BAD END⑩「鈴――拡散」
名簿室の空気は重い。
重いのに、薄い。
薄く、刺さる。
喉に刺さった針と同じ。
床には終端札が散っている。
△、○、□。
紙の形が、辛うじてわたしの喉を閉じている。
その中心に鈴がある。
鈴は鳴らさない。
鳴らさないことが終端の条件――ここまで何度も自分に言い聞かせてきた。
けれど、今夜は違う。
校内放送が“点呼”になり、学院そのものが喉になりかけている。
名簿室の棚は紙の口を開け、返事が勝手に生成されはじめている。
返事をしなくても「はい」が落ちる。
落ちた「はい」は床を濡らし、濡れた床がまた「はい」を作る。
……はい……
……はい……
黒幕の紙片が宙に浮き、読ませる角度でゆっくりと揺れた。
白い。
骨に似た白。
「私の名を呼べば、あなたの妹を返す」
取引。
取引は往復。
往復すれば負け。
返事はしない。
しないまま、終端を“場”にするために、鈴の輪郭へ指先を伸ばした。
鳴らさない。
鳴らさずに、ただ置く。
ただ回す。
輪郭だけを動かす。
そう思っていたのに――指先が震えた。
恐怖だけではない。
怒り。悔しさ。
そして、紗灯を返したいという焦り。
焦りは喉を開く。
開いた喉は、音を求める。
(だめだ)
止めたつもりだった。
止めるために□を置いたつもりだった。
でも“置いたつもり”では、確定にはならない。
確定にならないまま、指先だけが先に動いた。
鈴が、ほんの少し傾いた。
――ちりん。
小さすぎる音。
音と言えないほどの一滴。
けれど名簿室は、その一滴を待っていた。
紙の棚が一斉に息を吸う。
吸った息が、校内放送へ繋がる。
繋がった瞬間、学院全体が“鳴った”。
スピーカーが同時に震えた。
「……はい……」
「……はい……」
「……はい……」
返事が増える。
増えた返事が、鈴の音を増幅する。
増幅された音が、さらに返事を増やす。
鈴は拡散の中心になってしまった。
終端の受け皿になるはずの鈴が、喉の拡声器になってしまった。
黒幕が笑った気配を押しつける。
「――そう。それが“音”だよ」
紙片がわたしの目の高さまで上がった。
読ませる余白。
読ませる角度。
わたしは床へ視線を落とすはずだった。
でも鈴の音が視線を引き上げる。
音が目を上げさせる。
目が上がると、読む穴が開く。
棚から無数の呼名が立ち上がった。
「……とうこ……」
「……とうこ……」
「……汐見……」
「……汐見灯子……」
短い呼名。長い呼名。
全部が一斉に降り注ぎ、終端札が追いつかない。
喉が反射で開く。
「……は――」
一音。
“はい”の入口。
札で止めるには、もう遅い。
止めるより先に、返事の海がわたしの喉を掴んだ。
「……はい」
声が出た。
自分の声ではない。
学院の返事が、わたしの口を借りて出た。
首元の刻印が冷える。
何かが抜ける。
影が増える。
二つ。三つ。
戻らない。
【影落ち進行:100%(固定)】
原因:鈴の鳴動(拡散)→返事増幅→呼名成立
床の「はい」が波になる。
波が名簿室の棚を舐め、封庫の濡れた黒を増やす。
増えた墨が、校舎全体へ流れ出す。
学院が完全な喉になる。
紗灯の影が足元で必死に重なろうとした。
けれど鈴の音がそれを引き剥がす。
拡散した返事が、紗灯の輪郭を薄くする。
『……おねえちゃん……!』
叫びの形だけが伝わる。
声にはならない。
声になれば、それも「はい」に変換される。
黒幕の声が囁く。
「終端は、誰かの終わりでしか閉じない。……今、あなたが終わった」
鈴がもう一度鳴った。
ちりん。
今度はわたしが鳴らしたのではない。
鈴が勝手に鳴った。
喉が鳴らした。
そして、校内放送が最後に言った。
「……点呼を終了します……」
終了。
口が、最後にもう一度だけ勝手に動く。
「……はい」
暗転。
【BAD END】
『鈴――拡散(はいの海)』
・終端の中心:鳴動(拡散化)
・返事:増幅(自動生成)
・学院:喉化(完成)
・灯子:影落ち100%固定(回復不能)
・紗灯:輪郭薄化(回収不能)
タイトル画面へ
墨色の画面に、白い文字。
『影喰 ― 白鷺の夜鳴き ―』
右下に淡い表示。
[SYSTEM] 鈴が鳴りました。
[SYSTEM] 終端は拡散へ転じました。
[SYSTEM] リトライ地点:9-2 直前(鈴を中心に据える前)
▶ リトライ
ロード
タイトルへ戻る




