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第四十三話 たった二人で撤退戦に挑んだ

 指示通り、レッドベアが密集した場所へ投石することで、ギャヴィン試験官が倒しやすいレッドベアを作る。


 さっきまではどうしても、受験者が止めを刺せるよう瀕死のレッドベアを作るのみならず、そのまま侵攻を許せば前衛が耐えきれなくなる圧力を生みそうなレッドベアを狙っていく必要があった。


 しかし、レッドベアと渡り合えるギャヴィン試験官であれば、よほど囲まれでもしない限りは、これでも充分のようだ。


 さすがは、ギルド側から試験官を任されるだけの冒険者である。あのアンナさんやエマさんたち二人でも、一頭相手ですら劣勢だった猛獣たち相手に、一歩も退かず太刀打ちしているのだから。


 魔力を込めた貫通力のある投石は、多少精度が落ちようとも、依然レッドベア共にとって脅威だ。しかし、先ほどのようにサポートしてくれる仲間がいないうえ、退却しながらの戦闘ともなれば、どうしても不慣れな面が出てきてしまう。


 そしてとうとう、オリヴィアさんのかけてくれた魔法の効果が切れてしまったようだ。急にロックがかかってしまった機械のように、体全体での動きが止まってしまう。


 元々、既に滑らかさを欠きギクシャクとしていたのだ。それ以下の、完全な手投げで放たれた石は、当然威力も精度も大きく損なわれたものであった。


 こちらへ向かってきたレッドベアへの投石に失敗し、前脚を抉る程度の手傷しか負わせられず距離を詰められたとき。ギャヴィン試験官は作ったばかりのレッドベアの死骸を盾にする形で、対面する敵との時間を作ってから、僕へ向かってきた奴へ衝撃波のようなものを飛ばし屠ってくれる。あの、的当てのときに披露したものだ。


 そしてそのまま、荒い檄が飛んでくる。


「しっかりしろ! 自分から残ったんだろ!?」


 その通りだ。僕は足を引っ張るために逃げなかったわけではない。この男を一人死なせないため、ここにいるのだ。気力を振り絞り、、なんとか多くのレッドベアを巻き込む形で、穴をあけようと試みる。少し余裕を持って投げられたためか、酷い投げ方でも多少はマシな結果となった。


 死んだり瀕死で動けなくなったレッドベアのせいで侵攻が遅れ、残った奴も手負い故に本来の力を発揮しきれず、ギャヴィン試験官の剣の錆となっていった。


「もう引くぞ! 走れ!」


 僕の魔力回路の限界を察したギャヴィン試験官は、衝撃波を何度か飛ばしてから僕の手を引いて走り出した。


 大勢が駆け抜けた足跡が残っているので、退路を見失ってしまうということはない。怠くなった足が不意にもつれぬよう気をつけながら、圧力が弱まっている隙に、僕は消耗を避けられない戦いをしていたギャヴィン試験官へ魔法薬を手渡した。


「魔力回復薬です!」


「エーテルか! あといくらある!」


 一気に煽っているギャヴィン試験官へ、時間がないので大雑把に答えた。


「だいたいエリクサー二十本に、エーテル、エクスポーション、ハイポーション、ポーションが残り四十本以上!」


 実際にはまだあるのだろうけど、おおよその数を伝えたなら問題はないだろう。そう思っていた僕の顔へ、ギャヴィン試験官の口から噴出したエーテルが盛大に浴びせかけられた。


「な、なんだその数は!? いったいどこにそんなーー」


「……収納魔法です。俺のは他の人のより大きいんですよ」


 目を見開き、声を上擦らせながら尋ねてきたギャヴィン試験官へ、もう一本エーテルの瓶を差し出しながら答える。皮膚から浸透したのか、若干魔力が回復したような気がして複雑な気持ちだ。


「なら、いつでもエーテルを取り出せるようにしておけ!」


 そう言うと、ギャヴィン試験官は新たに受け取ったエーテルを今度こそきちんと飲み込み、瓶を投げ捨て僕からやや距離を取った。


 レッドベアどもの止まった足だって、いつまでもそのままではない。衝撃波を喰らったレッドベアどもも、多少内臓が損傷している可能性はあるがそこは野性。穴でもあけられない限り、死ぬ前最期の大暴れとばかりに狂暴化し、全力でこちらへ向かってきた。


 そこへギャヴィン試験官は振り向きざま、新たに衝撃波を放つ。前のほうのレッドベアの足は止まり、中には倒れそれを踏み越え後続が押し寄せてくるが、どうしてもロスが生まれてしまう。その隙に、僕らは懸命に足を動かした。


 突然前方から気配を感じ、反射的に石を投げつける。すると、暗闇から僕らへ襲いかかりかけたレッドベアが、足元へ逸れた投石を反射的に避けて見せた。


「試験官! 前に!」


「ちっ!」


 舌打ちをしながらも、ギャヴィン試験官はレッドベアを一刀で退ける。しかしその間に、後方から雪崩れ込む群れは急速に距離を詰めてくる。


「おいっ、エーテル寄越せ!」


 準備していたそれを奪うように受け取り、飲み干したギャヴィン試験官が再び衝撃波で奴らとの距離を開ける。オリヴィアさんが状況を調べてから、もういくらかの時間が過ぎてしまっていた。今後はますます、後方以外からの遭遇も増えてしまうかも知れない。


 実際、その予想は当たってしまい、僕らの退却するペースはその後ますます遅くなってしまった。そして、長きに渡り奮戦を続けていた影響が、とうとうギャヴィン試験官にも現れ出した。放った衝撃波の威力が落ち、レッドベアどもの足が止まらなくなってきたのだ。


「試験官、まさか……ッ」


「いいからエーテルを寄越せ! お前らヒヨッコと一緒にするな!」


 言葉こそ勇ましいが、しかしその脂汗にまみれた表情は、明らかにコンディション不良が見て取れる痛ましいものであった。


「いいか!? あと少しで蔵付近の開けた場所だ。遮るものは何もないから、そこへ出たら一気に駆けるぞ! 転けるようなヘマは絶対するな! いいな!」

更新遅れてごめん…日曜は多めにするはずが…。

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