外伝:元婚約者は祝福できない
後悔、なんてものは長い年月の間に何度もしたことがあった。
諦め、というのはあまりしたことが無い。
なぜなら、諦めてしまうようなことがなかったから。
でも、それだけは諦めてしまった。
彼女の事は。
コロンドールは、今でも思う。
勇者なんて嫌いだと。
「おめでとう、エルリーカ。とてもきれいだよ」
「ありがとうございます、コロンドール様……」
式の直前。打ち合わせで近くに来たコロンドールは、一足先にその晴れ姿を見ることとなった。
白いウェディングドレスを身に纏った少女は、あまりにも美しかった。
恥ずかしそうにはにかむ少女は、幸せそうにもうすぐ来るであろう婚約者を待っている。
エルリーカ。
コロンドールの元婚約者。
彼女との婚約はあまりにも突然で、両者の了承などなかった。
でも、コロンドールは密かに心の奥底で喜んでいたことを誰も知らないだろう。
エルリーカを保護した時、それが彼と彼女の初めての出会いだった。
あまりにもボロボロで、ろくな食事も無かったのであろう、痩せほそった少女。暗い檻の外に自力で出る事も叶わず、コロンドールが抱き上げて檻の外へと出ると、彼女はびくりと体を震わせて、でもどんな感情もその顔に浮かんではいなかった。
後でわかったことだ。不死であるがゆえに、彼女は幾度も折檻を受けていた。そして、悪質な魔術の実験体としても利用されていたらしい。檻の外に出るときは、いつだって彼女は傷つけられていた。でも、彼女は抵抗しなかった。抵抗できないほどに弱り、抵抗できないほどに絶望していた。
コロンドール家に保護されてからも、彼女の表情は変わらなかった。
硬く、無表情。時折、外を見ているだけ。
そんな彼女を、これ以上傷つけたくは無かった。
出来うることなら、彼女に笑って欲しかった。
きっと、彼女は笑った方が可愛らしい。
だが、彼女はなにもかもに興味を持たず、静かに自分を殺すように生きていた。
そんな彼女に侍女を付けたのはその時だ。
曽祖父の時代に人間と交わり、少しだけ人の血が流れる魔族の少女。名は、リリエットと言った。
リリエットは、子どもの頃から差別されてきたという。
だが、そのまじめな仕事ぶりが評価されてコロンドール家に仕えていた。
リリエットとエルリーカは丁度年が近く、その待遇にも近いモノがある。彼女ならば少しはエルリーカも心を開いてくれるのではないかと願ってのことだった。
そして、それは少しずつだがよい傾向をもたらすこととなる。その数年後、リリエットとエルリーカは友人となり、かけがえのない親友となった。
婚約者の話が出たのは、コロンドールが見知らずの魔族に預けるならば、自分がいっそのことずっと保護をしていた方がいいのではと思っていた時のことだった。
彼女を娶れば、きっと彼女を守ることができるだろう。
魔族と人間との子。ほとんどの魔族は彼女を受け入れないだろう。そして、その不死性。きっと、他の者達は……。
だというのに、魔王は彼女を人間の世界へ向かわせた。
そして、さらには彼女は勇者に見初められた。
「エルリーカとの婚約を解消してもらいたい」
勇者が現れた日の事をコロンドールはきっと忘れないだろう。
あまりにも突然で、あまりにも一方的で、あまりにも理不尽で……でも、その目から彼がエルリーカの事を誰よりも思っていることに気付いてしまって。
本当に、勇者なんて嫌いだ。
きっと、エルリーカを幸せにすると誓言まで立てて、彼は婚約解消を迫った。
そんなことを言われて、どうすればよかったのか、いまでも悪夢に見る。
彼は勇者だ。人々の希望。
魔族の、しかも魔王の一族の血を引く彼女を、彼は守れるのか。
きっと守れるのだろう。
魔王すら上回る実力を持つと噂の彼の事だ。きっと。
「コロンドール様」
「なんですか?」
エルリーカが、コロンドールの目を見て呼びかける。
初めて会った時には思いもしない様な姿だった。それが嬉しくもあり、悔しくもある。
ここまでエルリーカが変わったのは、勇者のおかげだったから。
もともと愛らしい顔立ちだったのが、この一年でさらに綺麗になった。
「わたし、言わないといけないことがあるんです」
「……?」
「ありがとうございました。コロンドール様がいなければ、きっとわたしはあの人に会えなかった。おじい様と会う事も、国を出る事も、こうして……誰かを大切に思う事もなかった」
最期の言葉とその顔に、コロンドールは少しだけ眩しそうに目を細める。
式は、もうすぐ始まる。
嗚呼、勇者なんて嫌いだ。
祝福なんてできない。だから、呪ってあげよう。
あなた達が幸せにならないと不幸が訪れる呪いを。
婚約者君の番外編を書いてしまったので投稿しました。
話の中でほとんど出てこなかったエルリーカさんの祖父の話やエルリーカさんたちの話をいつか書きたいです。