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「すいませーん!! ギルド登録させてくださーい!!」
ばん、と扉を開け、冒険者ギルド内に大きな声が通る。ギルドにいた多くの冒険者はその少しうるさいと感じる声の主のほうを向く。
その大声の主はそんな視線を感じているのかいないのか、まっすぐカウンターまで行く。
「ギルド登録お願いします!」
「はい、わかりましたから、もう少し小さな声でお願いしますね」
流石にギルド内の視線の多くが受付のほうに集中しているのに受付嬢はたじたじしている。その視線が集中する原因である本来の相手はその受付嬢の発言に首をかしげている。素の声量なのだろうか。
受付嬢はカウンターの下から紙を取り出し、入ってきた男に対して見せる。
「まずはこの用紙に必要なことを記入してください」
「俺、字は習ってないんけど」
「それでは、私が記入しますね。まずは……」
受付嬢は文字を書けない男のために用紙に必要事項を書いていく。名前、年齢、出身、特技等々。
「神儀一刀を使えるんですか……! 凄いですね」
「そうなのか?」
「はい。殆どは弟子入りの時点で躓くそうです。習い始めても、殆どがその技術を学んでいく過程で脱落するんだとか」
「へえー」
受付嬢の興奮した様子に対し、男の方はどこ吹く風といった感じだ。受付嬢の言う通り、神儀一刀は本当に一握りの才能ある人間しかその技術を得ることは出来ないと言われるもので、男がその技術を持っていることはとんでもない話なのだ。
そのまま受付嬢が神儀一刀について男に色々と話をしようとしたが、ごほんと彼女の後ろから大きく咳払いがする。脱線した受付嬢の行動を止めるためだ。
その咳ばらいを聞いて、はっ、と受付嬢が正気に戻る。そして先ほどから進めている用紙への記入を再開し、必要な事項が記入される。
「はい、記入が終わりました」
「おお、それでどうするんだ?」
「この用紙をもとにギルドカードを作ります。作られる間にギルドでのシステムや、ルールなどを説明させてもらいます。少し待っていてください」
彼女は男のことに関して記入した用紙を別の場所へ持っていき、すぐに戻ってくる。そして、男に対して、ギルドにおけるランクの説明や依頼の受理、報告に関しての必要事項、やってはいけないことや、国における違法事項への抵触など、諸々を説明する。
男の方は最初の方はしっかりとは聞いていたが、途中から理解が及ばなかったのかすこし口を開けた間抜け顔をしている。
「……理解しましたか?」
「……………はっ!? あ、ああ。わかったぜ!」
「……ギルドカードを渡すときに一緒にギルド手帳も渡しています。今説明したことはそこにも書いてありますので、必要な時はそちらを読んで確認してください」
「ああ!」
男の元気だけは良い返事を聞いて、大丈夫かなあ、と受付嬢は思った。
ギルドカードが完成し、受付嬢に渡される。受付嬢はそれを受け取り、カウンターの下から一冊の本を取り出し、カードと一緒に男に渡す。
「はい、ギルドカードとギルド手帳です。なくした場合、再発行が可能ですが、その時は銀石十枚が必要になるので注意して下さい」
「無くしたら金をとられるのか……」
この世界における通貨は銅石、銅貨、銅板、銀石、銀貨、金貨、金板だ。銅石百枚が銅貨一枚、銅貨五枚が銅板一枚、銅板十枚が銀石一枚、銀石百枚が銀貨一枚、銀貨十枚が金貨一枚、金貨五枚が金板一枚だ。通常使われるような通貨は殆ど銅通貨なこの世界では銀石十枚となると結構な額である。
「無くさなければいいんですよ?」
「そ、そうだな」
受付嬢は知っている。新人冒険者の半数以上は一年以内にギルドカードを紛失していることを。このギルドカードの再発行はギルドの大きな収入源の一つだったりする。
「よし、まずは依頼を受けるか!」
「ちょ、ちょっとまって下さい! チームを組まないと依頼は受けられませんよ!?」
男が元気よく依頼を探そうとしたところを引き留める。そもそも男は文字を習っていないのだから読むこともできないはずだ。どうやって依頼を探すつもりだったのだろう。
「え、でもさっきは依頼を受けるのは一人でもできるって言ってなかったか?」
「ギルドランクが一定上なら可能とは言いました! 新人はギルドランクが最低ですからチームを組まないと依頼を受けさせられません!」
ギルドランクは十段階の評価がされ、色でそのランクを区別している。最低が白、それから茶、橙、桃、赤、黄、緑、青、灰、そして最高の黒だ。受付嬢の言う一定以上は桃から上だ。
「チームか……」
男は今まで仲間や友達というものを作ったことはなかった。いや、幼いころはいたような記憶はあるが、ある程度育ってから神儀一刀の剣技を学ぶことになり、その時から生家とも疎遠だった。そのため仲のいい相手は自分の師匠とその弟子となっていた相手くらいだった。
そんな友人関係なんかとはまるで無縁の生活を送っていたため、どうやって他人と接触を図ればいいのか、男はどうすればいいだろうと考え始める。
そんな時、ギルドに新たな人物が現れる。その人物は受付まで来て、言った。
「ギルドに登録をしに来たんだが……」
「なあ、あんた!!」
大きな声で男がギルドに登録をしに来た人物に話しかける。その人物はいきなり大声で話しかけたことに面食らった様子だったが、すぐに答える。
「あ、ああ、何だ?」
「俺とチームを組んでくれ!!! 頼む!!」
男は豪快に頭を下げ、自分とチームを組んでくれと頼み込む。
「……なあ、どうすればいい? 受付さん」
「好きにすればいいと思います……」
受付嬢は疲れたように言った。男の様子からしつこくて面倒だと予感し、新しく来た人物はしかたなく男とチームを組むことを許諾した。
とある場所で、一人、女性が世界を見ている。
「これで……これでようやく……」
その女性は疲れた様子でただ一言、ぽつりと呟いた。