第三十二話 オリヴィアさんに大人ぶった
気づけば話すばかりで、二人とも箸が止まっていた。野営がはじまる前に、せめて皿の上だけでも片付けなければ。
「こっちから色々聞いといてアレだけど、あとのことは結果が出てから考えようよ。今は野営のために腹拵えをしてしまおう」
「……いえ。私こそ、その、意地を張ってしまって……」
しょげ返るオリヴィアさんに、なるべく心を込めて笑顔を作る。
「仕方ないよ。誰だって他人から施しなんか受けたくないもん。プライドあるし」
顔を上げ、唇を噛むのをやめたあと、オリヴィアさんはしみじみこう切り出した。
「……凄いですね、ジョージさんは。今、おいくつですか?」
「二十も半ばに差し掛かってるよ」
もちろん、こっちの世界では僕のルックスがガキ扱いなことぐらいは、これまでの反応でとっくの昔に受け入れている。
けど、オリヴィアさんは穏やかで控え目な人だから、もしかしたらと一縷の望みじみたものを感じながら、僕はさりげなく言い放ってみたのである。けれどーー。
「ぷっ、ふふ、あははははは!」
何を思ったのかオリヴィアさんは、お腹を抱えて笑い出したのだ。皿からミートパスタが少し地面へ落ちてしまったと言うのに、まだ笑っている。
「わ、笑いすぎじゃない……?」
普段抑圧的な感じがするぶん、一度感情を表に出すと止まらないのだろうか。それとも、僕の言葉がツボに入ってしまったのだろうか。
「す、すいませっ、ぐふっ、うはは! あははははは!」
一通り笑い散らしてからもしばらくの間、ひーっとか、ふーっ、なんて真っ赤な顔でやった末、それでも未だ火種が残っていそうな顔をしながら、オリヴィアさんは目元に滲んだ涙を拭った。
「ふふふっ、あっ、ありがとうございます……じょ、冗談のおかげで、き、気持ちも解れました」
「あー、そう。よかったねー」
あそこまで気持ちよく笑われると、怒る気すら失せてしまう。きっとこれが、この世界での僕の運命なんだろう。
「じゅ、十さ、……いえ、十五才前後でしょうか? 私も今十六才なので、お、同じぐらいですね」
聞き捨てならない言葉だなあ。十三って言いかけたあと、気を使って言い直したのだろう。そういう気遣いは欠かさない子なのだなあ。
たしかに元の世界でも、私服で歩いていたとき、おそらく冗談で中学生かと尋ねられたことはあった。が、それでもさすがに中一扱いは酷すぎる。外国人から見れば、僕ってそんな子供なのかしらん?
これでも社会に出て、人並みになれるよう自分なりに頑張ってきたつもりだったんだけどね。高校へ上がらなかったからなのかなあ。童貞を捨てろと幾度も誘われたソープランドへの供連れを断り続けたからなのかなあ。
先に列挙した理由を言い訳としたいところだけど、たぶん悔しいことに、僕の内面から滲み出る未成熟具合はそれらと関係がないのだろう。
もしかして、すぐにお金を受け取ってくれなかったのって、年下かも知れない男の子から金は借りられないとか、そういう意味もあったんだろうか……。
「あ、あの、どうかされましたか……?」
オリヴィアさんの姿をじぃっと見た。たしかに黙って「あぅ」とか言わずにいれば、大人びた流し目美人なんて言葉がピッタリである。
艶やかな色素の薄い髪は銀色に輝いても見え、女性らしさのある体つきにローブを纏った妖しい姿は、並程度の身長を一回りほど高く見せていた。
うん。この子から見たら、僕の見た目なんかガキだよね。仕方ないよね。受け入れよう。
「気にしなくていい。童顔なんだ」
「お、同じ年代でも、わ、私とは、全然違います……強くて、自立されてて……わ、私なんかのことを助けてくれて……」
フォローでもしているのかと脇目で見れば、その笑みは随分吹っ切れたと言うか、やぶれかぶれなさっぱりとした自嘲に見える。
けど、それでも寂しい姿だった。だってこの子は、まだたかが十六才なのだ。これからいくらでも時間が、未来が残っている人なのだ。
今周りより遅れているからと言って、気にする必要など、本来はどこにもない。
「……人それぞれ、タイミングがあるんだよ。俺も今だ人の世話になってるし、オリヴィアさんも一人で背負い込まず誰かを頼る段なんだ」
「……段、ですか……」
「うん。所詮、人間なんて同じ家に生まれ育っても、持って生まれたものから環境まで全然違うんだから。例え急かされても焦らず、自分のペースでやるのが、結局は一番マシなんだと思う」
僕の言葉を聞き終え、オリヴィアさんはポツリと呟いた。
「……自分のペースも、難しいですよね……」
思わず苦笑してしまった。その通り、『哲学を学ぶのは容易いが実行するのは難しい』だ。さっきから偉そうに言ってる僕だって、元の世界じゃ危ない現場を断れず重機に潰されて死ぬところだったじゃないか。
「まあ、ねぇ……とりあえず受かったら、ちょっとずつお金貯めて余裕作ったらいいよ。吟遊詩人やりたいんだっけ?」
「は、はいっ。し、詩と演奏を、皆さんに聴いてもらえるようになりたい、です……っ」
たどたどしいものの、言葉に込められた力がさきほどまでとは段違いだ。本当にやりたいことを、この子はもう見つけているんだな。正直、羨ましかった。
「例えばだけど、流しとかやると一日どれぐらいお金入るものなの?」
何気なく聞いた僕の言葉に、オリヴィアさんは固まり、そして小さな声で恥じ入るように言った。
「……三ギル……です……」
鉄貨三枚。落ちてる小銭を広い集めても、もう少し実入りのいいものになるんじゃないだろうか?
「……その、物凄い渋さだけど、何時間ぐらいやったのかな」
「……お、男の人たちに、向こうで聴かせてと、こ、声をかけられて……す、少し怖い人たちで、逃げてしまったんです……それで、ノースマディソンに来てからは、まだ……」
ああ、このルックスだもんなあ。美形も美形なりに、損をしているということか。
年下扱いを受けたことに多少溜飲を下げつつ、その手の品のない嫌がらせというのは大なり小なり避けられないであろうことを思うと、前途の多難さに同情心も沸いてくる。
「……い、言い訳にしかならないのは、わかっているんですけど……」
いや、僕だって名刺も渡してこない手配師から『仕事あるよ』なんて言われたときは本当に怖かったし、気持ちはよくわかるぞ。
「まあ、そっちも追々かな。流しやっても安全そうな場所とか、いろいろ聞いてみようよ」
「すいません……何から何まで」
「はは、そっちはアテにしないで? 俺も聴いてみたいってだけだから」
「う、上手くないですけど、で、でも……頑張ります……っ」
ただ沈んでいた顔も緊張で強張り、その肌に一瞬で血の気が差す。音楽、本当に好きなんだなあ。
次の次ぐらいからようやくバトル