第三十七話 準備を整え、森へ戻った
「そ、その前に……ジョージさんのお、お体は、大丈夫ですか……?」
そう、オリヴィアさんが心配そうな顔で気遣ってくれる。これもまた不謹慎な話ではあるけれど、労ってもらえると心が和らぐよね。
「ああ、まだちょっと怠くて痺れてる感じがするけど、たぶん平気」
「た、たぶんって……」
あ、あれ? 大事ないことをアピールしたはずが、なぜか困惑されてしまった。戸惑いを感じていると、横から溜め息混じりの補足が入ってくる。
「レッドベアを蹴り殺せる人間なんて、よほど名の知れた武闘家ぐらいのものよ。魔力自体も相当消費してるはずね」
「そ、そうなんだ……」
まあ、僕が元いた世界でも、熊殺しのウィリー・ウ○リアムスとか相当有名だし、こっちにも彼のような男がいるということなのだろう。もし生き延びることができたなら、ちょっと見てみたいものである。
「い、一応これを……あとこちらも」
オリヴィアさんから差し出された瓶を受け取って、続けざまに二本煽る。すると、痛みや怠さ、まだ骨の髄まで残っていた痺れが、まるで糸を引くように和らいでいった。効きすぎて少々恐ろしいが、さすがは魔法薬と言ったところだろうか。
「そういえば、魔力回路に負担がかかりにくくなる薬とかってないかな?」
昨日はそのせいで、グリーンベアを無駄に苦しめたうえアンナさんに止めを世話させてしまった。
けれどもし、この苦境を前に回路を太くしたり、それ自体を強靭にできる薬があったならーーそれは、僕のような魔力の扱いが未熟な人間にとって、大きな助けとなってくれるに違いない。
しかし、僕の期待とは裏腹に、二人の反応は芳しいものではなかった。
「く、薬は……少なくとも、こ、ここにはないと思います……」
「あったとしても、そんなのロクなもんじゃないわ。魔力の流れに淀みができるようになって、いずれは心身の不安定化も免れない。間違いなく寿命を縮めるでしょうね」
聞いた感じ、まるでドーピングのための禁止薬物のようである。それでも僕はアスリートではないし、生きるか死ぬかの現状何かあればとも思ったのだが、諦めるしかないのだろう。
「か、回路には効きませんけど、こ、これ、夜目が効くようになる目薬ですっ」
「こっちは魔力関知を高めてくれる錠剤ね。あと、魔物を集める香水と、魔物を遠ざける香水。それから……」
僕に気を取り直させるよう、二人は薬の説明に戻った。聞き漏らしのないよう注意を払いながら思う。オリヴィアさんたち、子供なのにほんと魔法薬に関して詳しいな。
「……なにを感心した顔してるのよ」
思わずギクリとしてしまう僕に、女の子は呆れ顔で続ける。
「言っておくけど、こんなの知ってて当たり前。一般常識よ?」
「……そうなの?」
「い、一般の方なら……その、わ、わからない人も、中にはい、いる、かも……」
「いるとすれば、そいつは知識の面においてよほどの頓珍漢ね。冒険者試験を受けるなんて場違いなレベルの」
女の子が、オリヴィアさんのたどたどしくも必死の擁護を一蹴し、僕へ勝ち誇った顔を向けてくる。
くそぅ、さ、さっきの仕返しのつもりか。言葉に詰まる僕へ彼女は追い打ちをかけてきた。
「まったく、剣どころかエリクサーすら知らず、なのにあれだけの魔力量。ほんと、アンタってでたらめ」
「で、でたらめな奴に助けられたようなガキがどの口でーー」
「ガキィ!? たぶん私はアンタなんかより年上の十六才よ!」
苦し紛れに言い返す僕と、ヒートアップしながらさして高くもない年齢を誇る彼女。そんな僕らをオリヴィアさんは仲裁したのだけれど……。
「お、落ち着きましょう。私もジョージさんも、その、みんな十六才同士なんですから、ね……?」
「いや、俺は……」
言いかけて、結局やめた。この状況で話しても、どうせ意地っ張り扱いを受けるのがオチだ。だいたい今はこんな話をしている場合じゃないし、オリヴィアさんをこれ以上困らせるのはよそう。
「そうだな。落ち着こう」
「別に私は最初から落ち着いてたけど……まあ、いいわ。で、これからどうするの?」
「みんなの様子を見てくる。二人はここで待っていてくれ」
万が一のため、彼女らにいくらかの薬を置いて去ろうとしたとき、オリヴィアさんが意志を固めた顔で僕へ声をかけた。
「あ、あのっ……魔力回路の薬は、ない、ん、ですけど……」
一度言葉を切り、大きく息を吐いてから、再び僕と視線を触れ合わせた。
「じょ、ジョージさんの魔力の消費を、小さくすることはできます。……少しだけ、ですけど……」
それは、僕にとっては好都合だ。しかしーー。
「……死ぬかも知れない。残ったほうがいい」
けれど、恐怖に顔を引きつらせながらも、オリヴィアさんは引かない。
「じょ、ジョージさんだけを、危険な目に合わせる、わけには……わ、私なんかじゃ、足手まといにしかならないですが……」
「レッドベアが何匹いるかわからない以上、もし投石の回数を増やせるのなら願ってもない話ね。アンタが死んだら全体の生存率も大きく下がるだろうし」
彼女の後押しを受け、オリヴィアさんはもう一度僕のほうを向き、頷く。みんな、やれることをやっている。なら、僕には止められない。
「わかった。オリヴィアさんは俺から絶対離れないで。君はここに。なるべくすぐ戻ってくるから」
「君じゃなくて、クレアよ」
「クレア、さん」
名乗った彼女の名を復謡すると、クレアさんは鼻を鳴らした。
「そう。戻ってきたら、その、な、何にも知らない未熟者なアンタに、薬や剣のことを教えてあげるわ。だから絶対死ぬんじゃないわよ」
そう言い終えると、クレアさんはそのまま顔を背けてしまった。不器用な彼女なりの激励なのだろう。ここはありがたく受け取ることにした。
「あ、あの、薬であれば私が……」
「わかった。必ず生きて帰る。行こう、オリヴィアさん」
「え、は、はい……クレアさん、行ってきます」
「気をつけて行ってくるのよ」
彼女の言葉に二人で頷き、気配がないことを確かめてから扉を開ける。そして二人で、森へ戻るため闇の中へ溶けていった……。




