第四十一話 退路が見えた
「一度二手に別れて! 右翼側は私とレッドベアに対抗! 左翼側は救助!」
数でも僕たちより勝るレッドベアの群れを前にしては、さすがに全体の動きにも乱れが出てくる。先走る者、やや出遅れてしまう者。
一瞬オリヴィアさんと目が合った。迷いの浮かぶ瞳に、意味もわからぬまま空元気で力強く頷く。彼女もきっとわかっていないだろうが、僕へ頷き返すと振り切るようギャヴィン試験官たちのほうへ駆けていく。
「ま、魔法薬があるので安心して下さい! まず重傷のギャヴィン試験官から……!」
「うっ、すまん……ってこれ、エリクサーじゃないか!? どうしてひよっこのお前らがこんなもの……」
「ハイポーションに、魔法も使うから……オリヴィアはエーテルも持ってたよね! こいつに飲ませてやって!」
「は、はい、こちらどうぞ!」
これまで通りのスムーズなものとは言えないが、それでも全員で生還という目的のため、パーティーは二つに別れ役割を果たしはじめた。
この状況に持ち込むため、既に多くの石を投げてしまっている。魔力量に関しては、収納魔法の中にまだ魔力回復用のポーションがあるため問題ないが、問題はいつ回路のほうが持たなくなるかだ。
投石の回数は、とっくに五つを超えてから数えなくなって久しい。いつ昨日のように持たなくなるか心配で仕方ないが、かと言って出し惜しみをすれば、一気に押し込まれた末、前線が崩壊し全滅だ。
「無理に前へは出ないで! 動くのは必ず誰かがカバーに動けるのを確認したうえで、声を掛け合ってから!」
今は二手に別れ数が少ないため、深傷を負わせたレッドベアの始末も、タイミングを見ながら行わなければならない。そうしているうち、敵は更に数を増やしていく。
「クソッ、なんで!?」
「仕方ないっ、ギャヴィン試験官一人じゃ、とても死骸を処理できなかったんだっ!」
「仕方ないって、でもこのままじゃ……うわっ」
焦りから、最初のミスがーーいや、戦況や力の差のみならず、数でも劣るのだから、ミスと言うには残酷過ぎるーー起きた。押し込まれかけた味方を助けるため、やむなくピンポイントに頭部を狙い石を投げる。
そのレッドベアこそ絶命させられたものの、その間に薄くなった他のレッドベアたちへの投石による抑止が弱まったため、敵が更に前に出てきた。
「わ、悪い!」
「謝ってる暇ないぞ! 次!」
押し返すため、続けざまに石を投げていく。一石二鳥など狙っている場合ではない。即死狙いのピンポイントを三つ投げた際ーー僕は不意に、あの嫌な怠さに見舞われたのだった。
筋肉は硬く、関節は粘ついたように滑らかさを失い、体がスムーズに動かなくなる。近い距離なので当たるには当たったものの、それは致命傷とは程遠い、軽く肩を抉る程度の傷でしかなかった。
「ジョージ!?」
「まさか、限界が……っ」
返事をする余裕もなく、二投目でなんとか胸を射抜いて瀕死にし、続くレッドベアたちへ石を投げる。しかし、このロスでさらに敵は迫り、そのうえ僕の投石は精度を失っていく。
「落ち着いて! 時間を少しでも長く稼いで!」
クレアさんにどれだけ指揮官としての資質があろうと、できることとできないことがある。僕の変調に気づいた赤毛の熊たちは、これまでより更に圧力を高めてきた。
各人みな奮戦してはいるが、誰も彼もが決壊は避けられぬ事態と感じていた。そのときーー。
「加勢する! 開けろ!」
その力強さを取り戻した声は、振り返るまでもなくあの男のものだ。最も押し込まれていた部分が割れ、レッドベアは喜色を浮かべるーー次の瞬間、そいつは鼻先から硬い頭を両断されていた。
「ギャヴィン試験官!」
顔に血の気を取り戻したその男の振るう剣が、前線の均衡状態を即座に取り戻させる。
「ヒヨッコにしてはよく持ちこたえた! 生きて帰れたなら全員合格にしてやる!」
そして、治療に加わっていた左翼側の人員のみならず、後ろで震えていた者たちも戦線に加わった。
「同じ受験者も戦ってたんだ。俺だって……っ!」
「ビビってても仕方ねぇっ。い、行くぞっ!」
レッドベアたちは、なおも押し寄せる。しかし、ギャヴィン試験官という有効な攻撃を繰り出せる存在に加え、勇気を振り絞った受験者たちのおかげで数の不利も和らげられた。
押し返し、やがてそこに切れ間、退路が見つかる。これで準備は整った。
「オリヴィアさん! 道を調べて!」
「で、ですがっ、魔力消費は……っ!?」
あの状態でも、オリヴィアさんが呪曲を演奏した効果のおかげで、いくらかは石を投げられた。けれど、それももうすぐ限界だろう。殺傷能力の高い飛び道具がなくなれば、ここで遭遇したときのギャヴィン試験官のように押し込まれるだけだ。
「もうすぐ打ち止めだ! 逃げられるうちに逃げよう!」
「オリヴィアさん、そうして下さい!」
「わ、わかりました……っ! 一応魔力消費も、あと少しは効果が持続しますので……っ!」
そう伝え終えると、オリヴィアさんがハープを奏ではじめる。それまでは絶対、この状況を維持しなければならない。
「お前らあと少しだ! 踏ん張れよ!」
ギャヴィン試験官の発破にそれぞれ返事をしながら、僕たちは持てる気力と体力を振り絞った。やるしかない。ここが正念場なのだ。
冒険者試験編もいよいよ大詰め。