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第四十二話 殿として自分も残ることにした

 時の経過の遅さに焦れながらも、各人奮戦しながら退却の機を今か今かと待つ。そして遂に、ハープの音を不意に途切れさせたオリヴィアさんが、掠れた声を張り上げた。


「れ、レッドベアが少ないルートがわかりました! 状況がか、変わらないうちに……!」


「先導するオリヴィアさんを守りながら撤退! 殿は私とーー」


 矢継ぎ早に繰り出しかけたアリアさんの指示を、まるで烈迫したかのようなギャヴィン試験管の野太い声が遮った。


「俺だけで十分だ! 受験者は全員引け!」


「で、ですがこの数ではとても……ッ!」


 ギャヴィン試験官は、レッドベアに鋭い剣撃で互角の応戦をしながら、食い下がるクレアさんを鬼の形相で怒鳴りつけた。


「さっきはお前らヒヨッコ共を守りながらだったから苦戦しただけだ! 残られたって邪魔なんだよ! 行かなきゃ足引っ張られる前に叩っ切るぞ!」


「……っ、全員撤退! 急いで!」


 迷いを残しながらも、クレアさんは苦渋の表情で皆を束ね、背を向け去っていく。


 それを見たギャヴィン試験官は、おそらく誰にも気づかれぬまま、穏やかな、まるで似合わない無私の微笑を浮かべた。


 僕ら全員を逃がすために、自分はここで力尽きるまで闘い、そして食い殺される最期を迎える気なのだ。


 さっきアリアさんたちのグループと合流した際、もうギャヴィン試験官は、状況を報告するために街へ戻っているのではという声も出た。そして僕自身も、その可能性は充分あるだろうと考えていたのだ。


 なにせ、これだけの異常事態である。受験者たちを置いて逃亡したところで、いくらか責める者こそいても責任を取らされることはないだろう。


 ここで受験者が助かったところで、もし街が落ちていたなら多少命が長引いたというだけなのだ。なら、力のあるギャヴィン試験官が戻り、街が危険なら一先ずはそこを守るのが先決というものである。


 さらに言えば、冒険者などと言う不安定な仕事を志す人間なら今回のようなトラブルの末の死も、自己責任の一言でで済まされてしまうだろう。それで責任を取らなくても済むのなら、大抵の人間はそれを選ぶはずだ。


 けど、この人は下の世代を生き残らせることを選んだ。だいたい、さっきここで出会したときだって、生気を失った青い顔に全身血みどろの、既に討ち死に覚悟という具合だったじゃないか。


 合理的とはとても言えない選択。けれど、死という不条理を自ら飲み込み、子供たちを逃すことを決めたこの人を置いて行ってまで、僕は生きていたいとは思えなかった。


 レッドベア側からすれば、まず致命傷を食らう心配はなかったろう。それでも防御に徹する邪魔な大勢が消えたことで、奴らは一気に攻勢に出ていた。


 周りを気にする必要なく剣を振るえるようになったとは言え、ギャヴィン試験官は単騎という絶望的状況だ。敵の動きが重なるよう誘導したり、倒れた死骸が侵攻の妨げになるよう工夫したりと、戦闘の立ち回りがどれだけ上手かろうが確実に劣勢へと追い込まれていく。


 そうしてギャヴィン試験官の隙を突き、禍々しく歪に光る黒い爪を振り上げたレッドベアへ、僕は的が大きな胴を狙って石を投げた。


「ヴオオオオオ!」


「なっ、ジョージ!?」


 脇腹に穴が空いたレッドベアが盛大な呻き声を上げる中、ギャヴィン試験官が驚きの声を上げる。そうしてすぐ応戦に戻りながら、僕へ短く怒声を飛ばした。


「なぜ退かなかった!」


「最低限の抑止となるだけの牽制は必要不可欠なはずです!」


 残った僕に気づいたレッドベアたちの、押し寄せる圧力が多少弱まる。体に穴が空くレベルの攻撃でもなお猛然と進めるほど、熊であるこいつらは蛮勇な獣じゃない。


「馬鹿野郎! 退路なんかいつまでも空いちゃいねぇぞ!」


「だから引き付けながら逃げましょう! 二人なら決して不可能ではないはずです!」


 オリヴィアさんがかけてくれた、魔力の消費量を抑える魔法は、あとどれほど残っているだろう。そして、それにより多少負担が和らいでいた僕の魔力回路は、どれだけ持つのだろう。


「お前なんか居られても邪魔なだけだ! 俺のことを信じられなかったのか!」


「この数じゃさすがのあなたでも無理です! 俺もどのみち今からじゃ逃げられません!」


 今さら考えても仕方ない。賽は投げられたのだ。あとは手八丁ででっち上げるだけだ。


「せっかく、全員生きて逃がせたはずなのに……っ」


「生きて逃げるつもりですよ。全員で!」


 僕は残り少ないであろう投石を、手負いのレッドベアを多く作ることを優先して投げつけた。ギャヴィン試験官なら、それだけで充分レッドベアを倒してくれる。


 動きが鈍ったり、回避や反撃に制限を受けるようになった奴らを斬り倒しながら、悔いる顔をしていたギャヴィン試験官も、生きる方向で腹を括ったようだ。


「生意気をっ。そのまま密集したのを狙え! 俺に誤射だけはするなよ!」


「はい!」


 エマさんから無理はいけないと言われていたが、こういう場合は仕方ない。だって僕もギャヴィン試験官も、彼らより年上なのだから。

三日も空けてごめん…。

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