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狩籠師  作者: 篠崎砂美
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翕然主 壱拾弐

「絶対に、ここを出るな」

 鈍に命令すると、凜華は彼の手を振り払って、一人で護法陣の外に歩み出た。

 自ら餌が飛び込んできたと、生首たちがほくそ笑んだ。

 今や、首に繋がる触手が()り合わさり、醜悪(しゅうあく)な人頭の蛇のような姿になっている。

 生首の下の大地からは無数の触手が這い出し、ゆっくりとした動きで凜華の周囲を遠巻きにとり囲み始めた。

「人は、妖魅にとって贄か餌か……」

 ヒュンと空を切る音をたてて、凜華は幽明の太刀を振った。

「妖魅によって、自然や人がささえられることもあろう」

 左腕に太刀の峰を滑らせ、弧を描くように振る。まるで、剣舞でも舞うような優雅な動きだ。

 それに見とれるような視線を投げかけつつも、翕然主でもある生首たちが包囲を完成させて機会をうかがう。

「だが、人によって妖魅が祀られることもある」

 風切る音も颯爽(さっそう)と、凜華は縦横に太刀を振った。

「ならば、妖魅もまた人の贄になるとは考えられぬか」

()(ごと)を』

 無数の触手がのびあがり、凜華を呑み込もうと大波のごとく雪崩落ちてきた。

「広がれ、破魔(はま)の印よ!」

 凜華は、幽明の太刀を横に構えて、身体を一回転させるようにして力強く振った。その切っ先が過ぎる空間に、先ほどから宙に刻まれていった霊紋が浮かびあがり、翕然主の触手にむかって勢いよく広がっていく。

 凜華をすっぽりとつつみ込んだかに見えた触手の玉が、内から爆発するように飛び散った。

『おのれ!』

『下がれ、下がれ』

『一気に、引き裂いてしまえ』

 生首たちが混乱する。

「炎扇!」

 呪符で目障りな触手を焼き払うと、凜華は生首の一つにむかって走った。

「我、求むるは(ろく)なる闇。活殺(かっさつ)にあっては、(めつ)。幽明をもって、因果(いんが)()つ!」

 幽明の太刀を解放する。刀身が黒き炎を纏った。凜華の突進を阻もうとのびてきた触手が、その炎に触れて灰と化す。

「逃すか!」

 慌てて大地に逃げ込もうとする生首を、凜華は真っ二つに叩き割った。血飛沫(ちしぶき)があがる代わりに、赤黒い妖氣が切り口から吹き出した。それを(すす)るがごとく、幽明の太刀が吸収していく。

 妖氣を吸い尽くされた生首を中心として、周囲の触手が灰と化して大地に落ち広がった。

『馬鹿な。その太刀は何ぞ!』

 残った生首が、驚愕して叫んだ。

「魔をもって魔を滅す。お前たちは、この幽明の太刀への(にえ)だ。我が大願(たいがん)のため、その力もらい受ける」

 幽明の太刀を構えて、凜華は言い放った。

 右往左往する別の生首に狙いを定めると、凜華は二つめを先の言葉どおりに幽明の太刀への供物とした。

 さすがに、翕然主の残った首たちも、やっと態勢を立てなおして凜華との間合いをはかり始めた。

『奴ら、ここから遠くへは離れられぬらしいな』

「ああ、そのようだな」

 先ほどまで一目散にこの場を逃げだしそうであった生首たちが、おそらくすべて居残っていることを見てとり、凜華と相棒は言葉を交わした。

「この山すべてが翕然主だというのであれば、結界に閉じこめられている奴らはどこにも逃げだせぬ。むしろ、身じろぎ一つするのも難儀であろう」

『それに、首がここにあるのならば……』

「首の下には胴があるのが道理というものだな」

 凜華は、増殖して大地を覆い尽くした翕然主の触手をぐるりと見回した。

 崩れた社をも覆い隠した翕然主の触手の群れに、ぽつんと穴のような場所がある。そこは、鈍のいる護法陣の場所であろう。幸いにも、彼への護りはまだ働いているようだ。もっとも、この状況で正気を保っていられるかは別問題だが。

 ともあれ、鈍の位置があそこであるならば、凜華の目指す場所も見当がつく。

「我、求むるは風の護り。流れにあっては、白刃(はくじん)。真なる空をもって、触れくる物を断つ!」

 凜華は、自分の周りを回るように数枚の呪符を散らすと、目的の場所にむかって走った。その速さに、風が唸る。

 それを合図に、狙いを定めていた触手の群れが凜華めがけて襲いかかった。

 風の音と共に、切り刻まれた触手の細かな肉片が、紙吹雪のように周囲に舞い散る。凜華の周囲を回る呪符がすべて風となって千切れ消える間に、凜華に触れようとした触手は、地を這う物も含めてすべてが粉砕された。

「姿を現せ!」

 最後の風が凜華の髪を荒々しく(なび)かせる中、両手で逆手に握られた幽明の太刀が深々と大地に突き立てられた。

 まだ(うごめ)いていた触手の破片が灰と化し、首塚のあった穴が目にも露わとなる。

 次の瞬間、幽明の太刀が突き刺さったままの大地が大きく隆起(りゅうき)した。翕然主の本体だ。

『放すなよ、凜華!』

 周囲の木の数倍も高く盛りあがり続ける翕然主から振り落とされまいと、凜華は渾身(こんしん)の力を込めて幽明の太刀の(つか)を握りしめた。足場をなくした両足が、ぐんと大きく振り回される。

 翕然主が、咆哮をあげた。その声は、妖魅に取り憑いた武者の叫び声とも、巨大な獣の鳴き声ともつかぬ、耳障りな轟音だった。

 その咆哮に、それまで固く目を(つぶ)り、両手で耳を塞いでしゃがみ込んでいた鈍が顔をあげた。耳を塞いでもなお、その咆哮は聞こえたのである。

 そこに翕然主の姿があった。

 蛇と呼ぶにはあまりにも太い胴体が、大地を埋め尽くすように蠢いている。その尾は、地面の中に入り込んでいるようで目には見えなかった。代わりに、頭にあたるところでは、人の頭がついた四つの首が分かれて生えている。いや、頭部を失ってだらりと下がった首が二つ、八俣遠呂智(やまたのおろち)とは言わないが、六つの首をもっていたのだろう。

「往生際の悪い……」

 凜華は、悪態をついた。

 首の分かれ目近くに幽明の太刀を突き立てた彼女を、なんとか振り払おうと翕然主が身悶える。

 本来なら、そのままあおむけに倒れ込んでしまえば、凜華を押し潰すか振り払うかできるのだが、幽明の太刀に妖氣を吸われていく恐怖から翕然主は恐慌(きょうこう)に陥っていた。

 凜華の両手の感覚はほとんど消えかけてきたが、翕然主の抵抗も少しずつではあるが弱まってきていた。代わりに、全身の(うろこ)の隙間から触手がのびてくる。それらは、口のない一つ目の蛇の姿となって、凜華の身体に巻きついてきた。そのまま凜華の身体を宙にささえると、ぎりぎりと締めあげ始めた。

「愚かな……。我、求むるは……陸なる闇。活殺にあっては……、(めつ)。幽明を……もって、因果を断つ!」

 肺に残った息をすべて吐き出し、凜華は言霊を紡いだ。身体が固定されたのを逆手にとって、残った力のすべてを両手に込める。そのままぐいと幽明の太刀を柄まで埋まれと翕然主の身体に突き通した。

 幽明の太刀が唸りをあげた。

 翕然主の身体が灰になり始める。凜華を締めあげていた蛇の触手が力を失い、身体から離れていった。

 咳き込みながらも凜華はさらに両手に力を込めた。自由になった凜華の身体が、幽明の太刀で翕然主の長い胴を切り裂いて灰にしていきながら地上へと滑り降りていく。

 凜華の両足が再び地面を踏みしめ、幽明の太刀が大地に突き刺さった。

 翕然主の巨体が、妖氣を吸われてみるみるうちに灰と化していく。

『……お館様ぁ!』

 四つの首ももげて落ち、地面に叩きつけられて灰となって飛び散った。

 ただ一つだけ、灰となりきれなかった首が凜華の足下へと転がってくる。

『お前は、本当に何者なのだ……』

 大地から幽明の太刀を引き抜いた凜華を見あげて、最後に残った生首が言った。

「我、求むるは(ほど)けし(まゆ)。大地にあっては、(しん)。因果を断ちて、自在となす」

 生首を無視して、凜華は首塚の跡に呪符を埋めて封とした。

『そなたは、我らを解き放とうとしてくれたのか。これで、これでもうよいのだな。これ以上、もはや我らが……』

 最後まで言い終えられず、生首が灰となって崩れ落ちた。

 すっと、凜華は生首に突き立てた幽明の太刀を引き上げて鞘に収めた。

「勘違いするな。私は狩籠師だ。妖魅は狩りだす獲物でしかない」

 凜華は首塚の跡に背をむけると、護法陣の中で呆然とこちらを見ていた鈍の方へむかった。

「もう出てもいいぞ。翕然主は滅した」

 あれほど山を覆っていた妖氣が、今やすべてなくなっている。それは、もう見事なほどだ。おそらく、今のこの山は霊的な空白地帯だろう。

「翕然主を殺しちゃったのか」

「ああ。私には信じ合える相棒がいるからな。この程度のこと、できぬはずがない」

 呆然としている鈍にむかって、凜華は素っ気なく答えた。

「また妖魅が出たら、どうすればいいんだ。俺は、翕然主を正気に返してほしかっただけなのに……」

「そうそう都合よくいくものか。また妖魅が現れたら、お前たちでなんとかするんだな。ここは、お前たちの山なのだろう。そうでなければ、村の者全員で山を去ればいい。今ならば、安全に山を出ることができる。なあに、山の主人が翕然主からお前たちに戻るか、あるいは妖魅たちのものとなるか、ただそれだけの違いだ。自然にとっては、たいした違いじゃない」

 凜華の物言いに、鈍がそんな無責任なと反論した。

「これはお前たちの問題だ。私のではない。これ以上関われと言うのであれば、この山を私の物とするしかないな。そうであれば、責任も生まれよう。まあ、いずれは……」

 言いかけて、ここではせんないことと、凜華は言葉を切った。ふうっと力を抜くと、相好(そうごう)を崩した顔を鈍にむける。

「なあ、途中まではまた案内してもらわねば困るんだが」

 凜華に言われて、鈍は渋々道を戻り始めた。このままここで夜明かしするのはあまりぞっとしなかったからだ。

 さすがにしばらく山を探索しただけあって、村にむかう道まで戻ってくると、凜華にも現在地が分かるようになった。

「では、ここでお別れだ」

 凜華は、そう鈍に告げた。何も村まで戻る必要はない。

「いっちゃうのかい」

「もちろん」

 凜華は、きっぱりと答えた。

「村人にはお前が伝えろ。自由に村の外を歩けるのを見せれば、あの村長だって信用するだろう」

「残ってくれないのか」

「狩籠師がほしければ、他をあたれ。お前が、お前の狩籠師を見つけだせばいい。お前は私を信じることができたんだ。だったら、なんでもできるさ」

 引き止める鈍を振り返りもせず、凜華は山を後にした。

 月明かりを頼りに、街道筋を進む。いいかげん、今夜の寝屋を見つけなければというときに、やっと粗末な小屋らしき物を見つけた。猟師や木樵(きこり)などが休むときのための物であろう。

「獲物としては大物であったが、ずいぶんと苦労させられたものだ」

 浄衣だけを掛け布団として、巫女装束のまま横になった凜華は、腕の中の幽明の太刀にむかって囁いた。

『まあ、世の中そういったものだ。俺としては、まだ少し食い足りなかったぐらいだがな』

「大食漢は嫌われるぞ」

『なあに、お前にさえ嫌われなければどうということはないさ。なにしろ、俺は一人ではどこにもいけないのだからな』

「そういうことだ。いっそ、ここに捨てて私一人で旅をするのも楽でいいかもな」

 片手で頭をささえながら、凜華はあっけらかんと言った。

『それはありえないな』

 確信に満ちた声で、幽明の太刀が言う。

「たいした自信家だ。だが、それもまたよい」

 そっと幽明の太刀をだきしめなおすと、凜華は静かに眠りについていった。


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