いずれ食われる日が来ても
バロメッツの存在する世界に転生したこんしまちゃん。
転生早々巨大ブタに食べられそうになったけれど、なんとか逃げることに成功した。
現在こんしまちゃんは島にいるようだ。
今回の役目はそこから脱出することである。
こんしまちゃん個人としては、この異世界でも日本語に似た言葉が使われているか確かめることも目的だ。
身をつつむ白い半袖のトップスも黒いスパッツも白い靴もゼリー状。
おまけに頭からは黒ウサギみたいな耳が生えている。
こんしまちゃんは淡い木漏れ日のそそぐ森のなかを進む。
巨大な木々のあいだを抜けながら、自分の耳に話しかける。
「お耳さん……歩いても歩いても……海が見えないね……」
「植物やブタさんたちに合わせて島自体も巨大なんでしょう」
甲高い声で耳が答えた。
「高い場所にのぼって地形を把握したほうがいいんじゃないですか」
「しまった……その手があった……」
というわけで、こんしまちゃんは手近な木にしがみついた。
もうゼリー状の服がくっつくことはない。
ぶっとい幹をよじのぼり、ぶっとい枝におしりをつける。
眼下の向かって右には100軒以上の薄茶の小屋が整列している。
小屋と小屋のあいだにピンクの巨大ブタが数匹見える。
「あれはさっきまでわたしたちがいた大きな小屋だね……もしかしてブタさんだけで建てたのかな……」
「人工的なものでは?」
冷静に耳が指摘した。
こんしまちゃんは首をかしげてまばたきする。
「ブタさんのおうちを作ってあげたってこと……? 親切だね……」
「そんなきれいな理由でしょうか」
両耳が曲がり、こんしまちゃんの目のそばにその先端を下ろす。
「そもそも、なぜこんしまちゃんは身動きのとれない状態でお皿に載せられていたんです?」
「まさかわたし、エサにされるところだったんじゃ……」
縮こまり、身を震わせるこんしまちゃん。
「服がゼリー状なのも、ブタさんがわたしをおいしく食べることができるように配慮した結果だと思う……」
「となると、この島は養豚場なのかもしれませんね。きっと捕虜や罪人をブタに食わせているんですよ」
ついでお耳さんがピンと立つ。
「おっと、こんしまちゃん。ほかの生存者を助けようなんて気は起こさないように」
森の向こうの左斜め前を指す。
そこに青い水平線が浮かんでいる。
「ほら、あそこに見える海にすぐ行ったほうがいいと思いますわ~。今のあなたの役目は『島からの脱出』ですからね」
「だけどわざわざ10ポイント消費してまでこの世界に来たのは……言葉を確認するため……。だから役目を果たして転生する前に人と接触する必要はある……」
そう言ってこんしまちゃんは木から下りた。
* *
こんしまちゃんは来た道を引き返し、大きな小屋の集まっている場所に戻った。
あたりをうろつく巨大ブタの視界に入らないよう慎重に進み、小屋のなかを1軒1軒確認していく。
それぞれの小屋には大きな白い皿が置かれていた。
皿にはゼリー状の固形物がこびりついている。
扉が閉まっている小屋も多かった。
しかし巨大な扉は外側から少し押すだけで簡単にあいた。
そうやって50軒以上をのぞいたこんしまちゃんだったが、生存者とはまだ会えない。
しかもとうとうブタたちに見つかって後ろから飲み込まれた。
「……しまった」
「ブッ!」
直後、ブタが鳴いてこんしまちゃんをはき出した。
それを見ていたほかのブタも、こんしまちゃんから遠ざかる。
「……ホントまずくてよかった」
べとべとした液を払いつつ、こんしまちゃんは探索を続行する。
* *
そして最後の小屋の扉をあけると同時に、自分以外の人間を見つけた。
黄色いゼリー状の上下を着た女の子である。
焦げ茶の靴が大きな皿にくっついた状態だ。
茶髪でおおわれた頭からキツネのような三角形の耳が生えている。
女の子はうつ伏せで皿に貼りついていた。
動かせる頭部を左後ろに向け、涙目を見せる。
「な、なに……っ、ブタじゃないの……?」
その言葉は、日本語にしか聞こえない。
唇の動かし方もそれっぽい。
こんしまちゃんは扉を閉め、キツネ耳を持つ女の子の左隣に寄った。
「もうだいじょうぶ……」
ついでこんしまちゃんは女の子にふれようとした。
が、慌ててウサギ耳がそれをとめる。
「そのまま引きはがそうとしたら、またあなたもくっついちゃいますよ!」
「しまった……だったら」
こんしまちゃんは思い出した。
ブタの唾液にまみれたあと、服に使われているゼリー状の素材の粘着力が弱まったことを。
さっき飲み込まれたときの唾液がまだ両わきの下に残っている。
そのべとべとした液体を手の平につけ、女の子の服や靴に塗りたくった。
すると皿にくっついていた部分が切り離され、女の子は無事に立ち上がることができた。
「ありがとう、お姉さん……」
「よかった……とにかくブタさんが来る前に移動しよう……」
2人は扉をわずかにあけ、その隙間から小屋の外に出た。
小屋の並んだ場所からすぐに離れ、大きく反時計回りに迂回して森に入る。
* *
こんしまちゃんは海を目指しながら、左隣を歩くキツネ耳の女の子に声をかける。
「あなたの名前は……? ちなみにわたしは……」
右人差し指で自分の左手の平に「こんしまちゃん」と書いてみせた。
対する女の子はゆっくりとうなずく。
「お姉さん、こんしまちゃんって言うんですね。だったらあたしは――」
女の子はこんしまちゃんの左手の平に「あぐり」とひらがなで書いた。
こんしまちゃんは微笑し、小声で聞く。
「あぐりちゃん……。どうしてわたしたちは……ブタさんのエサになっているんだっけ……」
「覚えていないんですか」
キツネ耳の女の子――あぐりはおずおずと返した。
「あたしたちが罪人だからですよ……。バロメッツから生まれた人間は迫害される運命なんです」
「……バロメッツ?」
意外な言葉を耳にして、こんしまちゃんは驚いた。
自分のウサギ耳を右手でさわりつつ、あぐりのキツネ耳を見る。
「バロメッツが生やすのは羊じゃないの……?」
「そこも忘れたんですか、こんしまちゃんお姉さん」
あぐりがちょっとジト目になった。
「最近のバロメッツは突然変異によって動物の耳を持つ人も生やすようになったんです。しかもその人々はもとの植物から離れても生きていけます。こんしまちゃんお姉さんもあたしも、そうですよ」
「そうだったね……教えてくれてありがとう……」
こんしまちゃんは、あたりの太い根っこを視界に入れながら言葉を続ける。
「だったら……たとえこの島から出ても迫害は終わらないのかな……」
「はい。バロメッツから生まれた人は少数なので、協力したって普通の人間に敵いっこありません。ここから逃げることに成功しても、いずれまた違う動物のエサにされるのがオチでしょう」
あぐりの三角形のキツネ耳がパタパタと開閉する。
「だけど……だけどあたしは、ずっと堂々と生きていたいんです。迫害される運命だとしても、生きようとすることをやめたくありません。生きる意思……というよりは生きようとする意思でしょうか。この2つは同じようで違うものだと思います。いずれ食われる日が来ても……生きることができなくなっても、生きようとすることだけはできるんです。生命を生じさせ続けるバロメッツの子どもとして、あたしはあたしの生命をまっとうしてみせます!」
ここで、あぐりが顔を赤らめる。
「って、さっきまで泣いていたあたしが言っても説得力ありませんけど……っ」
「いいや、あぐりちゃんはすごいよ……それを聞いたら、迫害なんかに負けていられないって思う……」
こんしまちゃんというよりは、そのウサギ耳のもとの体の持ち主が心の底からそう言った。
そして左前方の木々のあいだに青い水平線が映り始めた。
「あ……海だ。これで脱出できるね……」
「そうですね」
あぐりはキツネ耳をピクピクさせ、こんしまちゃんを見上げる。
「泳げますか、こんしまちゃんお姉さんは」
「えっ……」
こんしまちゃんは森を抜けてから、砂浜と青い海を凝視した。
水平線の先には島影1つない。
「しまった……長い距離は……難しいかも……」
「じゃ、あたしにつかまってください!」
あぐりはこんしまちゃんの右手を取った。
「こんしまちゃんお姉さんはいのちの恩人なんですから、これくらいさせてください。あたし、遠泳は得意なんですよ」
「ありがとね、あぐりちゃん……それならお供するよ……」
* *
そんなわけでこんしまちゃんは、あぐりの胴体につかまって海上を進む。
なお魚やクラゲなどは通常サイズであるのであんまり危険じゃないようだ。
「なんか……意外とあっさり島から出られたね……」
こんしまちゃんがぼそりと言った。
するとあぐりは水をかきながら、軽く笑った。
「ホントに警備態勢、なってませんよね。だけどこれは……あたしたちがどこに逃げてもムダだって普通の人間のかたがたが考えているからですよ」
あぐりは悲しそうに、でもその感情に流されないように水しぶきを上げる。
「まるでこの世界のすべてが、バロメッツの子どもの監獄みたいです。それでも生きようとするんです。だって、せっかく生まれたから。せっかく生んでくれたから。その意思は、植物だろうが動物だろうが人間だろうが……変わらないはずなんです」
* *
☆今週のしまったポイント:4ポイント(合計78ポイント)
次回「コウモリはコウモリ」に続く?




