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孤独のナイフ使い  作者: エッグさん


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第四章 少女との出会い

黒狼に敗れ、傷を負ったレイン。


街へ戻る道中、彼の元に現れたのは、銀髪の少女だった。


この出会いは二人の運命をどこへ導くのかーー。


街道に出てから、どれほど歩いただろうか。


森を抜けた風が、レインの頬を撫でた。


腕から流れる血は、すでに乾き始めている。だが、脇腹の痛みは一歩踏み出すたびに響いていた。



(……くそっ。思ったより傷が深いな)



黒狼との戦いが、頭の中によみがえる。


素早い動き。鋭い爪。何度刃を届かせても、倒しきれなかった相手。


そして、あの胸元に感じた奇妙な違和感。



(あれは……一体、何だったんだ)



考えても答えは出ない。


今は傷の手当てが先だ。そう言い聞かせ、街へ続く道を進んでいく。


そのときだった。



「――あの、大丈夫ですか?」



背後から声がした。


足を止めて振り返る。


銀色の長い髪をした少女が立っていた。年は、自分とそれほど変わらないように見える。


白を基調とした旅装束。腰には小さな袋があり、薬草や手当て道具が入っているようだった。


少女は腕の傷に目を向け、心配そうに眉を寄せる。



「血が出ています。それに、歩き方もおかしいです」



「……大したことはない」



短く答え、再び歩き出そうとする。



「大したことがない人は、そんな顔をしません」



「どんな顔だ」



「今にも倒れそうな顔です」



迷いのない返答に、思わず少女を見た。


からかっている様子はない。本気で心配しているらしい。



「……放っておいてくれ」



「そうしたいところですけど、怪我をしている人は見過ごせません」



「頼んでいない」



「はい。頼まれていませんね」



少女は少し困ったように笑った。



「でも、手当てに許可はいらないと思います」



言葉を返せなかった。



(……変な奴だ)



これまで、誰かに助けを求めることはほとんどなかった。


ひとりで旅を続け、ひとりで戦い、ひとりで傷を負う。


それが当たり前だった。


誰かに頼れば、その人を危険に巻き込むかもしれない。親しくなれば、いつか失うかもしれない。


だから、最初から誰にも近づかない。


その方がいい。ずっと、そう思っていた。



「せめて、傷を見せてもらえませんか?」



少女の声に、意識が引き戻される。



「……手当てなら、自分でできる」



「その傷を?」



「ああ」



少女は一度うなずいたものの、納得しているようには見えなかった。



「では、せめてこれを」



腰の袋から清潔な布を取り出し、差し出す。



「傷口を押さえてください。血が止まりやすくなります」



受け取るべきか、一瞬迷った。


知らない相手だ。警戒するのは当然だった。


それでも、拒む理由は見つからなかった。



「……借りる」



「どうぞ」



布を受け取り、腕に巻きつける。


少女はその様子を見届けると、ほっと息をついた。



「よかった。少しは安心しました」



「……大げさだ」



「そうでしょうか。倒れてしまうんじゃないかと思っていました」



目を伏せる。



(……どうして、そこまで気にするんだ)



初めて会った相手だ。名前も知らない。どこから来たのかも知らない。


それなのに、彼女は自分を心配している。


そのことが、どうにも落ち着かなかった。


少女は腰の二本のナイフに目を向けた。



「冒険者ですか?」



「ああ」



「魔物と戦っていたんですね」



「……黒狼と」



少女の表情が引き締まる。



「この近くに出た魔物ですか?」



「そうだ」



「それで、その怪我を?」



「……まあな」



討伐に失敗したことも、逃げ帰ってきたことも、話すつもりはなかった。


少女はしばらく黙り、静かに口を開く。



「無事に帰ってこられて、よかったです」



その言葉が、胸の奥に引っかかった。


確かに、命はある。


だが、依頼は失敗した。魔物を倒すこともできなかった。



(……分からないな)



その言葉を、どう受け取ればいいのか分からなかった。



「そういえば、まだ名前を言っていませんでしたね。私はリナです」



「……レイン」



「レインさん、ですね」



名前を確かめるように繰り返し、リナは尋ねた。



「ひとりで旅をしているんですか?」



「……そうだ」



「ずっと?」



「ああ」



短く答える。


リナはすぐには何も言わなかった。やがて、まっすぐにこちらを見つめる。



「……あなた、ひとりなの?」



その問いに、足が止まった。


ただ旅の同行者がいるかどうか。それだけを尋ねたのかもしれない。


なのに、胸の奥を直接つかまれたようだった。


呼吸が浅くなる。


握っていた手に、無意識に力がこもった。腕に巻いた布が引きつり、傷口が痛む。


それでも、痛みの場所はそこではなかった。



(……ひとりだ)



そう答えればいい。



(……なのに、どうして今さら揺れる)



リナの問いは、ただの確認にすぎない。


けれどその言葉を向けられると、まるで自分の中身を見透かされたような気がした。



「……そうだ。俺はひとりだ」



ようやく答える。


声は思ったより低く、硬かった。


リナはしばらく見つめていたが、やがて小さく息をついた。



「そうですか」



同情するでもなく、理由を尋ねるでもない。


その反応に、かえって戸惑った。


もっと何か言われると思っていた。


けれど、リナは何も決めつけなかった。



「……何だよ」



「ひとりで旅をするのは、大変だろうなと思って」



「慣れている」



反射的に答えた。



「慣れていても、怪我はします」



「……」



「怪我をしたときくらい、誰かに頼ってもいいと思います」



眉をひそめる。



「……俺は、誰かに頼るつもりはない」



言い切った瞬間、胸の奥がわずかに痛んだ。


自分で選んだ言葉なのに、どこか無理に押し出したような感覚が残った。


リナは否定しなかった。ただ、少しだけ寂しそうに笑う。



「分かりました」



その返事が、かえって気に障った。


引き止めてほしかったわけではない。


考えを変えろと言ってほしかったわけでもない。


それなのに、あっさり受け入れられると、胸の奥に空白ができたようだった。



(……何を期待しているんだ)



誰かが離れていくことを、惜しむ資格などない。



「でも、目の前で困っている人は放っておけません」



リナは腕に巻かれた布を指さした。



「その傷、きちんと手当てしないと。街まで一緒に行きませんか?」



「ひとりで歩ける」



「ええ。でも、無理をすれば傷が悪化します」



断る理由はいくらでもあった。


脇腹に痛みが走った。


足がわずかによろめく。


リナの視線が、すぐにこちらへ向いた。


その瞬間、強がりを続けることが難しくなった。



(……今は、無理をするべきじゃないか)



そう考えた自分に、わずかな苛立ちを覚える。


助けを受け入れることを、合理的な判断だと言い聞かせる。


リナと一緒にいたいからではない。


ただ、傷が悪化すれば困る。それだけだ。



「……街までだ。それ以上は付き合わない」



「はい。それで十分です」



リナは、ほっとしたように微笑んだ。


二人は街へ向かって歩き始めた。


並んで歩いているのに、間にはわずかな距離がある。


その距離を保つことに、妙な安心を覚えた。


リナは無理に話しかけず、こちらも口を開かなかった。


風が吹き、街道脇の草が揺れる。


ひとりで歩いていたときは、自分の足音も風の音も、気に留めたことはなかった。


なのに今は、隣の足音が途切れないかどうかを、無意識に確かめている。



(……気にするな)



ただ街まで一緒に行くだけだ。


そう思い直した直後、リナがぽつりと尋ねた。



「……これからも、ひとりで旅を続けるんですか?」



また、その言葉だった。



「そのつもりだ」



答えはすぐに出た。



「そうですか」



それ以上、リナは何も言わなかった。


その沈黙が、なぜか重かった。



(……ひとりでいることが、俺の選んだ道だ)



何度もそう言い聞かせる。


そう思わなければ、これまでひとりで歩いてきた時間が、ただの孤独だったと認めることになる。


ひとりでいることは、強さだ。


そうでなければ、あの夜から何も変わっていない。



(……ひとりでいることは、本当に俺が望んだことなのか)



浮かんだ疑問を、すぐに押し込める。


答えを見つけてしまえば、今まで守ってきたものが崩れる気がした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

リナとの出会いが、自分を変えることになるとは、レインはまだ知る由もなかった。



――第四章 了.

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