第四十五話 アンナさんの剣を使い、蔵へ戻れた
「クソっ、また出て来やがった! 俺が行くまで堪えてろ!」
ギャヴィン試験官がそちらへ向かう中、僕のほうへも先ほど重傷を負わせたレッドベアが、血を吐きながらも最期の力を振り絞り抵抗を見せてきた。
僕はその場で小さく体を揺らし、今の体の状態を探る。肉体や魔力回路の疲弊により、今どれだけ滑らかさを損なっているか。どれだけ魔力が伝わりにくく、加速しようとする際無意識のブレーキをかけてしまっているか。それを確かめた。
扱いきれないだけで、単純な魔力の量自体は余裕があるはずなのだ。目の前の敵と恐れから目を逸らさずに引き付け、自棄になって投げ急がず、なんとか下半身のリズムから生んだエネルギーを上に伝え投げた結果、レッドベアの胸にもう一つ、先ほどより大きい穴があく。
倒れ込んできた亡骸をかわして振り返ると、ギャヴィン試験官も対面していた相手をなんとか切り伏せたところであった。しかし、僕らがそうしている間に、先ほど足止めをしたレッドベアたちが森から開けた場所へと現れはじめる。追いつかれてしまった。
「試験官! もう後ろから群れが!」
「そんなことはわかってんだよ!」
「やっぱり、声が聞こえるぞ!」
僕らの会話に、蔵から反応があった。
「じょ、ジョージさん! ご無事ですか!」
「ちょっとあんた! 戻ってこないと思ったら!」
オリヴィアさんと、蔵に残ったクレアさんの声が聞こえてくる。とりあえず、オリヴィアさんは中に戻れたのか。
「ああ! 試験官を援護してた! そっちは!」
「み、みんな無事です!」
よかった。一先ず、オリヴィアさんたちに犠牲は出なかったようだ。
「待ってて! ボクらがすぐ援護にーー」
「馬鹿野郎! 絶対開けるな! 今レッドベアどもが山ほど押し寄せてきてるんだ!」
「で、でも、それではお二人が……ッ!」
「痩せ我慢してるんじゃないわよ! ジョージ! あんたからも何か言いなさい!」
今みんなが加わったとしても、一瞬で蹂躙されてしまうだけだ。せっかく無事蔵に籠城できたと言うのに、そんな無駄なことをしてはいけない。
「アリアさん! いつでも開けられる準備をしてて! それまでは絶対開けないで!」
「けどジョージ!」
「じょ、ジョージさん……っ」
「……わかったわ。みんな、手伝って!」
アリアさんの声に返事をせず、二人蔵へ駆ける速度を更に上げようとする。とは言え、僕もギャヴィン試験官も、既に這う這うの体だ。上げるどころか、ジリジリと落ちるスピードをなんとか維持するので精一杯だ。
そうしている間にも、後ろから迫るレッドベアの群れは、まるで無尽蔵だと言わんばかりの体力で僕らへ向かい押し寄せてくる。何頭かずつは、倒れている仲間の死骸に群がってくれたものの、この数を前にしては焼け石に水。なんの気休めにもなりそうになかった。
「チクショウ! ここまできて……っ」
ギャヴィン試験官が無念そうに呟く。蔵まであと少し。しかし、その少しが絶望的に遠い。
やはり、無理だったか。再び諦め直している最中、踏み止まる後ろめたさがあった。ここで食い殺されたら、蔵の中のみんなは絶対引き摺るだろうなあ。今さっきした会話でも、なんだか惜しんでる雰囲気があった。
今から奴らの腹に収まるのと同じぐらい、あれが最期の会話というのも、嫌な話だなあ。そんな悔いが、僅かに思考するーーいや、こんな自棄っぱちは断じて思考とは呼べない。それでも、最後の最後に奮う気力を産み出してくれた。
「転ばぬ先の杖か……ギャヴィン試験官! 俺の後ろに!」
「お前、なにを今さらーーッ!?」
僕を見たギャヴィン試験官は顔色を変え、後ろの蔵側へ下がる。ちょうどレッドベアの群れとの間に僕を挟む形だ。
爛々と、貪欲な目や涎を月明かりの反射で光らせながら、赤い毛皮の壁にも見えるレッドベアどもが迫ってくる。僕は収納魔法のスペースへ石を戻し、アンナさんから貰い受けた剣の柄を掴んだ。
「クマ公が」
あのアンナさんの、獲物に合わせ即興で踊っているかのように自在に振るわれる剣ではない。地面に足を固定し、重心を下ろして振るう、力任せで素人丸出しの横凪ぎ。
けれどその動きへ、たしかに魔力が込もるのを僕は感じていた。刃の面がレッドベアどもへ当たり、斬れるというより奴らの肉や骨を吹き飛ばすよう抉る。まるで、ぬかるんだ泥を勢いよく踏んでしまったような感触。
次の瞬間、大量の血や毛や肉が僕の顔や体へ当たり、目の前のレッドベアどもが盛大に爆ぜ、そのバラバラになった身を吹き飛ばしていた。明らかに剣の刃渡りを超える範囲のレッドベアどもが剣圧で潰え、更には仲間の破片を受けた衝撃で潰え、ほぼ放射状に死んでいる。
やったか? 淡い期待を胸にその後ろを見ると、難を逃れたレッドベアたちがまだ多く残っていた。今は多少怯み、狼狽えているとは言え、すぐに向かってくるだろう。再び剣を振るうため体勢を整えようとしたとき、不意に酷い立ち眩みで僕は倒れてしまった。まるで献血をしたあとのように目の前が真っ暗で、ちっとも体に力が入らない。
そんな僕の腕を強く掴み、どこかへ引き摺る者がいた。
「このクソガキっ! 絶対死なせねぇからな!」
ギャヴィン試験官だ。地面を擦れる感覚と振動に身を委ねていると、再び大声がした。
「おい! さっさと開けろ! まだレッドベアが残ってんだよ! 早く!」
思いの外、素早く扉は開き、そのうえで複数の足音が聞こえてくる。僕の腕を掴む人数が増え、肩や肘が抜けそうなほどの勢いで引っ張られた。
やがて感触が土から堅い床へ変わり、扉が閉まる音が耳に届く。ああ、助かったのか。そんな安堵を感じた瞬間、ギリギリ保たれていた意識がふつと途切れ、僕は視界や感覚だけでなく意思まで深い闇の中へ落ちていった。
基本メインは石ですけど、これからは剣もときどき使うようになります。




