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第十七話 クエストに出かけた

「さあっ、たぁんとお食べ!」


 昼食を摂るため降りた食堂で、女将さんが僕に出してくれた料理は、とても一人前や二、三人前という言葉では収まらない量であった。問いかける声が、自ずと震えてしまうのが自分でもはっきりわかる。


「あ、あの、これって……」


「安心しなよぉ。追加でお代を取ったりなんかしないから」


 女将さんは満面の笑みだ。きっとこういう表情を、昔の人は恵比須顔と読んだのであろう。い、いや、太っ腹なのは大変けっこうなことではあるのだけれど、これはさすがに多すぎるのでは……?


「いやさ、あと少しで傷んじゃいそうな食材が多かったものだからね。けどこれからは助かるよぉ。処分しなくたって、育ち盛りのジョージさんに全部平らげて貰えるんだから!」


「あ、あはは……」


 そんな勝手に決められても……助けを求めてアンナさんに視線を送る。しかしその反応は、食べる合間に返してやったと言わんばかりの、実ににべもないものであった。


「お前育ち盛りだし、金も要らないってんだから願ってもねぇ話だろうが。食の細い奴は冒険者なんか務まらねぇぞ」


「わ、わあ、このジョージさんのソテーやサラダ、とっても美味しそうですねー。私にも少し分けていただけますかー?」


 空気を読んだエマさんが、彼女自身の皿へと料理を取り分けてくれた。食べきれそうもない分を手伝ってくれて、本当にありがとうございます。


「おや、エマさんも今日はお腹が空いてるのかい? そうならそうと言ってくれなきゃあ。ほら、これも食べていいから」


「い、いえいえ私はこれでっ! あまり食べ過ぎてしまうのもよくありませんし!」


「気にし過ぎだよ。エマさんお腹周りは全然太ってないんだから、もっと栄養つけなきゃ」


 そう言うと、女将さんは青くなっているエマさんへ、さらに二つ三つとお皿を押し付ける。どうしよう。被害を拡大させてしまった。もしかして、女将さんの食べる量が基準になっているのだろうか? いずれにせよ、こんな強豪運動部や相撲部屋じみた量を出されては、どれだけ味が美味しかろうがまるで食欲が沸いてこない。


「さあさっ、じゃんじゃん食べちゃってよ。残りもまだあるから、ほら、遠慮なく!」


 黙々と食べ続けるアンナさんをよそに、僕はエマさんと互いの顔を見合わせた。ああ、僕を励ますように微笑んでくれているけれど、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。本当に、どうしてこんなことになってしまったんだろう。巻き込んでしまってごめんなさい。





 結局食べきれなかった料理は、女将さんにバレないよう収納魔法に入れてしまった。あとで取り出して食べるときのために、皿や器を用意しておかなければならない。宿の食事が一日二食で、本当によかった。


「た、助かりました……」


 クエストに向かう道すがら、エマさんが溜め息を漏らす。


「ったく、だらしねぇなあお前ら」


 僕らを見るアンナさんは呆れた顔をしているけれど、誰もがあんな量を食べきれるわけではない。たしかに収納魔法でズルはしたけど、それでも僕たちは気分が悪くなるまで食べ続けたのだ。弱音ぐらい許して欲しいし、そもそもアンナさん自体が健啖家過ぎるのだ。あれだけ食べて、なぜ太らなーー。


「な、なんだよ」


「い、いえ。なんでもないです……」


 本当のことを言うと、昨日の帰り道や朝のことを思い出してしまったのだ。アンナさん、僕は変なことを考えてしまいました。でも、納得である。


 そんなことを考えていると、不意に街の人から声をかけられた。


「きみ、ジョージさん、だったかい?」


「は、はい。そうですけど……」


 初老のおじいさんと言った雰囲気の方だ。どうして僕の名前を知っているのだろう? そう、不審に思っていたところ、おじいさんは理由を話しはじめた。


「今朝、君が泊まってるところの女将さんが君のことを話していてね。まあ、ああいう人だからと思って聞いてたんだけど、買い出しから戻ってきたと思ったら今度は君の自慢話をはじめたものだから」


「あ、あはは……そうなんですか」


 人好きしそうな笑顔で、おじいさんは続ける。この様子なら、あまり風評被害は拡大していないのかもしれない。


「凄いじゃないか。盗人を捕まえたんだって? まだ若いのに頼もしいねえ。俺も若い頃なら力になれたのになあ」


「い、いやいや。アンナさんがいなかったら、刺されたうえ逃げられてましたから」


「またまた。もしこの辺でも何かあったら、そのときは頼むよ」


 本当のことを言っているだけなのに、おじいさんは僕が謙遜したとでも思っているらしい。そんな彼を、エマさんは少し怒った様子で嗜めた。


「もう、ジョージさんはまだ子供なのですよ? 相手はナイフを持っていましたし……あんな危険なこと、もう二度と起きて欲しくはありません」


「いやいやエマちゃん。今のは例えばの話だよ。それに冒険者なんてやってたら、人間相手の戦いだってあるんじゃないの?」


「え、そうなんですか?」


 思わず僕も尋ねていた。さっきのは予想外のアクシデント的なトラブルだったけど、もしああいうのも業務の一環としてこなさなければならないとすると……。


「盗賊退治みたいな依頼が出されることも時にはあるが、まあ、アタシらは基本そういうのは受けないから安心しろ」


 その言葉に、内心胸を撫で下ろす。それは暴漢が出たときなんかは、正当防衛しなければならないこともあるだろう。けど、それ自体を稼業としてしまうのは、やっぱり抵抗があったのだ。


「これからクエストあるんだ。じゃあな爺さん」


 そんな僕をちらと見たアンナさんは、おじいさんに声をかけて再び先頭を歩き出す。僕らもおじいさんと別れの言葉を交わし、クエストへと向かったのだった。





 着いたのは、森の中だった。位置的には、ノースマディソンの街からやや西寄りに下りたところだろうか。昨日のレッドベアは本来ウエストマディソンにしかいないと戦いの最中耳にした。ということは、今僕たちがいるこの南西の方角の森は、危険なレッドベアと遭遇しづらい場所なのだろう。


「石はたんまり収納魔法に溜めたか?」


「はい。今日は何を狩るんですか?」


「バーストドーアだ」


 バースト、ドーア。口の中でアンナさんの言葉を複謡してみたものの、英語が苦手なためか今一つイメージが沸かない。


「その、強い魔物なんですよね?」


「はい。繁殖期でなくとも、畑に入り込んで農作物を荒らしたり、人を襲ったりするなど被害をもたらしています。大柄で非常に力強く、特に強靭な角を向けての突進は大変危険です」


「あのクマ公がこっちまでしゃしゃって来やがるまでは、結構対策の優先順位も上のほうだったんだ。草食でも、人食いの魔物とタメ張るかそれよりヤバいレベルでな。今でもギルドじゃ常時駆除の依頼が張りつけられてるぜ」


 バーストという単語から、危険なのだろうと思ったところ、やはりその通りだったようだ。角があって草食ということは、鹿なのだろうか?

できれば今日中にもう一話更新したい…。

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