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フェルディナントについて7

フェルディナントの部、完!

長らくお待たせいたしました。

 ーー戦況は我々に傾いている!


 隊長の高らかな声で聞かされた宣言は、俺たちを一層奮い立たせるには十分過ぎた。

 戦場には怒気ならぬ怒号が溢れ、熱気に満ちた両軍は、互いに牙をむき出しにしながら激突した。


 隊長の言葉通り、戦況は我らバルト国に傾いているのだろうが、最前線は違う。

 周りを見る余裕などないほどに目まぐるしく敵、味方が入り乱れていく。

 実際、両軍が激突して数分。

 俺とバルはそれこそ最前線で敵軍にぶち当たったのだが、すぐに引き離されてしまった。

 それ程までに人の流れが激しく、すれ違いざまに斬られた者や刺された者がバタバタと地面に倒れて行く。


 その光景を目の当たりにして、俺は初めて背筋が凍ると言う体験をした。


 俺の深層に深く刻み込まれたそれは、目の前の光景と照らし合わされ、それが地獄であると認識し、やがてある感情に結びついた。


 ーー恐怖という感情に。


「ぬりゃぁぁぁぁぁぁ!」


 大きく袈裟の軌道で振り抜いた剣には、ビッシャリと地の利が付いていた。

 傷口からドバドバと血が溢れ、ドシャリと音を立てて倒れこむ敵兵は、もはや息をしていないだろう。


 もう何人斬っただろうか。

 初めこそ数は数えていたが、どれだけの人間とすれ違ったかなんて、分かるはずがない。

 ただ目の前に押し寄せてくる敵兵を薙ぎ払うように剣を振るだけ。

 そこに、やれ剣術やら、やれ作法などどうでもいい。

 とにかく生き残る。

 云々語るのはその後だ。

 とにかく今は少しでも多くの敵を斬り、前に進む。

 それに尽きる。


「うりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


 そう思いながら戦場を駆け抜け、目の前に迫る一人の敵兵を斬り伏せた!

 肩口からバッサリと剣を入れ、引き抜く!


 ーー?


 ぬ、抜けない!?


 俺は力を込めて何度も剣を引き抜こうとするが、剣は敵兵の肩口から心臓を潰し肺を斬り裂いたところで止まっている。

 何かが絡みついているのかと思うほどに動かない。

 何故だ、何故!?


 ふと刀身を見ると、血がべったりとこびり付いていた。

 それを見て、見習い時代の教官の怒鳴り声が耳の奥にこだました。


『刃に血が付いたらすぐに払え! 怠ると血が重なり、斬れ味が落ちる! そんな剣で敵を斬ってみろ、血が絡み合って抜けなくなるからな!』


 あの時は、『そんなことあるもんか』と思って聞いていたが、まさか自分がそうなるとは思いもよらなかった。

 初めこそ血糊は払っていたが、これだけの敵だ。

 斬ることだけに目がいっており、肝心の血を払うことを怠った。


 目の前のことに夢中になり、基本を忘れていた。




 ーーそれが俺の敗因だ。




「く、くそ! 抜けろ、抜けろ抜けろ抜けろーー!」


 敵兵に足を乗せて引き剥がそうとしたが離れない。

 ならばこのまま体を斬り裂こうと力を込めるも、剣はピクリとも動かない。

 抜こうとしても同じだ。

 完全に絡みついている。


 その時悟った。

 そうか、剣は血が絡まり、動かないのだ、と。

 あまりにも遅すぎる気付き。


 そこで気が付いた。


 俺はすでに囲まれている。


「……!」


 視線を張り巡らす。

 およそ五人か。

 それぞれが剣を手に、ジリジリと間合いを詰めてくる。

 槍じゃなかったのが有り難い。

 槍であれば、一気にこの身を貫かれただろうから。

 だが、俺には武器がない。

 奴らに対抗しうる武器は、以前、骸と化した敵兵の中だ。

 どうする?

 どうすればこの場を切り抜けられる?


 考えていると、一人が声を荒げながら俺に向かってきた。


「死ねぇぇぇぇぇぇ! バルトの者ぉぉぉぉぉぉ!」


 叫びながら迫ってくるが、何という大振り!

 それでは避けるのは容易い。

 言うが早いか、俺は敵兵に刺さったままの剣を離し、一歩後ろへと身を引いた。

 と同時に、俺の鼻っ面を相手の剣が掠めていく。

 危なかった……、後一歩遅かったら斬られていた。

 だが、俺のその行動が、敵兵を余計煽ってしまったようだった。


「この、バルトの新兵如きがーー!」


 と、振り下ろした剣を今度は突き出してきた。

 それもなかなか素早い動作だ。

 スッスッと突き出される突きを、俺はまた、後ずさりながら避けていく。


「そらそらそらー! そらぁぁぁぁ!」


 リズム良く、勢いづいた突きを避ける内に、俺は何かに躓き、後方へ尻餅をついてしまった。


「あぁ、くそ!!」


 尻餅をついた拍子に見たのは……

 血を流し生き絶え横たわる、同胞だった者……


 俺は仲間の背中に足を取られて尻餅をついたのだ。

 横たわる屍を一瞥し、視線を上に上げると……

 そこには下卑た笑いを浮かべる敵兵が立っていた。


「バルトの新兵よ、これまでだな」


 奴は俺を見下ろすと同時に、握っていた剣を大きく振り上げた。


「あの世で我らの勝利を祝うがいい!!」


 思わず俺は目を閉じてしまった。

 その瞬間思ったことは、これまでの自分の歩んできた道だ。

 カムリ家の長男として生まれ、厳格な父親に躾けられ、妹が生まれたせいで大好きだった母を失った。

 家から流れるように剣士団に入団し、訓練の日々。


 それで良かった。十分だった。


 訓練に勤しんでいる間は家のことを忘れられる。

 カムリ家の長男という肩書きは消える。

 自分らしくその場に在り続けることができる。

 そして戦争だ。

 自分という存在。

 フェルディナント・カムリという一人の人間の存在意義を、一番感じることができる瞬間だ。


 それを思い出しながら、俺自身に向けられる刃を待つ。

 だが、待てども待てども身を切られる痛みは来ない。

 それどころか……


 鈍い金属が重なるような音が響いてきた。


 俺はそっと目を開ける。

 そこには……


「フェルディナント! 大丈夫か!?」


 唯一友と呼べる男。

 バルがいたのだ。


「バル!? どうしてここへ!?」


 俺に目配せしつつ、バルはニヤリと笑みを見せた。


「撤退している時にな! 何やら倒れ込んで斬られそうなバカが見えた!」


 そう言いつつ、バルは受け止めた敵の剣を強引に後ろへと追いやった。

 その隙を狙って、バルは敵の胴体を一刀両断!

 胸元を、鎧ごと横一文字に斬られた敵は、夥しい血を吹き上げながら地面に伏した。


「す、すまん、バル」


 俺は起き上がりつつ周囲を見回した。

 俺たち二人はすっかり敵に囲まれている。

 一人倒したところで、一つも状況は変わらない。

 俺は、足元に転がっていた敵か味方も分からない屍が握っていた剣を静かに持ち上げ、構えた。


「だが、ここまでのようだな。お前となら怖くない。お前と共にあの世に行けるなら」

「バカ言うな、フェルディナント!」


 そう言って、バルは後ろを振り向くと、俺たちの真後ろにいた三人の敵を一気に斬り伏せた!

 相変わらず強引だが、力強い剣だな!


「お前は行け!」


 バルは俺にそう言うと、俺の胸元を掴んで、三人の屍が転がっているところまで投げ飛ばしたではないか!


「バル、な、何をする!」


 そう叫びながら体を起こすと……




 バルの背中からは、数本の刃が飛び出していた……


「バル、バルーー!」

「行け! フェルディナント! お前は生きろ!」


 バルに向かう敵は五人ほど。

 そのどれもが、バルの体に剣を突き刺していた。


「おのれ、貴様ら! バル、今行くぞ!」

「来るなぁぁぁぁぁ!」


 バルは敵を一人斬りつけて倒すと、俺に向かって叫んだ。


「来るな、フェルディナント! お前にはやるべきことがあるだろ!」


 また一人、バルは敵を斬り伏せた!

 しかし、敵も黙っちゃいない。

 バルを危険だと判断した奴らは、バルの利き腕を斬り落とした。

 剣を握ったままの手が地面に落ちる。

 奴らは彼から武器を奪ったのだ。


「バルーーー!」

「行け、フェルディナント! お前の理想を、この国を……」


 そう言うバルの胸元を、更にもう一本の剣が貫いた!

 苦しそうに、ゴボリという音と共に、バルの口からは多量の鮮血が溢れ出した。


「バル! バルーーー!」

「ぬぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 バルはあらん限りの力を振り絞るように剣を振り回した。

 四人いたうち、三人の敵がバルの件に倒れた。

 しかし、最後の一人がバルの胸元にもう一本の剣を突き立てたのだ!


「ぐふぉぉぉ……」


 バルの体が揺れる。

 体が震え、足が震えて今にも倒れそうになる。

 それを堪えながら、バルは胸元に突き刺さった剣を引き抜いた!

 剣が抜かれた傷からもブシャァと血が噴き出した。


 バル、もうやめろ、やめてくれ!!

 

「バル! もういい! 行こう! 俺と一緒に、一緒にいてくれるんだろう!?」


 俺は一歩ずつバルに近づこうとするが、バルは俺を振り返らずに手だけを差し出した。


「……バル?」


 そして、拳を作り、親指を立ち上げた。


「……バル……」

「行け、フェルディナント。お前はこの国に必要なんだ。生きろ、生きて俺みたいな境遇の人間を、少しでも幸せにしてやってくれ」


 それだけ言うと、バルは剣を突き立てる敵を抱え上げ、敵陣に向かって走り出した!


「バル! バルーーー!!」


 バルと共に生きたかった。

 バルと共に新しい国を作りたかった。

 バルと共に、バルのような者をこれ以上生み出さないように、国を変えたかった……


 バル……











 俺はバルが走っていった方とは逆の方向へ……

 味方の陣地へと向かって走り出した。


 敵陣に走っていった友の姿は、もう見えない……


「よくぞ戻った! フェルディナント」

「隊長……」


 隊長は、俺が戻るなり、肩を強く握ってきた。


「さすがカムリ家の者だな! やはり、一流の家の出の者は違う!」


 そう、上機嫌で話されるが、俺の耳には届いていない。

 俺は、虚ろな口調で隊長に問い掛けた。


「隊長……、バルは……バルは戻っていませんか?」


 俺は一縷の望みを託した。

 もしかしたら、バルはすでに戻っているかもしれない。

 俺との約束を守るために。


 だが……



「バル? 誰のことだ?」

「バルです! 私と同期の、剣士団見習いだった者です」

「……バル、バル……、あぁ、()()()()()か?」


 ん? 隊長の口調が変だぞ?

 ()()だと?


「隊長、あれではありません。バルです、名前はバル……」

「はっ、一端の貴族でもあれば名を覚えるだろうが、ただの浮浪者であろう。そんな者、名前を覚える頃には戦場で死ぬ駒に成り下がっておるわ!」


 ……な、なんだと?


「いいか、フェルディナント! そんな何処の馬の骨とも分からない輩よりも、今この時を共に生き残った名家の者を思え。大切にしろ! 名を覚えろ! 彼らなら必ずお前を助けてくれる! 浮浪者など、大食らいなだけで何の役にも立たんクズだ! クズはクズらしく、戦いで散れば良い! 第一、権力すらないだろう! 将来、名家の友のようには助けてくれんぞ!」


 隊長の言葉は、俺を不快にさせた。

 更に言えば……

 どこに吐き捨てようとも吐き捨てられない。ドス黒い怒りが、俺の中に込み上げてきた。


「クズはクズにしかならん。役に立たん者など生きている価値などなぃ、ブベラぁぁぁぁぁぁ!?」


 俺は沸き起こる怒りのままに、隊長をぶん殴った!

 隊長は豪快に宙を舞い、テントを突き破って外へとゴロゴロ転がっていく。

 俺は追いかけ、痛みに顔を歪めている隊長の腹に、ズン! と足を乗せた。


「おい、黙って聞いてりゃ図になりやがって」


 俺が隊長を睨み付けると、彼は慌てて取り繕うように顔を横へと振り回した。


「俺の友をバカにしたな? 良いだろう、カムリ家は貴様からの挑戦をあまんじて受けてやろう。貴族は貴族らしく、権力で勝負してやろうじゃないか」

「らひ、ひいいいいいい!?」

「その前に貴様はこの場で斬り殺してやる」


 俺は寝そべる隊長の腰元に手を伸ばし、そこに下がっている剣を引き抜いた。


「や、やめ、やめやめやめろーーーー!」

「うるさい」


 俺は剣を天高く担ぎ上げた。


「死ね」

 



 ーー





 そこで目が覚めた。

 どうやら昼下がりの陽が心地よくてうたた寝していたようだ。

 俺は持たれていた椅子から背中を浮かす。


 久し振りに見たな……


 思わずため息を吐いた。


「フェルディナント、いるか?」


 吐くと同時に、部屋の中にシンが入ってきた。


「やぁ、シン。どうした?」

「いやね、小耳に挟んだんだが……」


 とシンは困ったようにはにかんだ。


「お前の実家、カムリ家だったな?」

「あぁ、そうだが?」

「当主が家督を譲るのはお前ではなく妹だと聞いたんだ。本当か?」


 俺の胸元がズキンとした。

 まるで何かに圧迫されて潰されそうな圧を感じる。


「な、そ、そんなこと、聞いてはいない!」


 俺は立ち上がり、机の天板を思いっきり叩いた。


「あくまで噂だ、根も葉もない、タチの悪いゴシップだよ」

「カムリ家を継ぐのはこのオレだ! 俺だけだ!」


 その夜。

 俺は実家の門を開けた。

 父親に直談判するために。

 新しい時代の幕開けは、俺が相応しいと伝えるために。


 何より……





 アリシアが家を継いだら、友との約束が守れない!


『俺たちのような者が生きていける国を作ってくれ』


 



 バル!

 必ず、必ず頂点に登り詰めてみせるぞ!

 どんな手を使ってでも、この国を変えてみせる!



 それが俺とお前の誓いなのだから……



フェルディナントにはこんな過去があったんですね。

友との約束を守るために家督を継ぐ必要があった。

その為には、どんな手を使ってでも家督を継がなければならない。


そうかんがえながら再度「父殺し」を読み返してみると、深いところまで想像して楽しめるかもしれないですね。



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