、まだ、今すぐに壊されてしまうというわけではないはずです……もう少しだけ、考えませんか……?」
「オリヴィアさん……」
僕が声をかけても、オリヴィアさんは頑固だった。
「……た、たった一人では……仮にそうするにしても、もう少し、その話を……」
「生きて合流するよ。約束、ね」
そこで僕は、ようやく彼女の言葉が普段と違う理由に気づいた。何か腹を決めるよう思い詰めた目をしたあと、僕へ向けられたその瞳にあったのは、目の前の相手への不信だったのだ。
「……今、収納魔法の中に、ど、どれだけ魔法薬を残していますか……?」
明確な疑心の眼差し。まさかそんな目を、この人に向けられるとは思いもしなかった。そして意図していたわけではないにせよ、僕の収納魔法の中に、魔法薬のストックは一つも残っていなかった。
「……エリクサーとか、結構あるよ」
僕の言葉など関係ないとばかりに、オリヴィアさんは証拠を求めてきた。
「か、確認、します……出して下さい……」
「……」
「ジョージ、アンタ……」
黙るしかない僕に、蔵の空気が再び変わりはじめる。それはまだ、オリヴィアさんにとって味方というわけでもなかったのだが……いや、目の前の彼女には、そんなことなど頓着してすらいないのだろう。普段は泳いでばかりでろくに合わない目線が、このときは嫌に触れ合う。そして逸らすのは、僕のほうだった。
「ない、ようなら……聞けません……」
「……俺のぶん、いくらか分けてもらっていいかな」
「……ええ」
レッドベアが立てる音が今も響いているというのに、僕らはまるで静寂の中に身を置くようだった。
「言っておくけど、勢いで出しちゃった以上の意味はないから」
この言い訳も、聞き分けの悪い二人には無意味なようで、クレアさんは僕を睨み、そしてオリヴィアさんは色のない目を僕へ向けている。その心にあるのは、失望か、あるいは、虚しさか。
そんな視線を向けられながらも、エリクサーなど数種の魔法薬が入った瓶を収め直し、これで調べてもらえるのかと目をやる。しかし、オリヴィアさんは何やら頷いたあと、予想だにしない言葉を告げたのだった。
「……わ、私も、行きます。す、水晶を離すタイミングを、私はは、測れます」
あと三話ぐらいで冒険者試験編終わりたい。二話で片をつけて、最後にモノローグという形。そして新章へという流れが理想。




