第二十一話 素材は高く売れた
森の外へは、無事抜け出すことができた。先ほど感じた倦怠感も、魔力を使っていない今ならさほど感じない。エマさんが言うことには、『ジョージさんほど魔力のあるお方であれば明日になればおさまっていることでしょう。ただし、今日は絶対に魔力厳禁です』とのことだった。もちろん、言いつけは守るつもりだ。怒られるのが怖いというより、エマさんやアンナさんとは、後ろめたい気持ちで接したくない。
「いやあ、大量大量。これまで素材だけ剥いでも途中で切り上げてたところを、ジョージの収納魔法で全部持ち帰りながら延長までできちまうんだもんな」
「三人でのパーティーということもあって消耗も少ないですし、私も攻撃魔法を撃てることでよりダメージを減らせるようになりました。威力のある投石をなさるジョージさんが加わって下さったおかげです」
アンナさんが上機嫌で口笛を吹けば、エマさんもにこやかに僕を持ち上げてくれる。異世界に転移した際、棚ぼた的に顕在化した魔力のおかげとは言え、誰かの期待に応えられるのは嬉しいものだよね。それがよくしてくれる人たちであれば、なおさらだ。
ギルドへ入りカウンターのほうへ向かうと、昨日買い取りを担当してくれたカミラさんが、僕らへ声をかけてくれた。
「あら、おかえりなさいアンナさん、エマさん、それにジョージさん。午前は大変だったみたいですね」
「ああ、それとは別にクエストだ。バーストドーア八頭に、ウィードボア四匹。それにグリーンベアが一頭だ。討伐依頼出てたよな?」
アンナさんの口から出た数字に、カミラさんが目を丸くした。知的でクールな印象の人だけに、こうして表情のある顔をされると、思わずドキリとしてしまう。さっき名前も覚えてくれてたし、他意などないとわかってはいても、少し嬉しい気持ちになってしまう。
「随分狩りましたね……。もしかして、昨日のようにジョージさんの?」
「あ、はい。収納魔法です。どう取り出したらいいですか?」
「では、一度こちらに来て下さい」
脇にあね通路を通って、案内されたヶ所へ向かう。するとカミラさんは、机とほぼ同じ高さの台を僕に見せた。
「この穴に向かって、収納魔法の中の魔物を出して下さい」
「これも、魔道具なんですか?」
僕の問いに、カミラさんが微笑む。
「よくご存知ですね。小さな穴ですが、昨日のレッドベアもここから送ったんですよ」
たしかに、穴の大きさはおよそ四センチ×二十センチほど。ジョジョ二部のサンタナが自身の体をおりたたんで入ったのと同じぐらいの細さと小ささである。ここから倉庫か、もしくは魔法による収納スペースかはわからないけれど、貯蔵する場所に繋がっているのだろう。実際そこへ向かって収納魔法を開くと、するする面白いように魔物が滑り込んでいく。原理はわからないが、血や土などの汚れも飛ばさずに収められるなんて、実に便利な穴だ。
「すいません。昨日カウンターの外に出してしまって」
「え? ああ、大丈夫ですよ。普段は丸々一頭分素材を持ち込まれるなんてなかなかないですけど、部分を切り取っていただいたとしても、結局汚れないということはありませんから」
カミラさんはとくに嫌な顔もせずそう言ってくれるけど、これからはなるべく気をつけることにしよう。僕自身、不衛生なのはあまり得意じゃないし。
「はい。これで大丈夫ですよ。ええと、駆除の報酬に、魔物の売却金額と合わせて……」
おそらく魔道具と連動しているであろう器機を見ながら、カミラさんが算盤を弾く。
「合計、三十六万ギルとなります」
カミラさんが読み上げたその額に、僕は思わず絶句する。元の世界では日雇い派遣で働いたこともあったが、夜勤だとしても八時間働いて一万円と少しだった。それでも割の良さに満足したものだったのだけれど、それが午後からの数時間で、三十万超えだなんて……。
「じゃあそれ、山分けにしといてくれるか」
「一人十二万ギルですね。かしこまりました」
人数で割っても、十二万。受験費用を払ってなお、二万ものお釣りが出てしまった。い、いいのだろうか……。
「いいよなあ、強い奴に引っ付いて回っただけで」
その言葉が、放心状態だった僕をその声が現実に引き戻した。見ればそこには、酔っ払った冒険者がいる。傍目にも、あまり機嫌がよろしくなさそうだ。
「なに言ってんだ。あの子の収納魔法の異様さ見たろ。あれを雇うとなったら、報酬三分の一程度じゃとても済まねぇぞ」
「でもよぅ、男なら手前で戦ってこそだろ。荷運びだけであんな大金稼ぐなんて、納得できねぇよ」
仲間らしき男が嗜めたものの、発言をした男は引かない。元の世界でも、こういうことはあった。楽な現場でいいな、とか、早く帰ってこられる場所で羨ましい、などなど。解体工だった頃なら、年間トータルで見れば結局はほぼお互い様なのだから、納得してくれと思えた。
「なんだよ。なんとか言えよ」
しかしここは異世界で、僕はこの世界で使える魔力量が多いことが判明したうえ、アンナさんやエマさんに拾ってもらえた身の上だ。なんとも言い返しずらい。
「だからやめろって。ガキに絡むなよ」
「お前は狡いと思わねぇのかよ。俺たちが汗水垂らして戦ってるってのに」
言い返せずにいる中、エマさんが我慢しきれない様子で口を開いた。
「私たちの仲間に向けての暴言はやめて下さい。皆さん、昨日のレッドベアもそうだったのですが、今日の戦果も半分以上がジョージさんによるものです」
「半分以上って……いくらなんでもそれは嘘だろエマさん。バーストドーアだけでも四頭ってことになるぜ?」
「嘘ではありません。ジョージさんの投石によって得られた獲物です」
「え、エマさん、大丈夫ですから」
どうせ言葉で納得などしては貰えないのだから。そう思いエマさんを押さえようとしたとき、アンナさんまでもが加勢しはじめた。
「まあ、アタシらはこいつを荷物持ちとして引っ張り回してるわけじゃねぇってこった。わかったら酒なんか飲んでねぇで剣の腕を磨くんだな」
「な、なんだよアンナ。お前までそんな馬鹿げた話を信じろってぇのかよ」
「馬鹿げた、馬鹿げたねぇ……。仮に戦ってたのがアタシらだけだったとしても、合わせて十三頭の収穫なんてそっちのほうがよっぽどトンマな話に聞こえるけどな」
「そ、それは……」
言い澱む相手を、アンナさんは怒気を滲ませた眼光で睨み据えた。
「なんなら剣の練習の相手になってやってもいいが、どうする……?」
「クソっ、面白くねぇ!」
そう言うと、男はギルドを出ていってしまった。仲間らしき男は仕方なさそうな苦笑いを浮かべるばかりで、とくに追いかける素振りも見せない。い、いいのかこの状況は?
「す、すいません。けど、あんなこと言って大丈夫ですか?」
お礼参りへの恐れから尋ねたところ、アンナさんの唾が顔にかかった。
「あ!? なに言ってんだお前っ。だいたいなあ、理不尽なこと言われたら言い返せよ!」
それはその通りなのだけれど、どういうわけか、元の世界にいた頃から僕は自己主張というのが苦手だったのだ。現に今も、アンナさんやエマさんがかわりに禍根を負う羽目になってしまった。
「その、すいません……」
ここは、叱られなければなあ。僕が悪いのだから。そう思い続くアンナさんの言葉を待ったものの、顔を上げれば先ほどの剣幕はどこへやら。虚を突かれた顔の彼女は、溜め息のあと僕の肩を軽く揺するだけだった。
「まあ、ノースマディソン
ここ
に来たばっかの新参者な今だけだろ。にしても、惜しいよなあ。もしお前に冒険者カードがあったら、今頃とっくに昇格してるんだぜ?」
「あ、あはは……ギルドとしては、冒険者ではない方をクエストに同行させて欲しくはないんですけどね……」
そう愛想笑いを浮かべるカミラさんへ、アンナさんは尋ねた。
「安心しろ、今日だけだ。たしか明日から、冒険者の試験あるよな?」
「はい。ひょっとしてジョージさんが受験されるんですか?」