第十八話 バーストドーアを狩った
「ジョージさん。あそこにいるのが、バーストドーアです」
森を歩いて少し経った頃、エマさんが促す先へ視線を向けると、そこには巨大な角を持った骨太の鹿がいた。三頭の小さな群れだ。あれが、バーストドーアか……。
「立派な鹿ですね。大きさだけなら、ヘラジカみたいです」
僕の地元の山ではときおり普通の鹿が出たが、それでも奴らは一見細身ながら、その実筋肉質な体をしており、蹴りでいとも容易く人間に重傷を負わせていた。まだ距離があるにもかかわらず、バーストドーアはその数倍は大きく見える。あんなのに襲われたら、ミンチにでもされてしまいそうだ。
「魔物だからな。普通の動物と一緒くたにはするなよ?」
「は、はい」
「硬くなってんなあ」
アンナさんが、余裕の表情で僕を笑っている。エマさんを見れば僕を勇気づけるよう微笑んでくれたが、しかしその前の表情は張り詰めた、まさに真剣そのものという面構えであった。
あれは害獣どころか魔物。農家や郊外の人々の安全のため、殺さなくてはならない。そう自分に言い聞かせながら息を吐き、顔を上げる。
「よろしいですか? 一度の戦闘で投げてもよい石の数は、基本的に三個のみです」
「え、それだけですか?」
エマさんの言葉に、僕は思わず問い返していた。
「お前は魔力の量に限っちゃべらぼうだが、まだその扱いに慣れてねぇ。昨日もクマ公倒したあとにぶっ倒れたろ?」
「その、今は体もほぼ万全ですし、もう少しぐらいは投げられそうですけど……」
昨日は四つん這いの状態でも、レッドベアの頭部を抉り取ってなお後ろの木まで折る威力の投石ができたのだ。今日であれば、もっと数も威力もーー。
「いけませんよ。ある程度魔力を使うことに慣れるまでは、無理をせずです」
僕の内心を見抜いたのか、エマさんは強めの口調で僕を咎めた。たしかに、それはその通りなのだけれど……。
「でも、手伝っていただいてるのに」
「勘違いすんな。別に今日はあの群れを倒して終わりってわけじゃねぇんだ。仕留めたらジョージの魔力があらかた回復するのを待って、次の獲物ってな段取りさ」
「群れを狩ったあと、すぐまた別の、それも大きな群れや複数の群れと遭遇してしまうこともあるのです。そのときためにも、ジョージさんには余力を残しておいていただけると、私たちも助かるのです」
そうなのだろうか。言っていることには納得できるが、それでもまだまだ気を使われているようで心苦しい。
元の世界で、仕事をはじめたときもこうだった。土木業界ということもありどんなに恐ろしい人たちがいるのかと怯えていたのだが、全体的に見れば普通の人たちばかりだった。
仕事中ミスをすればもちろん怒鳴られたが、しかし終わるとフォローの言葉があったり、わからないことがないか尋ねられたものだ。仕事を覚えてからは、半人前扱いでもなくなった。
ここでの僕は、冒険者見習いなのだ。面倒を見てくれる二人のためにも、早く一人前になれるよう努力しよう。
「じゃあ、はじめるとすっか」
アンナさん言葉に頷き、僕は予定通り収納魔法かは石を取り出して、最も手前にいるバーストドーアへ向け投げつけた。
石に頭部を抉られたバーストドーアは、足をもつれさせながらその巨体を倒れ込ませた。敵襲に気づいた残りの二頭は石が飛んできた方向から僕らを見つけ、一直線に突き進んでくる。
速い。奴らの前には段差となる大きな石や穴があるというのに、酷く滑らかな足捌きでさらにスピードを上げて来た。その二頭のうちの右側へ石を投げ、倒れ込ませる。残りは、仲間が倒れてもなお悠然と突き進む一頭。その気迫に押されたのか、それとも距離が詰まったことで焦ったからか、三投目は狙いから逸れ、最後の一頭のバーストドーアの体の側面を抉るのみに終わってしまった。
本来僕の投石は、ここまでの威力はもちろん精度だってない。にも関わらずこれまで頭を撃ち抜けていたのは、ひとえに魔力のおかげであった。
『それでも、乱れてしまうことがあります。心身の不調、心の動揺、魔力切れやその回路の障害。まだ慣れていないジョージさんはとくに影響を受けやすいので、気をつけて下さいねーー』
体の左側を抉られ、肉が剥き出しになり血が吹き出ても、バーストドーアは絶叫しながらこちらへ向かってきた。そのとき、アンナさんが僕の前へ立ち、剣を構える。後ろでエマさんが呪文を唱えると、僕ら三人へ暖かな光が降り注ぐ。そして、そのうえでさらに何か先ほどまでとは明確に違う、気配や気迫だけでは言い表せない何かを気勢とともに発しながら、アンナさんがバーストドーアを斬りつけた。
「あああ″あ″あ″ッ……!」
これにバーストドーアは頭を下げ、大きな角で跳ね飛ばそうとしたものの、なんとアンナさんの剣はバーストドーアの角をやや押し返しすらした。思わず勢いを落とし、体勢を正面から流すしかないバーストドーアへ、二撃目をアンナさんは叩き込んだ。
肉を切り裂かれ、叫ぶバーストドーア。禁止された四投目の石を握りながら、ただ立ち尽くしてしまった僕のまえで、アンナさんは止めの一撃をバーストドーアの脇から体の奥へ深々と突き刺した。そして倒れる巨体に巻き込まれないよう、バーストドーアの巨体に足を掛けて飛びながら剣を抜き、巨体が地響きを立てて倒れた少しあと、猫のようにしなやかな着地を決めた。
僕が三投目を投げてからアンナさんが仕留めるまで、時間にして、十秒も経っていないだろう。噎せかえりそうな血の臭いがする中、僕へ振り向いたアンナさんはいたずらっぽく笑いかけた。
「どうしたジョージ、そんな青白
あおっちろ
い面しやがって」
「大丈夫です。終わりましたよ」
エマさんが僕の肩に手を置いてくれる。それでも、足の震えはまだ止まらなかった。
死んだバーストドーアを見ると、見開いた目があらぬ方向を向いている。罪悪感など、生き延びた安堵が塗り潰してしまった。なのに、今僕の胸にあるのは、昨日のレッドベアや今日の強盗と対峙したときとも違う、心の根深いところからのざわつきだった。
襲われたらのではない、自ら襲撃をかけ命を奪う行為。これは、人々が生きるうえで必要なことだ。誰かがやらなければ、郊外で暮らす人が被害を受ける。だから駆除の依頼があり、冒険者に仕事が回ってくる。
僕は強張った体を動かし、死んだバーストドーアを収納魔法で収めた。頭の中までジーンと痺れて、あまり深くものを考えられない。
「次からは、三つ投げ終わったらもう少し後ろに離れろ。あの二頭も回収したら、いったん休憩だ」
「戦闘の際には、私がパーティー全体へ反応起動回復と防御魔法をかけています。ですから、ご安心下さい」
気づけばついてきてくれていた二人は、アンナさんが先導、エマさんが見守る形を取ってくれている。二人に頷いて、今やるべきことをした。そして噛み締める。これが、冒険者としての仕事なのだーー。




