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第三十四話 野営中出るはずのない魔物が出た

「ふぅ、こんなところかな」


 小一時間に及ぶ悪戦苦闘の末、ようやく僕のテントが完成した。


 昨夜アンナさんとエマさんから教えて貰ったおかげで、少し不格好な感じもするがなんとか張ること自体はできた。焚き火もなんとか自力でつけられたし、やってみると案外楽しくなってくるものだね、アウトドア。


 ちなみに、野営の試験の内容は至ってシンプル。一人一人が森の中で離れてテントを張り、焚き火をしながら外で一晩見張りをする。これだけだ。


 とは言え、明確な合格基準がないぶん怖さもある。おそらく試験官が僕ら受験者のことをこっそり眺め、それで合否を決めることとは思うのだけれど、それに気づかない時点で僕らって失格なんじゃない?


 もし合格したあと、そんなことで依頼中見張りをしているとき野盗に気づけるのだろうか。盗賊だって、馬鹿じゃない。そりゃあ試験官は優秀なんだろうけど、それと張る悪党だって当然いることだろう。


「……まあ、考えても仕方ないか」


 そう呟きながら、背後の火へと枯れ枝を投入し、暗闇に慣れはじめた目が光を見すぎないうちに外す。とりあえず、ここはギルドが管理している区域なので盗賊はおろか魔物すら出ないと説明を受けた。思考停止ではあるが、まずは合格を確実なものとするために神経を尖らせよう。実際遠出をすることになっても、アンナさんとエマさんが一緒なら、なんとかなるだろうし。


「二人とも、どうしてるかな」


 明日までに終わるクエストと言っていた。あの二人だから心配は要らないだろう。むしろ僕も一緒に依頼をこなすとなったとき、足を引っ張らないか今から心配なぐらいだ。


 魔力の扱いはもちろんだけど、剣も間違いなく課題だろう。石をいくつか投げ終えたら、あとは後ろで荷物持ちの待機するだけ。なんて、あまりに要領が悪い。


 もっと石を投げられるようになり、自分も前に出て戦えるようになる。そうして、拾ってくれた二人に、少しでも恩を返さなくては。


 それにしても、なんだか試験開始前に比べて、我ながら気持ちがずいぶんと前向きになってきた。頭の中で思い悩み過ぎるより、こうして動いたほうが閉塞感から抜け出せるのだなあ。


 正直、もっと試験に向けた準備も必要だと思っていたのだけれど、今となっては受けてよかった。よし、夜が明けるまで、見張りを頑張ろーー。


「きゃあああああ!」


 そのとき、突如どこか離れた場所から、絹を裂いたような叫び声が届いた。続いて、腹の中まで底冷えするようなあの低い唸り声。まさか。そう思うより先に、足は動き出していた。


 もしかしたら、これはギルド側が不測の自体への対応力を見るためのブラフかも知れないーーそんな考えも浮かぶ。しかし、この肌で感じる緊迫感は間違いなく現実のものだ。


 アンナさんやエマさんが教えてくれたじゃないか。魔力を使った索敵は徐々に精度を増し、そして一度遭遇した魔物の反応はこれまでより感知しやすくなると。


 暗闇の中、足を取られそうな窪みや木の根に苛立ちながらも森を駆け抜け、ようやく僕は辿り着いた。そこにあったのは、倒れている人、血の臭い、そしてーー。


「レッドベア……ッ!」


 あの屈強な腕で吹き飛ばされたのだろう。血まみれで横たわるその人へ近づくレッドベアへ、即座に収納魔法から石を取り出し投げつける。息切れや動揺もあったが、奴がこちらに気づいていなかったおかげでプレッシャーも薄かったこともあり、運よく一撃で仕留められた。


「おい、おい大丈夫か! しっかりしろ!」


 周囲を警戒しながらも、怪我人の元へ駆け寄り様子を見る。先ほど一緒に食事をした、模擬戦の際に一撃でやられてしまった女の子であった。


「っ、これは酷い……っ」


 腹は半ば抉れるように損傷しており、内臓こそ露出してはいないものの、この異様な凹み具合からして中身がどうなっているかは想像に難くなかった。


「……ぐ……ごぼっ……」


 今、呼び掛けに微かに答えた。まだ息はある。急いで備蓄の魔法薬の詮を抜き、彼女の今も血を吐き出すその口の中へと流し込んだ。


「飲め。少しでもいいから飲み下せ。死にたくないだろ」


 顎を上げさせ、半ば強引に注ぎ込む。普通の薬ではなく、さすがは魔法薬ということなのだろう。虫の息だった彼女は血混じりのそれを噎せたあと、そのまま盛大に咳き込みまでしてみせた。辺りを注意しながら、彼女へ話しかける。


「まだ飲めるか?」


「げほっ……え、ええ……一人で飲めるわ……」


「その状態じゃ無理だ。口開けろ、ほら」


 少しずつ、喉が動くのをたしかめながら飲ませる。途中、気配がしたので彼女へ魔法薬の瓶を手渡した。


「え、な、なによ……?」


 嗅ぎつけてきた理由は音か、臭いか、それとも魔力か……いずれにせよ、招かれざる客のようだ。


「静かに。レッドベアだ」


「ひっ!? さ、さっきのがまたっーー」


「飲んでろ。片付けてくる」


 様子を見ると、まるで奇跡でも起きたかのように抉れた腹が治っている。顔色は悪いが、山は越えたのだろう。


 残念ながら、相手は二頭。一発も外せないうえ、投げ終えたらその後の投石を控えねばならなくなる。四つ、五つと投げれば、間違いなく逃走に障ることだろう。


 一昨日素手で倒せたとは言え、あれは石より消耗が激しいように感じた。なるべく早く相手を見つけ、石で倒さなければ。


 どこからくる? 五感を研ぎ澄ませ、何もせずとも荒れそうな息を宥めているうち、ようやく一頭目が見つかる。獰猛そうに光る目の間を狙い、これはそのまま撃ち抜けた。


 しかし次の瞬間、地響きとともにもう一頭のレッドベアが姿を現した。思ったより近づいていたそれは、一目散に僕へ向かい疾走してくる。


 昼間に狩った魔物たちと、こうまで感じる圧が違うものかーー殺気に満ちたそいつは、元の世界で僕に迫ってきた重機なんかより数十倍の恐怖を僕に感じさせた。


 前に立ってくれるアンナさんはいない。臆せば避けられぬ死。地面の揺れが大きいのは、奴の力強さか、僕の恐怖心か。狙いを定めきれない中、もうやけくそで放り投げたそれはレッドベアの胸を弾けさせた。


 それでもなお飛び込んでくる奴を間一髪かわすと、奴はそのまま後ろの木へ激突し、そのまま倒れ伏した。剣を取り出して近づくと、まだ微かに息がある。抵抗を恐れながらも勢いで脇腹から心臓を貫くと、そいつは断末魔を上げたのち、そのまま静かになった。


 運に助けられたというしかないだろう。数百キロの肉塊にぶつかられては、大量の魔力がある僕でも無事では済まない。手負いのまま逃げることができるとは、とても思えなかった


 剣とともに死んだレッドベアを回収し、元の場所へと戻る。死骸を放置すれば、新たな魔物を呼び起こしてしまう。こんな奴らがわらわらと押し寄せたら、それこそ本当に終わりだ。残る二頭も収めると、彼女の元へ向かいしゃがんで背を向ける。


「も、もしかして、私を襲ったレッドベアもアンタが……?」


「話はあとだ。一先ず、ここから離れるぞ」


「え、ええ……よい、しょっ」


 彼女を背負い、暗闇の中を往く。ここはレッドベアが本来出没するウエストマディソン側の森深くや、一応そこに面し僕自身も奴らと遭遇したフローレス街道とは街を挟んで反対側にあるのに……いったい何が起きたと言うのだろうか?

倒れてる受験者は男か女か悩んだけど、可哀想だから男にしといた。

2019年2/6修正

やっぱりレッドベアに襲われてた受験者を女の子に

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