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②気づいても言わない

自分の気持ちに気づいた。

でも、言わない。

こういうのって、言ったら変わっちゃう気がするから。



「顔、死んでるじゃん」


開口一番、それだった。


「そんなことないって」

「いや、死んでるし。で、振られたの?」


彼女が首をかしげるから、僕は笑う。


「二言目が、それ?」

「別にいいでしょ?」

「まあ、いいけどさ」


僕は周りを見た。

地元駅前の、いつもの待ち合わせ場所。

周りは人がガヤガヤしている。


「で、どうなのよ」

「……まあ」

「あーあ」


彼女は言ってから「ドンマイ」と続ける。


「軽いね」

「なによ。もしかして、慰めて欲しいわけ?」

「いや、違うけどさ」


彼女が両手を広げる。


「いい子、いい子、してあげてもいいわよ」


そう言ってニヤッと笑う。


「いや、いい」


苦笑いになると、なんか肩の力が抜けた気がした。


「よぉし、じゃあ、飲みに行こうか。仕方ないから私が奢ってあげる」

「おお」

「だけど、安い店ね。金欠だし」

「ケチ」


僕が言うと彼女が笑う。


駅近くの焼き鳥屋。

カウンターとテーブル席が五つ。

昔からいつも混んでいる店だったんだけど、近くに大手チェーンの店が立て続けにできたせいで、ぼちぼち空いている。


「焼き鳥の良さがわからないなんて、みんなアホね」

「あのさ、お気に入りがトマトの豚肉巻きのやつが言うセリフじゃないよ」

「いいじゃない。あんたも好きでしょ?」

「まあ、好きだけど」


二人でカウンターに座ると、大将は苦笑いを浮かべて、女将さんが笑う。


「あんたたちは、本当に変わらないわね」

「そうですか? 女将さんほどじゃないと思いますけど?」


僕が首をかしげる。


「さっそく、口説いてんじゃないわよ。彼女に振られたばかりのくせに」

「あら」


女将さんが頬に手を当てる。


「でも、すぐにいい子が見つかるわよね。優しいし」

「いや、しばらくはいいです。なんか疲れたし」


僕はガックリといった感じで、肩を落としてみせる。


「あら、そうなの? 残念だわ」


女将さんがほほえみながら、お通しを置く。


「飲み物はいつものでいいの?」

「はい」


僕たちがうなずく。


「じゃあ、ごゆっくり」


僕たちにおしぼりを渡して、女将さんは少し離れた。


「まあ、一年ぐらいひとりでのんびりもいいんじゃない?」


彼女がおしぼりで手を拭きながら、僕の顔を覗き込む。


「うん」


僕もうなずいて、おしぼりで手を拭く。

彼女が、大将に串物をいくつかとサラダを注文した。


「で、何がダメだったの?」

「わかんないよ」

「はぁ?」


彼女が目を見開く。


「わからないってなによ。理由も聞かなかったの?」

「そんなの聞いてどうなるのさ」

「そういう問題じゃないでしょ」


彼女がはぁっと息を吐いて、額に手を当てる。


「あんたって、そういうところあるわよね」

「どういうところ?」

「なんでも、相手に合わせるところよ」

「そうかな?」


僕は首をかしげた。

女将さんが飲み物を持ってきて、僕たちの前に置く。

それに軽くお礼を言ってから、グラスを手に取った。


「まあ、いいわ。かんぱーい」

「かんぱい?」

「独り身に、かんぱーい」

「ありがとう?」


軽くグラスを合わせると、チンと小さな音がした。


「いつからうまくいってなかったの?」

「うーん、三ヶ月ぐらい前からかな?」

「なんで疑問系なのよ」


彼女が苦笑いを浮かべる。


「だって、そんなのわかるわけないよね? 僕は別に普通だったし」

「普通ってなによ」

「普通は、普通でしょ?」

「意味わかんないし」


彼女がお酒に口をつけたから、僕もひと口飲む。


「てかさ、なんで私に相談しないわけ?」

「あのさ、なんて相談するの? 彼女が僕のこと微妙みたいなんだよねって言うの?」

「そうよ」

「やだよ、そんなの」


僕が呆れ顔になる。

女将さんが、僕たちの前にサラダを置いたので、それにもお礼を言う。

彼女が取り皿にサラダを分ける。


「トマトはもらうわね」

「なんで? そこはいつも通りじゃんけんでしょ?」

「仕方ないわね。今日は譲ってあげる」


僕の取り皿にトマトを乗せた。


「ありがとう」


少しの沈黙。

店の中は静かすぎず、うるさすぎず。カウンターのお客さんたちも適度な距離にいる。


「次はちゃんと、あんただけを見てくれる人にしなさいよ」

「どういうこと?」

「理由も話さずに一方的に別れるなんて、おかしいわよ」


彼女はグラスを見つめた。


「ダメなところをちゃんと話してくれなきゃ、直すこともできないじゃない」

「なんか、あったの?」

「ううん、ないんだけどね」


彼女が僕を見てほほえむ。


「なんか知らないけど、私まで悔しいのよ」

「はぁ?」


僕は首をかしげる。


「意味わかんないよね。私もわからないもの」


彼女のつぶやきみたいな声。

大将が僕たちの前に串物を置く。

皿には、ちゃんとトマトの豚肉巻きが四本乗っている。


「やっぱりこれだよね」


さっそく彼女がそれを手に取った。


「熱いから気をつけなよ」

「わかってるわよ」


口に入れてほふほうして、少し涙目になった。


「だから言ってるのに」

「仕方ないでしょ。熱いのがうまいんだし」

「冷めてもうまいよ」

「言われなくても、知っているわよ」


彼女が僕を睨む。


「熱いなら飲みなよ」

「うん」


彼女がグラスに口をつけた。

僕はそれを見て、砂肝を手に取った。


「あんたはいつもそれからよね」

「だってうまいじゃん」

「まあ、うまいけどね」


彼女がクスクス笑う。


「そっちはどうなの?」

「まあ、ぼちぼち」

「ぼちぼち?」


僕は砂肝を口に入れて、もぐもぐと食べながら彼女を見た。


「この前、合コンに行ったらしいわ」

「えっ? 彼が話したの?」

「違うわよ。他の人が話しているのを聞いただけ」

「聞いただけって」

「人のこと言えないでしょ。私もあんたと会ってるし、きっと、息抜きがしたかったんじゃない?」


彼女が小さく笑う。


「息抜きねぇ。そういうものなのかなあ」

「あんたには、わからないわよ。それに、私にも、わからない」

「まあ、僕たちには、息が抜ける相手がいるね」

「そうでしょ? だから、わからないけど、少しだけ、わかるのよ」


彼女がふっと息を吐く。

僕はもう一口、砂肝をもぐもぐと食べる。


「でも、なんか悔しいね」

「なんでよ」


彼女がツッコんで、笑う。

その笑顔を見て、「ああ」と声が漏れた。


「なによ」

「いや、なんでもないよ」


僕も笑う。


「言いなさいよ。気持ち悪い」

「気持ち悪いはひどくない?」

「仕方ないでしょ」

「その『気持ち悪い』が事実みたいに言わないでくれる?」


僕たちは笑い合う。

ちゃんといつも通りに。


「何か買ってもらったら、ペナルティが必要だよね」

「それは、一理あるわね」


彼女はコクコクとうなずく。


「でも、何か買えば許してもらえると思われるのも癪じゃない?」

「ああ、確かにね」


今度は僕がコクコクとうなずく。

次は鶏皮を手に取った。


「あっ、なんであんたが鶏皮を食べるのよ」

「いや、たまには食べてみようかと思って」

「ちっ、違うでしょ。これは、私のよ。食べたいなら頼みなさいよ」


彼女が、僕の手から奪い取ろうとした。


「危ないって、タレが飛ぶよ」

「じゃあ、置きなさい」

「僕のかしらあげるからさ」

「いらないわよ」


彼女が頬を膨らます。


「仕方ないな」


僕が皿に鶏皮を戻すと、彼女はカッと僕を見た。


「なんで、私が駄々っ子みたいになってるのよ」

「君が駄々を捏ねるのは、いつものことだろ?」

「あんたの前だけよ」


ふんすと鼻息を荒くして、鶏皮を手にした。


「まあ、あんたがいつも通りでよかったわ」

「人なんて、そんなに簡単に変わらないでしょ?」

「落ち込んでるかと思ったのよ」

「うーん。ちょっとだけ」

「ちょっとって、こんな時ぐらい、少しは落ち込みなさいよ」


彼女は少し呆れ顔をして、鶏皮を口に運ぶ。

僕はそんな彼女を見ながら「そうだね」とうなずく。


僕もそれが不思議だったけど。

彼女に会って、悲しいけどそこまで落ち込んでない理由が、わかった気がした。


僕は大将に鶏皮を頼む。


隣に座る彼女が、あまりにもおいしそうに食べるから。


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