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森の中、一人の女性が周囲を伺っている。弓矢を持ち、着ている服からも狩人であると思われる。
「うーん、いないなあ…………やっぱり魔物も動物も何処かに行ってる?」
彼女は森の中で木の陰に隠れ、獲物が来るのを待っていたのだが、全く近くを生き物が通る気配がない。それどころか、周辺を探しても、生き物に出会わない。小動物や鳥なども見かけない状態だ。
数日前、彼女が森に出た時から、森の異変は起こっていた。動物がいなくなり、森が静かになっている。単純に彼女が獲物を狩ることができないというだけなら、問題ない。いや、問題はあるが、彼女自身の生活に影響する程度の問題だ。しかし、森、彼女の知る限りの森の広範囲で動物の姿が見られない、となると確実に森の中で何かが起きているということになるだろう。
「結構遠くまで来ちゃったなー。ちょっと帰るのが……って、魔物もいないんだったっけ」
彼女は自分の住んでいる村からかなり遠くまで来ていた。普段ならば多くの魔物や獣がいるせいであまり森の深いところまで入ることは難しいが、今はどこかに行って安全な状態だ。だからといってずっと安全とは限らない。深入りしないうちに早く帰ろう、と彼女は考える。
「戻ろっかなー………………ん?」
遠く、彼女から見て右方向、森の奥の方向からかすかに破壊音が聞こえた。
「…………何だろ?」
森の異変、その原因ともいえる何かがあるのか、それともただいなくなった魔物が争っているだけか、彼女にはわからない。気にはなるが、関わらないほうがいい。本来ならばそう考え、この場から去って自分の住む場所に戻るべきだ。だが、それ以上に好奇心、というよりは行くべきだ、という何かの誘いのような奇異な感覚が彼女にはあった。
「行ってみよっかな」
そして彼女は音の下方向へと向かった。
「……これってやばいよね、絶対」
森の中、音の下方向へとむかっっていると、明らかに破壊された、木々が折られ、斬られ、そのどちらでもない、粉砕したような跡、時々巻き込まれたような動物の死骸などもあった。その痕跡は大きい何らかの生物と、小さい人型の生物が残したものの二種類があり、どうやら後者が逃げているところを追われている感じであるようだ。かなり新しい後、つい最近……というよりは、ついさっきにできた後だろう。
「音がしないってことは、もうだめってことだよね」
先ほど、破壊音がしたが、今はその破壊音が聞こえない。こちらに向かっている時は少しまだ音がしていたが、今はゼロだ。つまり、二つの存在の追いかけっこが終了したことを示している。恐らく逃げていた者が捕まったのだろう。そうであるならば、自分が行く必要はない。逃げるべきだ、と彼女は考えた。しかし、何故か歩みは二つの存在が向かった先に向かう。何かに誘われるように。
「……これ」
向かった先にあったのは、大きい熊の死体だ。熊、正確には魔物の熊だ。家喰い親方熊、と呼ばれる巨大熊だ。もう少し語感のいい名称はつけられなかったのだろうか、とも思うが、どの程度のレベルの存在かわかりやすい名前だ。魔物としては相当危険な存在で、一日に一つの一家を食べ尽す、大喰らいの魔物だ。
また、他の魔物を従える性質も持ち、現れれば村ごと逃げるか、すぐに討伐する必要のある魔物である。森の魔物は恐らくこの熊に従っていなくなっており、動物は逃げたか食べられたかのどちらかだろう。
そこまで彼女は考えて、その割に全く動物が残っていないことに違和感を覚える。空を飛ぶ鳥までいなくなるのはおかしいはずだ。
そもそも、この熊が死んでいることも変だ。何故獲物を追っていたはずのこの熊が死んでいるのか。熊の死体を見てみると、大きな剣による斬り痕がある。つまり、追われていた誰かがこの熊を倒したということだ。
熊に目を奪われていたため、そういえば周囲を確認していなかったことを思い出し、彼女は周りに目を向けた。すると、一人の男性が倒れている。
「ちょっと、大丈夫ー?」
熊を倒した人物である以上、相当な実力を持つ。もしかしたら危険な人物であるかもしれない、とも考えられたが、それでも彼女は声をかけてみた。倒れたまま動かない。もしかして熊と戦って怪我をしたのかもしれない。
「大丈夫ー? もしもーし」
彼女が呼び掛けていると、ぴくり、と男性が動いた。生きており、声も聞こえているようだ。よろよろと、膝立ちになる。その彼の姿をみて、疑問が浮かぶ。けがをしたわけでもないようなのに、なぜ倒れていたのか。
「お……」
「お?」
「お腹すいた……」
それだけをつぶやいて、ばたんと倒れこむ。静寂が守を包む。
「え……?」
どうすればいいのだろう、と彼女は倒れた男性を見ながら思った。
「…………におい」
男性が食事の匂いを嗅ぎつけ、目を覚ます。ここ数日、彼はまともな食事を行っておらず、かなりお腹がすいていた。
「あれ……ここは?」
「あ、起きた?」
男性が起きたことに女性が気づき、声をかけてくる。
「お腹すいたーって言って倒れたから、どうしようって思ったけど、とりあえず家に連れてきたんだけどよかった?」
「……ああ、ありがとう」
とりあえず、男性は感謝の言葉を伝える。あのまま放置されていたら堪らなかっただろう。
「あ、食事作ったから持ってきてあげる。新鮮な熊肉が手に入ったし、おいしいよ」
そう言って食事を取りに行き、すぐに持ってきた。
「ごはん!」
「はーい。いっぱい食べてねー。まだあるから、お変わり欲しければ言ってね」
がつがつ、と男性は掻き込むように食事をする。相当お腹がすいていたようだ。一度お代わりをして、十分に満足する程度食べ、食事を終える。
「あー…………森の中に入ってから全く……ほとんど食べるものを食べてなかったから、普通の食事ができてよかった……」
「森の中なら食べるものいっぱいでしょ? 木の実とか、動物だって食べられるし」
「……どの木の実を食べられるのかわかんないし、動物は解体とかしたことなしい、血抜きとかも必要そうでよくわかんないし……」
男性は基本的に野外でのサバイバル生活の経験はないようだ。なのに森に入ってしまったため、今回のような状況になったのだろう。
「なんで知識もないのに森の中に……」
「……人にはいろいろあるんだよ。ああ、そういえば、自己紹介もしてないね……今更だけど」
「んー、そうだね。じゃ私から。私はフェニア。ここの家の人間で狩人やってるよ」
「……えっと、優樹。ちょっと強い普通の人間、かな?」
「えー? あの熊倒しておいて普通ってことはないよー?」
「あー……」
男性、優樹はフェニアに自身の発言を指摘され戸惑う。確かにあの巨大熊を剣の一振りで倒している以上、ちょっと強い程度では済まないだろう。
「あ、そうえいばフェニア、その耳って……」
とりあえず別の話題でごまかすことにしたようだ。
「あー、もしかしてエルフ見たことない? まあ、あんまり森の外には積極的に行かないしねー。馬車は時々来るんだけど」
エルフ。ファンタジーにおける人間以外の人型をした代表的な存在の一種族である。この世界でも、森の民、細長い耳の特徴を持つようだ。よく言われるスレンダーな体系をしているかどうかは、彼女はその特徴に当てはまるが他のエルフはどうなのかはわからない。
「フェニアがエルフ……ってことは、ここはもしかして……」
「エルフの村だよー」
どうやら優樹は多くの創作作品におけるファンタジー要素の代表的なものの一つ、エルフの村にたどり着いてしまっていたようだ。




