第九話 宿へ向かった
アンナさんの、掌を拳で打つ小気味よい音が響く。
「よし、そうと決まれば試験だな」
「さすがに今の体では受験することは承服いたしかねます。傷の治りが早いとしても、まずは三日ほど様子を見てからーー」
「んー、まあ、それぐらいか。ならその間に、必要な装備や備品なんかを買い揃えるぞ」
着々と日程が決まっていくことに若干の焦りを感じてしまい、思わず待ったをかけてしまった。
「あの、落ちる可能性もありますしーー」
間髪入れず、アンナさんが怪訝そうに顔をしかめてみせる。
「あ? なに言ってんだよ若いうちから。そんな心配症じゃあ、うちの支部長のジェイコブみたくあっという間にハゲちまうぜ? あんなもん昼寝しながらでも楽勝だっつぅの」
「ジョージさんであれば、まかり間違っても不合格などということは起こりえないでしょう」
エマさんまで太鼓判を押す。案外試験って、例えば講習とかで取れる程度の、難易度が低いものなのか……?
「えっと、まずどんな内容なのか聞いていいですか?」
「そうだな……アタシらの頃はたしか、魔法での的当てか、木剣を持った試験官との試合だったかな」
「野営に魔法石を使った適性の判定もあります。これに関しましては、テストとは少し違うのですけれど」
割と専門分野な感じだ……とくに魔法の的当てや剣術なんて、絶対訓練もせずにできることではないと思う。野営だって、恐らく普通のものではないだろうし……。
「まっ、実際に受かったアタシらが言ってんだ。大船に乗ったつもりで、ドーンと行ってこい!」
「はいっ。見事合格されたときのお祝いは、いかがいたしましょうか」
二人は楽しげに笑ってはいるが、元いた世界にいた頃から、こういう試験や資格取得などの期待を裏切り続けたのが僕なのだ。胃の痛みを感じるなあ。大丈夫なのかなあ……。
帰り道に、二人分の足音が響いている。
「申し訳ございません。この子、いつも飲み過ぎで……」
僕の背中には、アルコールの匂いがする寝息を立てるアンナさんがおぶさっていた。
「い、いえ。気にしないで下さい……」
たしかにアンナさんは女性にしては高身長かつ剣士ということもあって、筋肉質でほどほどに体重はあるものの、決して重いなんてことはない。なにせ僕は元の世界じゃ、自慢ではないものの週六で重いものを運んでいたのだ。ときには炎天下の中、二十キロの袋を四つも持って運びまくったことだってあった。この程度で泣きを入れるほどヤワではないのだ。
では、何が問題なのかと言うと、このアンナさんが異性だということである。まず、へべれけに酔っ払い、今日の汗も流していないというのに、良い匂いが消えきっていない。次に、さっきまでの威勢のいい喋り方とは正反対の柔らかな吐息が、耳に当たって気を抜くとゾクゾクしてしまう。
そして最後にして最大の難関が、いろいろ当たってしまっているということである。ただしなだれ掛かられているだけでも問題なのに、露出の多い鎧で隠された胸の出っ張りは間の硬い装甲越しでもグニグニと蠢いており、足に至っては腿の外側からハムストリングのあたりを下から触れてしまっている。当然、生足である。自分でもみっともないことは百も承知なのだが、刺激が強すぎるのだ。
「私たちの宿泊先はすぐそばですから、頑張って下さいっ。ジョージさんもそこで問題ありませんでしょうか?」
「は、はい。お願いします……」
「あれぇ……酒、どこいった……まだ飲みかけ、のが残って……」
僕の気も知らず、アンナさんは未だに夢心地だ。子供だと思って安心しきっている。二十も半ばに差し掛かった男が、不純な思いを抑え込んでいるだけだと言うのに。
「もう、アンナってば……」
「あ、あはは、相当飲んでたのに、まだいけるんですね」
ため息を吐いたあと、不意にエマさんがはにかんだ笑みを浮かべた。
「ジョージさんが仲間になってくれて、嬉しいんですよ」
「そんな……一度で受かるといいんですけどね」
照れ臭くなってしまった僕へ、エマさんは続ける。
「仮に失格になってしまったとしても、それで受験資格が失われるわけではありません。大丈夫です」
「ありがとうございます。その、昔から試験とか苦手で、つい心配になっちゃって。剣とかやったことないですし」
「ジョージさんなら、投石一つで合格に達するはずです。私たちでよければ、なんでもお話下さい」
不安を吐露すると、エマさんは真剣に頷いたあと、再び表情を柔らかくした。
「明日は私とアンナも一日依頼を受注しないことに決めております。なので、街を回りながら装備や備品を用意して行きましょう」
「はい。ありがとうございます。すいません、何から何まで……」
「お気になさらないで下さい。無理を言ってお誘いしたのですから、受け入れる側として当然のことです」
そう、気を使っているでもない自然な様子で、エマさんは微笑んで見せるのであった。
毎日投稿するはずが間に合わず……今日も短い投稿ですいません。今年もよろしくお願いします。




