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今日も優樹はいつも通り、購入品の受け取りをしに、宿屋から各店舗に向かっていた。普段通りに道を歩き、普段通りに過ごしていた。そんな中、いきなり門の方から、かんかんかん、と鐘が鳴る。
「な、何だ!?」
突然街に響いた鐘。優樹はその意味を知らない、教えられていなかったが、少なくともそれがいつもとは違う事態である、ということだけはわかる。
街がいつもと違う喧騒に包まれる。ざわざわと、人が外に出て、散っていく。優樹はどうすればいいかわからない。だが、とりあえず今日向かう予定だった店舗に向かうことにした。人に話を聞くにしても、いきなり見知らぬ人に聞くのは人見知り気味である優樹には怖いことだ。だからいつも会っている人にあの金がどういうものかを聞くことに決めたようだ。
いつもとは違う人の行き交いのある街を駆け、もともとの目的地にたどり着いた。
「すいませーん!」
優樹は店の中に入り声をかける。
「誰だ! って、ユウキじゃないか。どうした?」
優樹の声に店主が答えた。優樹の姿を見て、何の用なのか尋ねる。
「いえ、いきなり鐘が鳴って、俺にはよくわからなくて、とりあえずもともと行くつもりだったここで話を聞こうかと……」
「ああ、ユウキは知らないのか。そういえば来てあまり日がたっていないんだったか?」
「はい」
自体が呑み込めていない状態の優樹に対し、店主が説明を始める。
「あの鐘は街に危険が迫っていることを知らせる鐘だ。大体は魔物がこの街に向かってきている時になるものだ。いくつか種類があって、兵士が出て行って対処する、門を閉めて耐え忍んで助けを待つ、街から逃げる、そういった指示が鐘で行われてるんだ。今回のは町から逃げろって鐘だ」
「……えっ」
その店主の軽い、しかし重大な発言に一瞬優樹の思考が停止する。
「え、逃げろって……」
「よっぽどやばい魔物が近づいてきてるってことだ。俺もすぐに重要なものだけ持って逃げる。ユウキも早く逃げるんだな!」
そう言って店主はその場を去った。
「……はっ、そうだ! とりあえず宿に戻ろう!」
現状どうすればいいか、逃げればいいのはわかるがどうするべきか、今自分が世話になっている宿屋はどうなっているのか。優樹の頭の中にいろいろな思考が逡巡し、とりあえず宿屋に戻る、ということを選択した。
受け取る荷物をどうするか、と一瞬考え歩を止めたが、店主のあの様子だと裏に置かれているかはわからないし、数の確認など一々して持っていけるほどの猶予もない。今必要なのは早く宿屋に戻ることだ、と考えすぐに店を出て宿屋に戻ることを決めた。
外に出ると火の手が上がっていた。
「門のほうが燃えてる」
この街の門の方で火の手が上がっていた。
「火事……? いや、そんなはずないよな」
先ほど見た時は火の気が全くなかった。火事だとしてもそんなに早く燃えがあるはずはない。ごうっ、と炎が揺れるように勢いを増す。その様子を優樹は見つめていた。そして、その炎を吐く、門で鐘が鳴った原因を見ることとなった。
「ドラゴン……」
それは竜だった。ファンタジーの小説やゲームなんかではもはや定番ともいえる存在である。この世界はファンタジーなどではなく現実だが、魔物が存在する世界である。そんなファンタジー上でしか存在しないような存在が実在する世界だ。
そんな存在が目の前で炎を吐き、街を焼いている。あまりに現実離れした光景に目を奪われる。少しして、はっと気づき、すぐにその光景から目を逸らし、宿屋に向かう。
「こんなことしている場合じゃない!」
ドラゴンが町を焼いている光景を見る場合じゃない、と優樹は考え宿屋に向かう。
竜はしばらく門の方で炎を吐き、周囲にいる自分に向かってくる人間を相手にしていたが、すぐにいなくなる。竜は単純に強く、炎吐く能力は普通の人間には防ぎようもない攻撃だ。周りに敵がいなくなった竜は空に浮かび上がり街に炎を吐き、襲い始めた。
「はあっ、はあっ」
体力的には余裕、というよりも全く疲れというものはなかったが、精神的には街を焼くという恐ろしい光景、それを生み出す竜の姿を見て優樹はショックを受けていた。その精神的疲れが呼吸に乱れを起こしていた。
「はあっ、宿屋だ」
宿にまで戻ってきた。中に入り、自分を雇ってくれている夫婦の様子を見に行く。
「ビルツさん! ミーネさん!」
「ユウキ!? あんたまだ残ってたのかい!?」
夫婦はまだ宿に残っていた。二人の様子を見に入ってきた優樹の姿を見てミーネが驚きの声を上げる。ビルツは優樹の姿をちらりと目だけを向け確認するが、すぐに荷造りに戻っている。
「そりゃあ、二人を置いていくわけにもいかないよ! お世話になってるんだし……」
「こんなおばさんとおじさんは放っておいて自分の命を大切にしな!」
「いや、手伝うよ! どれを持っていくの?」
ミーネは優樹を追い出すように押すが、優樹はそれに抵抗し手伝おうとする。
「ミーネ、手伝ってもらえ。そのままユウキの相手をしている余裕はない。手伝ってもらえるならその分早く出られる」
「あんた……」
二人が手伝う手伝わないで争うよりも、手伝って早く終わらせた方がユウキだって早く外に出ていける、とビルツは考えたのだ。
「ユウキ、そこにある棚の二番目と一番上のを袋に入れてくれ。詰め込む感じでいい」
「はい!」
優樹が二人の手伝いをし、もともと荷造りをしていたこともあり、すぐに逃げる準備が終わる。
「できたな。ミーネ、ユウキ、逃げるぞ」
ビルツが先導する形で外に出た。
「っ!?」
幾らか火の手の上がった街、そして目の前の上空に、すでに竜が来ていた。悠々と空を飛び、炎を吐こうとしている。
「あ……」
遅かった。三人が逃げるのは遅れていた。竜は目の前に来ていて、自分たちを焼く。ビルツとミーネがそう思った。
「あ、ああああああああああああ!!!」
ただ一人、優樹は違う。優樹は自分に降りかかる危険を、自分を雇い生活する場を提供してくれた二人に襲い掛かる危機を、自分の過ごした場所を失う恐怖を、それを生み出す竜に対し、敵意、怒りのようなものを感じていた。
それは本能、直感的なものだ。優樹は剣を振るうかのように、両手で剣を持ったかのような体勢で、腕を斜めに持ち上げた。
「ああああああああああああああああああああっ!!!!!」
竜が炎を吐く。それに合わせたかのように優樹は咆哮し、腕を振るう。その手には、持っていなかったはずの剣が握られており、振るわれた剣はまるでビームを打ち出すかのように、剣戟を竜に撃ちだした。