第15話:専属協力会社の帰還。王都を枯らす
「店長、北の空に誘導信号を確認。……ハンスの馬車。予定通りの納入ね」
リタが観測モニターを眺めながら、気だるげに報告を上げた。
アイアンの肩部に装着された高輝度LEDが、猛吹雪のカーテンを暴力的な白光で切り裂く。その光の道に吸い寄せられるように、一台の馬車がボロボロになりながらアイアンの足元へ滑り込んできたわ。
「おかえりなさい、ハンス。約束の成果物、ちゃんと持ってきたかしら?」
アイアンの巨大な指先がタラップとなり、ハッチが開く。
吹き込む寒風をエアカーテンが即座に遮断する中、転がり込んできたハンスは、暖かい室内の空気に触れた瞬間、その場に崩れ落ちたわ。
「お、お嬢様……! 生きて戻れました……! 王都はもう、地獄どころじゃありません。あそこはもう、ただの稼働停止した残骸です!」
ハンスが震える手で差し出したのは、王都の現状ログだった。
私がいた頃の定期点検を「無駄な経費」と切り捨て、聖女の祈りという不確かな修正パッチに依存した結果がこれよ。
「魔導炉は臨界寸前で出力制限がかかり、街の灯りは死に、上下水道は汚泥逆流を起こして異臭を放っています。聖女様が『光よ!』と叫んでも、切れた魔導線の導通は戻りません。民衆は暗闇の中で、リゼ様の『消えないランプ』を求めて暴動寸前ですよ……」
「あら。物理法則に祈りで割り込みしようなんて、相変わらず設計思想の欠片もない連中ね」
私はハーブティーを啜りながら、ハンスの背後に隠れるように立っている、煤まみれの男たちに視線を向けたわ。
痩せこけ、指先は脂と錆で汚れ、目は絶望に沈んでいる。けれど、その手は紛れもなく「現場」を知る職人のそれだった。
「……こちらが、王都で見捨てられた腕利きの配管工たちです。彼らの工房は魔力不足で差し押さえられ、明日にはスラムへ叩き出されるところでした」
「あら。不良債権に使い潰される前に回収できて正解だったわね。――貴方たち、ここがどこか分かっているかしら?」
私の問いに、職人の一人がガタガタと震えながらアイアンの内部を見渡した。
「こ、ここは……何なんだ。外は零下だっていうのに、春のような暖かさだ。それにこの明かり……影ができないほど明るい。王宮の謁見の間だって、こんなに解像度じゃなかった……」
「当然よ。私の現場で暗転なんて、安全基準違反ですからね」
私は立ち上がり、フランカに合図を送ったわ。
「フランカ、彼らを強制洗浄してあげて。汚れは思考のノイズになるし、何より私のアイアンに病原体を持ち込まれるのは御免だわ」
「ふふ、お任せくださいな。隅々まで初期化して差し上げますわ」
フランカが、おっとりとした笑顔で除菌スプレーを構えた瞬間、職人たちの目が一箇所に釘付けになった。脱衣所の奥、もうもうと湯気を上げる循環型露天風呂の入り口よ。
「……えっ!? お、お風呂!? ここ、お風呂があるんですか!?」
「嘘だろ、この雪山のど真ん中で、たっぷりのお湯に浸かれるっていうのか!?」
「ああ……っ! 聖女様の祈りより、今は石鹸と温かい湯船が欲しい! 連れてってくれ、いや、連れてってください、フランカさん!」
「あらあら、元気ですわね。ええ、逃がしませんから安心してくださいな。指の先までピカピカにしてあげますから」
「「「うおおおお! お風呂だぁぁぁ!」」」
狂喜乱舞しながら、吸い込まれるようにフランカの後を追っていく職人たち。
まあ、アイアンの循環型露天風呂に入れば、彼らの古い価値観もろとも綺麗に洗い流されるはずよ。
さて、ここからが本題ね。私はハンスを厨房へ連れて行き、一つの重い木箱を突き出したわ。
「ハンス、これを王都の闇市で流しなさい。リゼ特製、魔力消費量九割カットの『超寿命・魔導フィルター』と、どんな低純度の魔石でも真昼のように輝く『永久輝灯』よ」
ハンスが恐るおそる箱を開け、中に入っているクリスタルの輝きを見た瞬間、息を呑んだわ。
「……っ!? これ、この輝度で魔石一個につき一ヶ月持つんですか!? こんなオーパーツを流したら、王宮が独占販売している高価な欠陥品なんて、誰も買わなくなりますよ!」
「当然よ。市場の標準仕様を書き換えるのが目的だもの。王都の民に、どちらが真の管理者か分からせてあげる。彼らに『王宮の祈り』ではなく『私の技術』への依存度を叩き込みなさい」
「……お、お嬢様。これ、もはや商売じゃありません。技術による王都占領ですよ……」
ハンスは冷や汗を流しながらも、商人の本能が刺激されたのか、その口角を不敵に吊り上げた。
「いいわね、その顔。ハンス、あなたにはこれから私の専属協力会社として、王都を内部崩壊してもらうわ。職人を吸い上げ、王都の金を私の開発費へと逆流させる。……できるわね?」
「……喜んで。このハンス、王都のライフライン、お嬢様の掌の上へ転送してみせましょう!」
吹雪の向こう側で、機能不全を起こした巨大な残骸と化した王都。
私はそこから有能なリソースを効率よく抽出・吸い上げ、代わりに依存性の高い毒を送り込む。
「さあ、まずはテスト稼働から始めましょうか。職人たちの腕も、鈍っていないか検収してあげないとね」
アイアンの足元で、新しいプロジェクトが静かに、けれど確実に動き始めた。
一方その頃。
風呂から上がり、フランカによって「鏡面仕上げ」に磨き上げられた職人たちは、食堂から漂ってくる「カツサンド」の芳醇な信号を感知して、今度は胃袋から陥落させられていた。
「な、なんだこの匂い……。王都で一番の宮廷料理人だって、こんな脳を直接揺さぶる匂いは出せなかったぞ……」
「ふふ、座りなさいな。あなたたちの空腹というエラー、私が今すぐ解決してあげるわ」
私は鼻歌混じりにフライパンを振るった。
工作令嬢による、世界の再構築は、まだ始まったばかりなのだから。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。




