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第十話 宿に着いた

「ここが私たちの宿泊先です」


 エマさんに案内されたのは、街から少し離れたところにある、木造二階建てだった。古くはあるものの思ったより清潔そうで、なんとなくではあるが、昔泊まったことがある南千住の簡易宿泊所を思い出した。


 中へ入ると、僕らの膝丈より少し上程度の小さな女の子がふらりと姿を見せた。別に応対という雰囲気ではないけれど、ここの子供なのだろうか?


 そう疑問に思った矢先、小さな女の子はエマさんの顔を見て、親しい人に見せる甘えが滲んだ不機嫌そうな顔をした。


「こんばんは、エヴァちゃん」


「おかえりなさい。晩ごはんもう食べちゃったよ?」


 いつもは一緒に食べているのだろうか。よっほどなついているようである。まあ、この人たちとならほとんどの人は嫌ではないだろうなあ。


「今日はアンナと、このお兄ちゃんの三人で済ませてきたんですよー?」


 僕がそう思っている間も、エマさんは膝に手を当て腰を屈め、エヴァちゃんと言うらしい女の子の相手をしている。


「いいなー。エヴァも一緒がよかった」


「でしたら、今度はエヴァちゃんも一緒に、お夕飯を食べに行きましょう」


 その言葉に、エヴァちゃんの顔がパッと華やいだ。


「ほんと!? アンナさんも一緒!?」


「はい。アンナもジョージお兄ちゃんも一緒です」


「その人は別にいいけど約束ね! あのね、エヴァいいお店知っててーー」


 そのとき、上機嫌なエヴァちゃんの言葉を遮りながら、奥から恰幅のいい女の人が出てきた。


「こらエヴァ! もう遅いんだから静かにしなさい! おかえりエマさん。あら、アンナさんすっかり出来上がっちゃって……ところで、その子は?」


「ジョージさんです。彼は私たちの新しいパーティーのメンバーに加わって下さったんです」


 僕が口を開く前に、エマさんが紹介してくれる。おそらく女将さんらしき女の人は、口では感心したようなことを言いながらも、僕のことを上から下まで舐めるように見た。


「へぇー。これは珍しい。二人のお眼鏡に叶うなんて、さぞ有望なんだろうね」


「はい、それは勿論。ジョージさんは今日も私たちのーー」


「あー、その辺の話はまた今度聞かせて貰うから、今日はもう遅いし」


 さっきから、チラチラと僕のことを見ている。珍しい服装やアジア人の容姿から警戒されているのだろうか。それとも、僕の内面から滲む何かが気に障るのだろうか。


「それもそうですね。失礼いたしました。それとですね、ジョージさんのお部屋をお借りしたいのですが」


「それがねえ……今ちょうど空きがないんだよ。もう何日かしたら、たぶん入れると思うんだけど」


「今は満室なのですか?」


「二人が依頼で出てる間にね。見たことないけど、若い冒険者風の人たちだったからすぐ空くとは思うんだけど。ごめんね坊や」


 邪推が過ぎるとは自分でも思うのだけれど、雰囲気的に、恐らく僕は歓迎されていないのだろう。


「じゃあ、俺は他所に」


 粘っても仕方がないので退散しようと口にすると、女将さんはホッとした顔で饒舌に返してくる。


「ごめんねぇ? けど宿なんていくらでもあるからさ。うちより安くて料理が美味しい場所もあるから、そういうとこ探しなよ。たしかねぇーー」


 そのとき、まるで空気を読まず、エマさんが想定外のことを口にした。


「では、私と同じお部屋で」


「ええ!?」


 僕と女将さんが、ほとんど同時に驚嘆の声を上げる。なのにエマさんときたら、不思議そうな顔で僕たちに尋ねるのだった。


「どうされましたか? 二人とも、ピジョンがファイアーボールを食らわれたような顔をなされて」


「いやいやエマさん!? 正気かい!? 男の人なんだよ!?」


「あの……男性ということなら既にここには他の方も宿泊されているはずですが……」


「おかーさんも夜なのにうるさーい」


「黙ってなさい!」


「も、申し訳ありません……」


「いやいや、今のはエマさんじゃなくてエヴァに言ったんじゃないんだよ? そうじゃなく私が言いたいのは、若い男女が同じ部屋で泊まるのはいかがなものかっていう……」


 女将さんの言葉に対し、ああ、と納得したようなリアクションを返しておきながら、そのあとのエマさんの応答は、なお僕らの予想を外すものであった。


「うふふ、もう、女将さんも心配症なんですから。ですがご心配には及びません。ジョージさんは誠実なお方だと、私は自信を持って断言できます」


 ダメだこの人。早くなんとかしないと。


「あ、あの……俺ほんと、他のとこ探しますから……」


「お気を使われて。ジョージさんは本当に慎み深いお方であられますね」


 この笑みは、別に女将さんへの当てつけとかではない。ただ純粋に僕を過大評価し、そして女将さんの意図を絶望的なまでに慮れないのだ。一見乱暴者と取られかねないアンナさんと一緒にいるだけあって、この人にも相応のアクの強さがあるようだ。


「いや、慎みとかじゃなくーー」


「さあ、明日のために早く眠りましょう。まずはアンナを部屋に送ってからですね。ついてきて下さい」


「え、エマさん!?」


 ごめんなさい。なんともなりませんでした……。


「エマさんおやすみー」


「はいエヴァちゃん、女将さんも、おやすみなさい」


「お、おやすみなさい」


 無邪気に手を振るエヴァちゃんの後ろから、険しい目を僕に向ける女将さんへ挨拶し、僕は逃げるようにエマさんの後に続いたのだった。





「ここが私の部屋です。見苦しい整頓具合で申し訳ありません」


「い、いえ。お邪魔します……」


 大人になってから初めて上がる女の部屋は、エマさんの言葉とは真逆の整頓された空間だった。おおよそ、四畳程度だろうか? そこにベッドとクローゼット、小さな机があり、そこには鏡や手帳のようなものが多少、これも繁雑に散らないよう並べられていた。


 と、いけないいけない。他人の部屋をじろじろ見るなんて、男同士でもマナー違反である。そう思いながらエマさんのほうを見ると、ちょうど振り向かれてしまい心臓が止まりかけた。


「どうかなさりました?」


「い、いえ。なんでもないです」


 エマさんはクスリと笑うと、ベッドの横にある空いたスペースで、寝袋を広げて見せた。


「では、私はシュラフがあるので、ジョージさんはこちらのベッドでお休み下さい」


「えっ、いやいや、ここはエマさんの部屋なんですから」


「ジョージさんは怪我人なんですから、ご養生なさって下さい」


「もう大丈夫です。痛くありませんから。ほら、ね?」


 本当は少し痛いけど、肩をグルグル回して見せたものの、エマさんは一ミリたりとも譲る気はないようだ。


「怪我は治りかけこそ肝心なんです。なおさら床で寝ていただくなど、許容致しかねます」


 もう、この人のペースに押されっぱなしだなあ……。


「ほ、ほんとにベッドで寝ますからね?」


「はい。ゆっくりお休み下さい」


 エマさんもクエスト明けなのに、悪いことをしてるよな。そう思いながら作業着の上を脱いで床に起き、ベルトを緩めてベッドへ腰かけたとき、遠慮がちな声がかかった。


「それとその、ジョージさん……」


「はい?」


「少しの間、向こうを向いいていただけると……」


「あ……す、すいませんっ」


 照れ臭そうなエマさんに言われ、高速で背を向ける。僕はどうしてこう気が回らないかなあ。これは単に未経験だからでは言い逃れが効かない気がする。なのに衣擦れの音に意識が向いてしまう。


「終わりました。もう結構ですよ」


 言われたので一応エマさんのほうを見ると、別に露出が多いとかそういうわけではないものの、一目でわかるぐらいアンナさんに負けずとも劣らないスタイルだったので、すぐに視線を外し布団を引っ被った。


「ね、寝ましょうか」


「はい。ゆっくりお休みになって下さい」


 そう言われても、布団からはエマさんのいい香りがするし、さっき見たエマさんの身体がアンナさんばりだったなあ。そういえば、さっきまで僕には、そのアンナさんの身体が密着していたっけ。まだ背中には、その体温が残っていた。。


 なんだか、どれだけ頭の中で九九を諳じたり素数を数えても煩悩に振り回されてしまう。別の宿へ行かせようとした女将さんの判断は、あながち間違いではなかったんだろうなあ。


「……ジョージさん」


「なんですか」


 呼び掛けに体を起こし床のシュラフに入ったエマさんを見ると、エマさんがまた妙なことを言った。


「眠れないようでしたら、子守唄でもーー」


「け、結構ですっ」


 再び布団を被って反対を向くも、邪険にしたと思われてはと、もう一度エマさんのほうを見る。するとエマさんは、怒るでもなく見守るように慈しむようなやわらかい表情を笑みをしていた。


「おやすみなさい」


 からかわれた……というより、これは気を使われたのだろう。僕もおやすみなさいと返し、布団の中で目を瞑る。妙な火照りとは違う胸のあたたかさを感じてからほどなくして、僕は睡魔に飲まれた。

進むの遅くてごめん…。

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