第三十九話 陣形を組み直し、出発した
「ご、ご無事でしたか……?」
オリヴィアさんも、自分のぶんのポーションを手渡しながら声をかけている。
「助かるわ。怪我人だらけとは言え、全員なんとか動ける。けど、あの剣の試験を受けた子の姿が……」
「ボクらが行ったときには、大量の血痕があるだけで……きっともう」
その心情を容易に窺い知れる、沈痛な面持ち。そんな彼らに、オリヴィアさんが真実を伝えた。
「く、クレアさんは怪我をされてしまったので、今は蔵の中で休んでもらっています……」
「それ、本当かよ!」
不意の大声にビクつきながらも、オリヴィアさんは辿々しい口調ながら説明を続けた。
「は、はい……く、蔵は頑丈そうですし、み、みんなで籠ることも、で、できるのではと……」
今後の方針はそのあと決めるべきだろう。まずは最低限の安全の確保と、怪我人の治療だ。
「あの子、クレアと言うのね……教えてくれてありがとう」
「よかったぁ、ボクてっきり、食べられちゃったのかと思ったよ。君たちが先に助け出してくれてたんだね」
二人からのお礼に、オリヴィアさんはややモジモジとしていた。まあ、気持ちはわかるぞ。大人びた子からは年下にも関わらず確実に母性を感じるし、ボクっ子のほうも優男と勘違いするような美形だ。
そんな二人から感謝などされたら、僕も間違いなく浮き足だってしまうだろう。欧州の諺にもある通り、美しさとはそれだけで特別な証明書のような価値を持っているのだ。僕にとっては、とても悔しいことに。
ん? オリヴィアさん? ああ、彼女はオドオドしているぶん正面から話しやすいだけで、もし黙っていたなら醸す妖艶さで相手に緊張を強いる、すなわち彼女たちと十分張り合える美形である。僕なんかとは違うのだ。
「い、いえ……私は何も、じょ、ジョージさんの後ろを着いて行っただけで……そ、そうですよね……?」
僕へ振り返るオリヴィアさんの助け船の求め方は、これまたなんとも妙なものである。虫の居所が悪い相手に八つ当たりされやすそうな、結構損しやすい態度じゃないのかしらん?
「いや、オリヴィアさんの力がなかったら、ここへ来る以前に蔵での安全すら確保できなかったよ。今も投石の疲れとか、全然感じないし」
今石を三つ投げたというのに、まるで四つ目を投げる不安を感じない。さっき僕らを狙ってきた熊を危なげなく仕留められたのだって、これまでより惜しみ無く仕えるという、その精神的余裕が大きかったのだ。
おかげで、これ以上彼らの負傷が酷くなる前に戦闘を終わらせることができた。これは間違いなくオリヴィアさんの助力によるものである。
「そ、そんな。私なんて全然下手で、小さくできる魔力の消費量も、まだ、ほんの少しで……」
自分を否定するときだけは、急に饒舌になるのだな……けど、もう一度だけ伝えておこう。彼女が渡したぶんのポーションを手渡しながら、僕は俯く彼女へ話しかけた。
「薬のことも教えてくれたし、ほんと助かったよ。ただみんな、オリヴィアさんは楽器弾いてる間、無防備になるんだ」
「そういうことなら、任せて。彼女をカバーする陣形を組むから」
ということで、大人びた子の指示に従い、僕とオリヴィアさんもグループに加わった。僕は全体の右側で、オリヴィアさんは最も硬い中央だ。
「あ、あの、いいんでしょうか……」
「安心してよ。ボクらがスペース保ちながら、しっかり守るから」
うーん、女の子なのにこの場の誰よりスマートかつ嫌みのない二枚目ぶり。この逼迫した状況だと言うのに白い歯が爽やかである。
仮に同じ顔をしていたとしても、僕にあんな表情はできないだろう。そして、僕が女であったなら惚れてしまったかもわからない。
「サンキューオリヴィアちゃん。サンキューな」
「い、いえっ。その……一度弾くことで得た効果は、い、一定時間持続しますので……」
「じゃあ、切れそうなときは教えてもらっていいかな? ジョージは離れ過ぎない限り自由に動いていいわ」
大人びた子は、安心させるようオリヴィアさんへ話しかけたあと、僕にも指示を出す。なるほど、それで僕のいる右側だけ、男が多いのか。単に右手で投げてるからというだけだと思っていた。
「い、いいのか?」
「ええ。現状、レッドベアへの有効な攻撃手段はジョージの投石ぐらいだから」
また呼び捨て。なんだか変にドキドキしてしまい、気取られないようにしながら他の面々からの、頼んだぞ、レッドベアが来たら頼むわ、という言葉に応える。少しオリヴィアさんの視線も感じた気がしたけれど、振り返れなかったのでよくわからない。
「ところで、ギャヴィン試験官見なかった? 俺らも探してたんだけど」
「いや……たぶん俺らの野営の様子を回って見てたんだろうとは思うけど」
あの人の実力なら、レッドベアが相手でも簡単にはやられはしないだろう。とは言え、どんなに実力があったとしても、単独でこの状況を乗りきるのは相当分が悪いはずだ。
「もう既に、森から出てる可能性もあるぞ。この異常事態だし、街へ戻ってギルドへの報告が先と考えてるかも」
「いずれにせよ、まだ見て回っていないエリアにいるかも知れない受験者も確認しておく必要があるわ。またレッドベアと遭遇する可能性もあるのだけれど……二人とも、ついてきてくれるかしら」
もちろんである。人数も増えてより多くの選択肢を得られるようになった以上、より多くを救出できる可能性も高まったのだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず。やるしかないのである。
「ああ、もちろんだ。全面的に協力させてもらう。ところで、夜目が効くようになる目薬とかもあるんだけど。あと、何かあったときのために予備のポーションも渡しておきたい」
「は、はいっ。その……足を引っ張らないか、し、心配ですけど……」
僕らの言葉に、彼女は安堵の溜め息を吐く。その際に一瞬浮かんだ疲労の色を笑みで掻き消し、僕らへ感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。じゃあ、すぐに準備をして出発しましょう。大丈夫。きっと上手くいくわ」
一見無責任な希望的観測。しかし、それは決して楽観主義とは違う、リーダーとして取るべき態度。頷き合い、一つの目標へ全員で向かう意思を固めながら、たいした子だなあと感心したのだった。




