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第三十八話 一つ目のグループを救出した

 闇夜を駆けながらだと言うのに、遥か遠くの樹皮や、踏む寸前の落ち葉の模様まではっきりと見える。夜目が効くようになる目薬とやらの効果は凄まじい。軽く酔ってしまいそうなほどだ。


「キツかったら言ってね」


「だ、大丈夫……っ」


 そう返すオリヴィアさんの返事は、肩で息をしながらのものであった。一度徒歩に切り替え、彼女の呼吸が整うのを待つ。


「あ……す、すいませーー」


 手で制し、僕は彼女へ首を振った。


「オリヴィアさんはハープを使わなきゃいけないし、むしろ俺がもっとペースを考えるべきだった。ごめんね」


 瞳に自らへの失望と苛立ちを滲ませる彼女へ、それらしい言葉をかけながら様子を見る。足を挫いたりしている様子はなさそうだ。


「た、体力、なくて……駄目ですね……」


「街に戻ってから、少しずつでいいんだ。それに、もう少しでさっき俺らが会った所だし。ここからは、オリヴィアさんの耳が頼りだよ」


「は、はい! き、聞き洩らさないよう、えっと……が、頑張ります!」


 オリヴィアさんは、意気込む様子を見せてくれる。一先ず安心なのだろうけど、自分から不調を訴えてくれなそうなあたり、こちらも気を使わなければならない。


 もっとも、今日が初対面なのだから仕方ない話だろう。『信頼という木は大きくなるのが遅い木である』とは、昔の人もよく言ったものだ。


 突出しないよう気をつけつつ、オリヴィアさんを挟んで魔物と遭遇しないよう気をつけながら移動する。魔力の気配は、確実に強くなってきた。緊張と興奮のせいで、石を握る手が小さく震える。僕はバレないよう、その手をさりげなく体へ押しつけた。


「あ、あの……」


 振り向き目が合うと、オリヴィアさんがたじろぐ様子を見せた。


「どうしたの」


「い、いえ……あのーー」


 そのときちょうど、遠くから声が聞こえてくる。当然、その声音には聞き取れずとも剣呑なひびきが伴っていた。


「こ、こっちだと思います……!」


 先に駆け出したのはオリヴィアさんだった。すぐに追いつき、辺りを警戒しながら声の元へと並走する。目薬のおかげもあり、ほどなくして僕らは現場を目にすることができた。


 そこでレッドベアを相手に戦っていたのは、僕らと食事を取っていたあのグループであった。相手取っているレッドベアは、視認できる限りでは三頭。


「無理に手傷を負わせようと踏み込まないで! 互いがサポートし合える範囲で、陣形をなるべく圧縮して!」


「けど、このままじゃじり貧だ!」


「どの道私たちでは一頭相手でも倒しきれないわ! とにかく助けが来るまで時間を稼ぐの!」


 そう言い合いをしながらも、彼らは一丸となってレッドベアに立ち向かっていた。完全に防戦一方とは言えど、あの大人びた子の指示の元、恐怖にかられ逃げたり自棄になって突っ込むことなく、近い距離を保ちながら猛攻を堪え忍んでいる。


 とは言え、前衛に負傷していない者はなく、後衛の魔法使いも、あまり魔法を放ってはいない。もう魔力が尽きかけているのだろう。


「ここからじゃ、向こうにまで流れ弾の被害が出る。少し移動するよ」


「え!? は、はい!」


 そうして、なるべく僕らの近くとレッドベアの後ろに細い木が少ない方向へ、逸れるよう移動する。その場所から、オリヴィアさんには僕の位置から一番遠い方向に丈夫そうな木を挟む形で陣取ってもらい、僕らも援護を開始した。


「い、いきますっ」


 舐めた唇を噛むようにして、オリヴィアさんが演奏をはじめる。僕も彼らに襲いかかるレッドベアのうち、もっとも彼らの手前にいる奴の頭を狙った。


 なるべく、倒れても彼らが巻き込まれにくい位置、前のめりであることに変わりはなくとも、正面から真っ直ぐ前衛に突っ込まないであろう体勢を見計らい、石を投げつけた。


「!? 全体右へ!」


 途中、いくら進行方向に生えた木の側面を抉り、中には貫通するものの、さした問題はない。頭に穴を開け事切れたレッドベアは、だいたい予想通り斜め左側へ倒れ、彼ら全体が木や石のない右側へズレることで槍の子が倒れ落ちる巨駆を回避した。


 数本の木がいきなり倒れたことへの動揺に加え、仲間の死骸が挟まることで、レッドベアどもの攻勢に一旦ストップがかかることになる。


「なんでこいつ死んだんだ!?」


「今楽器の音が聴こえたような……」


「どうでもいいだろ! 今のうちに崩れた陣形を立て直すぞ!」


 そう言いながら、彼らは再びそれをコンパクトなものへ組み直す。二頭になったレッドベアも、さっき死んだ大きな奴が死んだぶん、それを避けるようにしたあと両サイドから前衛に圧力をかけようと動き出した。僕らから見て、ちょうど重なる位置へと。


 魔力を節約する、またとないチャンスだ。すぐさま投じて二頭同時に居抜くよう投石し穴を開ける。奥の一頭は仕留めきれなかったものの、間違いなく致命傷だろう。彼らが止めを刺してくれるはずだ。


 そして予測していた通り、僕らを狙う気配に振り向き、木を避けるようオリヴィアさんの右側から姿を現したレッドベアを三つ目の石で殺す。倒れるレッドベアに潰されないようオリヴィアさんを引き寄せると、そいつは襲ってくる方向を限定してくれた木にぶつかり、持たれかかるような体勢で死んだ。


「怪我はない?」


「す、すいません、気づかなくて……」


 こんな状況で音を出して、それで曲まで弾かなきゃならないとなれば、周りに気が回らないのも当然のことだろう。


「楽器弾いてたんだもん、仕方ないよ。指平気?」


「は、はい。ありがとうございました……っ」


 頷いて離れるとき、離れたオリヴィアさんの体温によって自分が彼女と触れ合った際に安心を覚えていたことに気づかされた。


 別にいかがわしい目的でそうしたわけではないと言っても、なんだかバツの悪い思いになる。いっそエロ目的のおさわりのほうが、まだここまで心のざわつきも少ないんじゃないか? だってオリヴィアさんは、僕のライナスの毛布じゃないんだし。


 早く緊張感を取り戻し、不安に再び心を慣れさせなければ。そう思いながら収納魔法の中から石を取り出して握り締めたとき、ちょうど彼らから声がかかった。


「やっぱりジョージか! 助かったよ!」


「ああ! オリヴィアさんもいる! 無事だったか!」


 僕は今倒したレッドベアを収納し、彼らへ近寄ったあとで、一先ずそれぞれへ回復用のポーションを手渡した。

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