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バーシュが優樹に紹介した仕事は宿の手伝いだった。
優樹が紹介された宿はそこそこ高齢な夫婦の経営する宿だった。夫婦には男女二人の子供がいるらしいが、片方は別の町で職人に弟子入りし、その仕事をするようになり、片方は別の仕事をしている男に嫁いだらしい。そのため、この宿は夫婦二人が経営している状態だ。そこまで大きい宿でもないが、流石に白髪が目立ち始めるくらいの年齢になってきて体力に衰えを感じてきたため、少し仕事を手伝えるような人を探していたらしい。
本当は後継者にできるような人が良かったらしいが、そこまで贅沢は言えなかった。
その宿に住み込みで優樹が手伝いをするようになった。
優樹は若干人見知りをするタイプで、あまり愛想のいい人間ではない。正直言って、宿の仕事を手伝うのに向いている人材とは言い難かった。
しかし、宿で頼まれる仕事は高齢の夫婦では大変になってきた薪割りであったり、既に注文し購入してある商品の運搬であったりだった。むしろ力仕事のほうが本来体力も筋力もない優樹にとっては大変であったはずだったが、実際に働いてみると力仕事が全く苦ではなかった。体力は全然尽きる様子を見せることなく、必要なら朝から晩まで働き続けることができた。
もちろん、優樹は普通の学生だった人間だ。どう考えてもそんなことができるはずがない。異常事態のはずだ。だが、それを当然と感じる本能的な部分と、言われた仕事をこなせるという都合のいい部分があったため、あまり気にしなかった。これが自分にとって問題となるようなことであればもっと、どうして、何故と考えただろうが、むしろプラスになるようなことであったので都合がよかった。
そうして優樹は宿の住み込みの仕事をすることとなったのである。
「おはようございますっ!」
優樹は今日の朝の仕事である薪割りを終え、購入品の受け取りや、各店へのものの運搬などを行っていた。
「おはよう。今日の分はもう裏に置いてあるよ!」
「はい、ちゃんと数があるか確認してから受け取ります!」
人とのやり取りもそこそこ慣れ、ある程度事務的なものや多少の日常会話はできるようになっていた。人見知りなところはあるが、全く人とコミュニケーションが取れないわけではない。
ただ、やはりこちらの常識を完全に受け入れることは難しかった。そういった齟齬もあったため、あまり人と積極的に会話をすることは少なかった。
「よし、ちゃんと購入分あるな……確認しましたー! 受け取っていきまーす!!」
「おーう! 二人によろしく言っといてくれよー!」
いつもの店の人とのやり取りを終え、荷物を運ぶ。明らかに優樹の身の丈を超えるほどの大きさの重量物だが、軽々と持ち上げる。
「よいしょっと……」
重さはさほどではないが、高さと重心の関係もあり、バランスを取りづらいはずだがしっかりと支えられている。優樹に起きた肉体の変化、力と体力が大幅に上昇した結果だ。バランス感覚、物の取り扱いのレベルも大幅に上昇、全体的な全ての物事のレベルが向上していた。
その状態で街を歩いているが、街の住人も見慣れたもので最初は驚いていたが、今ではこの街に来たばかりで見たことない人が驚く程度になっている。
「お、今日も仕事熱心だなユウキ」
「バーシュさん!」
勇気が荷物を運んでいると、門へと向かうバーシュと出会う。
「今日は昼からでしたね」
「はは、もうお前と出会うタイミングで仕事の時間が分かっちまうほどになったか」
優樹とバーシュがあってからもう何日、何週も経っている。
「紹介しておいてなんだが、今の生活は楽しいか?」
「宿屋の仕事ですか?」
「ああ。まあ、こういうこと聞くのはちょっとなんだとは思うんだがな」
バーシュとしては、ボロボロで精神的に不安定な優樹を宿屋に紹介したのは少々早計だったか、と思っていた。しかし、それは優樹にとってはとても助かったことだった。
「楽しい……と言われると、ちょっとわからないですけど、今の生活で十分満足……とは言えないかもしれないけど、充実はしていますよ」
「はは、なんだそれ」
バーシュは優樹の曖昧ではっきりとしない現在の感想を聞きつい笑ってしまう。だが、その答えはバーシュのわだかまりを解消するものだった。
「ま、そんな感じでも十分だって言えるならよかったよ。仕事頑張れよ」
「はい、バーシュさんも門番の仕事頑張ってください」
バーシュが手を挙げ、去っていく。優樹もバーシュに手をあげ、宿屋へと戻った。
「最初はどうなることかと思ったけど、割と充実した生活を送っているみたいだな」
白い世界、空間に浮かぶ無数のモニターのような平面の画面の一つ、優樹の写っている画面を見ながらひとりの男性が呟く。
「しっかし、力はあるが使いこなしてないんだなぁ。ま、融合させる形で力として与えたわけじゃないしな。神様一人分の力を宿した普通の人間……っていうと、ちょっと奇妙な感じだな」
男性は優樹を見ながら腕を組んで呟く。
彼はある世界の神の一人、優樹が巻き込まれて存在が消滅しかける原因となった、逃げる男の神を追っていた男性の神だ。名を『伊達と酔狂の神』。『二言』の神と呼ばれる性質の神様の中の一人だ。
「見に来たけど、進展なしか……ま、そうそう面白い出来事のある世界じゃなさそうだし……最初送ることになったときは退屈しのぎになると思ったんだけどなぁ」
彼は主に異世界に人を送る神様だ。異世界転生、異世界トリップ、異世界召喚。彼の管理する世界から異世界に移動したい、もしくはかなり特殊な願いを持つ人間を生死にかかわらず異世界に送ることをしている。これは彼の仕事というわけではない。彼の仕事は彼の世界の管理だ。
しかし、彼の世界にはこれといった出来事が少ない。ファンタジーのように剣と魔法の冒険、といったものがないためだ。科学の徒となった人間たちは面白みに欠ける。それが彼の感想だった。たまに面白いことがないわけでもないが、結局のところ現実の流れに消えていく。
だから彼は異世界に人間を送り、その世界の出来事に関与させ、それを見るのが楽しみとなっていた。ただの娯楽程度のものだが。
「せめて関与ができればな。もうちょっと何とかできるんだけどな」
彼は優樹へのちょっかいを、その時一緒にいた女性の神、『調停と秩序の神』に禁止されている。彼女はこの世界を含めたあらゆる世界を繋ぎ、纏め、管理し、世界の安定を図る存在だ。もともと彼女は『伊達と酔狂の神』の異世界への干渉行為自体を嫌っている。彼女の仕事が増えるからだ。ただでさえ忙しいのに余計な仕事を増やさないでほしい、というのが彼女の感想である。
「まあ、そろそろ面白い出来事が起きるみたいだけどな?」
画面を見ながら指を動かす。優樹を移していた画面は別の場所を映し出す。それは空の上、そこを飛ぶ一つの存在を移していた。
「街に襲い掛かる竜。って、ドラゴンや亜竜じゃなくてマジの竜か」
この世界における竜の定義は少々複雑だ。ドラゴン、亜竜、龍、竜と、少々面倒くさい分けられ方をしている。亜竜、龍ははっきりわかるほどの別種だが、ドラゴンと竜が区別がつきにくい。
この区別の付け方はブレスの打ち方の違いによるものだ。それがガス袋などの体の器官を扱ってブレスを放つのならばドラゴン、己の特殊能力を使ってブレスを放つのであれば竜だ。肉体でブレスを放つものと、能力でブレスを放つものの違いだ。
この竜とドラゴンでは強さは竜のほうが上で、もちろん竜のほうが数が少ない。だから『伊達と酔狂の神』は驚いたのだ。
「さーて、どうなるかねぇ……見させてもらおうか」




