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妄想設定作品集  作者: 蒼和考雪
demi god
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12

「ユウキ…………」


 馬車から優樹の闘う姿を見ていたフェニアはすべてが終わり、立ったまま肩で息をする勇気の様子を見て心配そうにしている。実際、優樹の闘う姿を見ていると、その精神状態は明らかに普通ではなかったことが分かっただろう。そんな状態で人殺しを、初めての殺しをやってしまっている。確実に精神に悪影響、トラウマの類ができてもおかしくないはずだ。

 フェニアは最初の優樹の震えが危険に対する怯えでないことは理解していた。フェニアは優樹が巨大熊を倒していたことを知っている。この程度の山賊相手に怯えるような戦闘能力ではないはずだ。ならばなぜ怯えるか、それは人と戦ったことがないから、とすぐに推測できた。短い間だが優樹とはとても気が合い、なんとなく互いに理解できる間柄だった。その心情、精神性をよく知っている。本当なら、人殺しをできるほど強くはないだろう。

 だからこそ、自分を守るために行動してくれた優樹に感謝し、同時に心苦しくも思っていた。


「すごい…………」


 そんなことを考えていたフェニアの隣、馬車に残っていた小さい黒フードの人物がぽつりと優樹の方を見ながらつぶやいていた。無意識にか、それとも優樹をよく見たいと思ったのかフードに手をやり、頭からどける。

 フードがどけられたところからは綺麗な金髪、まだ成人していないだろう可愛らしい、そしてどこか気品のある少女の顔が現れた。その眼は優樹の方に向かっており、ぽーっと、熱い視線を向けている。恋、ではないだろう。恐らくは優樹の見せた圧倒的強さに対しての憧れが近い。


「えっと……」


 フェニアはそんな少女にどう声をかければいいのか考えている。そもそも、外で戦っていた黒フードの人物たち、先ほどの山賊の言葉を信じるならば騎士たちについても疑問が色々と残る。そもそも、この少女は何者なのか。

 じっと少女を見ていると、少女ははっ、と優樹を見ていた自分、そしてそんな自分を見ていたフェニアに気づき頬を赤く染める。


「ああ、すみません……少しぼーっとしてました」


 少女はフェニアに対して丁寧に頭を下げる。フェニアから見ても綺麗だと思えるような礼儀作法をみせられ、明らかに相手が貴族などの高位の立場の人物であると気づく。そして自分がそういう相手にどういった対応をすればいいか、そんな経験がないことに思い当たり、思考がぐるぐるとまわり始める。


「あー、えっと、その」


 そんなフェニアの姿を見て、くすりと少女は小さく笑う。それは別にフェニアを馬鹿にしたというものではなく、どうしたらいいかと戸惑うフェニアの姿がかわいく見えたからだ。


「まだ自己紹介もしていませんでしたね。座りましょう」

「あ、はい」


 少女が座り、フェニアにも座るように促す。フェニアはただ言われたままに促されたまま座る。緊張した様子だ。


「私はセシリエ・フォーネ・アグライアです」


 少女、セシリエの名前を聞いてフェニアはぴたりと動きを止める。


「…………アグライア? えっと、国の名前……え、ってことは」

「はい。この国の王女です。と言っても、四番目ですけどね」

「えええええええっ!?」


 目の前にいるのがこの国の王女とわかり、思わずフェニアが叫ぶ。しかし、これも仕方がないだろう。いきなり目の前にいる存在がこの国の王族ですなどと言ってくる経験なんて普通はない。しばらくフェニアわたわたと驚き戸惑い混乱した。セシリエはその様子を落ち着いた様子で見守っていた。








 しばらくしてフェニアは混乱から脱し、落ち着いてくる。それでもまだ相手が王女ということでどう対応すればいいか困っていたが、セシリエの方からお忍びでの移動、周りには他に人がいないということで、王族に対する対応、丁寧な対応でなくてもいいと言われ、なんとか普通に話せる程度にはなった。それでもやはり相手が王女なので固さは抜けなかったが。

 そうやって王女と話していると、外に出ていた騎士、そして優樹が戻ってくる。


「戻ってきましたか」

「……話したのですか?」


 騎士たちは黒フードをかぶって自分たちの姿を隠していたが、セシリエがフードを外している姿を見てセシリエのことや騎士たちのことをフェニアに伝えたのか尋ねる。セシリエはその質問に対して肯定を返す。その答えを聞き、はあ、と小さくため息をついて騎士たちがフードを外す。すでに周りにいる人間が知っているのであれば隠す意味はないからだ。


「優樹!? 大丈夫!?」


 戻ってきた優樹の様子がおかしい。顔は青ざめた様子で、少し震えている。別に血を流して体温が下がったわけでもないし、何かに怯えているわけではない。ただ、それは自分が人を殺したと事実、それに対しての感情と思考によるものだ。

 自分が人を殺してしまった、それはよくない、やってはいけないことだと、彼はここに来る前の世界での常識として持っていたものだ。もちろん、その場所で人殺しがなかったわけではないし、戦争だって遠くの国ではあった。人殺しが絶対的に悪ではないということを理解してはいるが、感情としては別だ。

 自分の行いが良かったのか。ほかにもっと何かできたのではないか。人を殺した自分は許されるのか。人を殺すという行為自体への嫌悪や罪悪もある。それらの色々な感情、思考が優樹の精神を追い詰めていた。


「うん、大丈夫…………」


 優樹は青い顔のまま、フェニアに対して答える。それはだれがどう見ても大丈夫だ、といえるような表情ではない。痛々しく見えるような笑顔だ。そんな優樹の姿を見て、フェニアは優樹の手をつかむ。


「こっち」

「え?

「こっち座る」


 戸惑った様子の優樹は促されるままにフェニアの横に座らされる。そのまま、フェニアが優樹の肩の方まで腕を伸ばし、自分の身体に抱き込む。


「えっ!?」

「大丈夫、大丈夫だよー」


 優しく、諭すように優樹に話しかけるフェニア。最初は戸惑っていたが、人肌に触れ、抱かれている感覚はどこか暖かい。体だけではなく、心も温められるかのようだ。大丈夫、とフェニアは続けざまに言う。それだけで自分がやったことは悪いことではない、と許されているように優樹は感じた。

 そのまま優樹は目を瞑る。人を殺したことでボロボロになり疲弊した精神は心を休ませるために、優樹を眠りへと導く。その間も優樹はフェニアに抱かれていた。その感覚は優樹が眠りにつくのを後押しとなった。


「ありがとう、ユウキ」


 眠りについた優樹に、小さくフェニアが感謝を伝える。それを言った時、優樹はすでに眠っていたので聞くことは出来なかったが。

 しばらくそのままでいて、はっとなってフェニアが周りをみる。セシリエと騎士たち、三人が温かい目でフェニアを見ていた。一気にフェニアの顔が真っ赤になり、俯く。セシリエはそんなフェニアの様子に小さく笑みを浮かべ、騎士に馬車を動かすように伝えた。

 御者はすでに死んでいる。遺品のみ回収しているが、馬車を動かすのは他の人間がやるしかない。馬車を動かすためのものではないが、騎士たちも馬を操作できる。若干戸惑いつつも、姫の命令を聞き騎士は馬車を動かし始めた。


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