第四十話 まだ全員生きていた
「ジョージ、左側からレッドベアが」
報告を受け右翼の位置を離れると、僕がいたスペースへ全体が時計回りに動き、即座に空いた穴が埋まった。
石を取り出し、左側から投石の準備をする際、僕のぶんのスペースを開けてくれた味方が、周囲への警戒や不意打ちへの備えをしてくれる。
もちろん、自分でも気をつけているとは言え、こうしてカバーしてもらえると神経を必要以上に使わなくて済むのだ。幸い数は一頭。無事頭に穴を開けてやると、全体に走っていた緊張がやや緩む。そのとき、大人びた女の子が指示を出した。
「倒したわね。全体、周囲への警戒を怠らないまま、死骸を回収」
その言葉に、グループはすぐ警戒心を取り戻しながら、死骸付近へ移動。僕の収納魔法で回収し、戦闘を終えた。
「ジョージ、でかした」
「いや、みんなのおかげだよ」
実際、人数が増えたと言うのに、移動は抜かりなく進んだ。単純なスピードだけで言えば、二人で森へ戻ったときのほうが速かったというのに。
きちんとタスクを割り振ってもらっているぶん、自分の与えられた役割に専念できるため、さっきより余裕を持てる。すると若干とは言え、魔力の消費も抑えられる気がする。
力みが抜けるせいか、それともレッドベアの魔力反応に神経を張り詰めなくてもよいせいか。これにオリヴィアさんの吟遊詩人としての能力も合わさることで、僕の魔力消費はこれまでに比べ、著しく改善されていたのであった。もちろん、昨日今日とこなした狩りによる慣れもあるだろうけど。
再び右翼へ戻ると、全体がスライドして僕のぶんのスペースが空く。そこへ僕が収まると、再び進行開始だ。
それにしても大人びた子、見事な統率力である。何人かは知り合いだったんだろうけど、カバーし合う人員の配置や指示も含め、単に剣士や魔法使いというだけでなく、単純な個人の力量も把握したうえでバランスを取っていた。
これに戦闘時の指示が合わさり、突出も押し込まれることも抑え、パーティーとして十分に機能している。途中から僕やオリヴィアさんのような異物が加わっても、一方には遊撃的な役割を、もう一方には安全を与えながらも、全く破綻する兆しは見えない。バランスが大きく崩れないままなのだ。
アンナさんやエマさんは、ほとんど魔物がどこから出るかわかっているかのように動いていた。経験に裏打ちされているであろう二人とは違うものの、パーティーを指揮しながら機能性を発揮させるこの子の手腕もまた、間違いなく卓抜したものである。まるで優秀なサッカー監督の下でプレーしているようだ。
「ジョージ、どうしたの?」
僕の視線に気づいたのか、彼女が声をかけてきた。呼び捨てで呼ばれても、目が合っても、さっきのように浮き足立つことはない。この人は、僕なんかとは出来が違う。
「いや、凄いなって」
「ふふ、ありがとう。ジョージのような実力のある人に言ってもらえると、自信になるわ」
嫌みでないぶん、その微笑みは僕にとってキツいものだった。僕はただ、棚ぼた的に得た力を振り回しているだけで、目的に対する動きも直線的なものばかりであった。
重要度という点でこの子のほうがよほど価値があるし、僕の人生の中で見てきた人たちの中でも、ここまで複線的な思考で、個人に依存せず組織を過信することもなく人を動かせる人間となると、その数は非常に限られてくる。頭脳だけでも、度胸や人格だけでもこうはならないのだから。
「アリアの親は騎士だからな。優秀なんだよ」
「そんなことないわ。私なんて、まだまだよ」
謙遜して笑う彼女は、アリアさんと言うのか。騎士と言っても、全員にこんな稀有なことができるなんてあり得ない。仮に影響を受け育ったとしても、そう簡単に受け継がれるものでもないと思う。
そんなことより、僕はある疑問を抱いてしまった。騎士の娘さんが冒険者になるって、こっちの世界では普通のことなのだろうか? こうして接している感じ、僕のように性根の曲がった感じもなければ、オリヴィアさんのように訳有りといった雰囲気もない。
大人びた感じも、別にアピールのための背伸びとかではなく自然なものに感じるし、さっきの微笑みだって家庭環境がいい人間特有の、自己肯定感が高い奴に見受けられるものだと思う。おそらく彼女は、過去の栄光にすがることとは無縁の人だろう。
そんな人が、本当に冒険者などという仕事へ、十万も払って望んで就こうとするものだろうか? 理由としては、例えばーー。
「……!? あそこっ、誰か戦ってる!」
「全体、警戒を怠らないように」
そのまま前へ進んでいくと、戦闘の激しさは遠目からでもはっきりわかった。僕らの中に、あそこまでレッドベアとやり合える人間はいない。間違いなく、ギャヴィン試験官だろう。
とは言え、迂闊に近づくことはできそうもなかった。レッドベアの数が、尋常でなく多いのだ。
こちらに気づき、既に向かってきていた数頭へ、奴らが重なるよう動いてから投石する。全てを即死させられないにしても、さすがに体の正中線近辺に穴が開けば、熊の魔物と言えど無事では済まない。
三頭中、二頭を重体、一頭を片腕の欠損に追い込み、後ろ足二本で立つしかなくなったレッドベアをその後続から来た奴ごと穴空きにしてやる。
手傷を負った獣は狂暴化してしまうので、みんなが止めを刺せるぐらいに弱体化させる必要があったのだ。全て頭を潰してやれるならそのほうが確実だが、あいにく奴らは数が多いし、僕も投げられる石には以前限りがあった。
「そこに誰かいるのか!」
少しずつ切り崩し、ようやく僕らはギャヴィン試験官と接触することができた。僕らは剣を奮う彼の痛ましい姿に、一瞬言葉を失った。元々傷の目立つ顔や体ではあったが、今も出血し続けている深手から、もはや防具の用をなしていない革鎧まで、常人では立っていることすらできない状態でなお、今もレッドベアたち相手に斬撃を繰り出している。
その後ろには、僕らと同じ受験者が数人、その身を震わせていた。ギャヴィン試験官は、彼らを危険にさらさないことを選んだのだろう。そしてアリアさんのような統率力のある人が、そう何人もいるわけもない。結果、この惨状となったのだろう。
とは言え、後ろにいる人数を見ると、僕らや蔵で休んでいるクレアさんと合わせ、ちょうど受験者数全員であることがわかる。よかった、まだ現状では、誰一人死んでいないのだ。
「今助けます! みんな、行こう!」
「おお!」
今日は埋め合わせにあともう一回更新したい。




