1.22 世界は踊りだす
monogatary.com 2026年1月22日のお題『スキップ』について投稿したものです。
タクヤ、三十三歳。
大阪住みが十年を超えるのに、いまだに大阪弁を喋れない。ひとり暮らしだが、独身主義者というわけではない。
商店街イベント「昭和レトロ縁日」は、寒さを忘れるほどの熱気に包まれていた。
子ども向けの輪投げ、紙芝居、射的。
タクヤにとっては、かつては「時間のロス」と切り捨てていた光景だ。
けれど、射的で狙いの景品を仕留め、満面の笑みを浮かべるミサキの横顔を見ていると、悪くない夜だと思えてしまう。
ふと、隅にある「型抜き」の屋台が目に入った。
「懐かしいな……」
独り言をミサキが聞き逃すはずもない。
「ウチ、あれやったことないねん! タクヤはああいう細かいの、得意そうやなぁ」
興味津々な彼女に促され、いっちょいいところ見せてやるかと腰を下ろした。
俺が選んだのは、難易度高めといわれる『飛行機』。
対して、ミサキが迷わず手に取ったのは、細い柄が鬼門の『傘』だった。
「また難しいの選んだな」
「ええねん。これ、可愛いぃし、早よぅに終わってタクヤの応援するさかい」
「おねぇちゃん。針舐めたらあかんで。ズルはなしや」
屋台のおじさんに釘を刺され、ミサキは「わかってるって!」と息を巻く。
……いや、舐めても初心者に『傘』はクリアできんやろ。
俺は、慎重にかつての記憶を頼りに針を走らせた。
一番の難所ともいわれる翼を完璧に切り出し、機体の曲線も狙い通りだった。
集中力は研ぎ澄まされ、あと一息で完成というところで――。
「あ……」
無情にも乾いた音がして、尾翼の一部が欠け落ちた。
緊張の糸が切れた俺の横で、ミサキが「……よっしゃ!」と小さく叫んだ。
見れば、彼女の手のひらには、奇跡のように完璧な『傘』が乗っていた。
「えらいな、ねぇちゃん。これ、出来ええから、店に飾らせてくれへんか?」
「嫌や。せっかくの思い出やもん。ウチが持って帰って飾んねん」
ミサキは大事そうに、型抜きの入った透明のファイルを受け取った。
気づけば、商店街は片付けのムードに入っていた。
シャッターが降りる音が冬の夜空に響く。
「もう帰ろうか」
「もうちょっとだけ!」
子どものように顔を振り、ミサキは心底嬉しそうに歩き出した。
繋いだ手から、彼女の弾むような鼓動が伝わってくる。
「おい。手ぇ繋いどんのにスキップしたら、俺が歩きにくいやん」
「あはは、ごめん! でも止まれへんねん」
楽しげに跳ねる彼女に引っ張られ、俺の歩調もぐちゃぐちゃになる。
「なんか、この世の春を全部抱え込んだみたいやな」
俺の呆れた声に、ミサキが振り返った。
街灯の下、誇らしげで、それでいてどこかおどけた表情で彼女は言った。
「あんな。弾んで歩いとったら、世界も一緒に踊りだすんやで」
……そんなもんか?
まぁ、ミサキだからな……。
俺は繋いだ手に少しだけ力を込め、不揃いなリズムのまま、冬の商店街を通り抜けた。




