E-383 二重の陽動かもしれない
指揮所に戻って、ナナちゃんがまとめてくれた角度と着弾点の距離を簡単なグラフにする。
少し折れ曲がっているけど、かなり良い直線性を示している。
これなら、角度から着弾点までをグラフで読み取ることが出来そうだ。
3枚程描いたところで、ガラハウさんに1枚を渡すことにする。ナナちゃんが直ぐに持って行ってくれたから、砲身の横に簡単な弾着距離計を作って貰えるに違いない。
それにしても、最大飛距離が1.2コルムと言うのも凄いものだ。
石火矢と異なり風の影響はあまり受けないだろうから、より正確な射撃が出来る。
これ以上長距離射撃をするなら大砲を使えば良いだろうから、兵器の開発はここまでで十分に思える。
後は、昔作った大きな雑木の球もおもしろそうだな。あの中に爆弾を3つほど仕込んでおいたなら、案外役立ちそうな気もする。
結構大きいし、それなりの重さもあるから尾根を上ってくるゴブリン達が跳ね飛ばされている光景が脳裏に浮かぶ。
だが、案外場所取りなんだよなぁ。最初から吊るしておくとなれば爆弾は仕込めない。」精々、球の中に油を入れた壺を入れるぐらいだろう。谷底を照らすためにも尾根にいくつか用意しておいても良さそうだ。
「あの兵器は役立つんでしょうか?」
レイニーさんの素朴な問いに、笑みを浮かべて大きく頷いた。
「結構役立つと思いますよ。尾根に設けずとも尾根の東の道を南北に移動するだけで向かい側の尾根に砲弾を落とせますからね。
尾根の上は石火矢や砲炎筒の発射準備で大忙しの筈です。ただでさえ尾根の上は平らな場所があまりありませんから、あれで十分に戦力の強化を図ることが出来ます」
「ヴァイスはもっと派手な爆発を期待していたみたいですよ」
「あれでも石火矢2個分より大きな爆発なんですよ。十分でしょう。それよりもティーナさんの方が気になるところです。あれは防衛というより攻撃に向いてるんですよね。城攻めなら石火矢よりも効果的です」
「征服戦争に用いられる可能性が高いと?」
「ええ、ですからあの迫撃砲はマーベル国から外に出すことはしません。外に出すのは石火矢のみ、それも通常型をマーベル国の兵士が使うことにします」
エクドラル王国でも俺達の兵器を模造しようとしているみたいだけど、果たしてそれが形になるのは何時になるのだろう。
少なくとも、装薬と炸薬の混合比率が分からないのでは半コルム程の飛距離を飛ぶ石火矢を作れても爆発させることは難しく思える。
製造の秘密はガラハウさん達が独占しているから、兵士達から漏れる恐れはないし、仮に石火矢1個がエクドラル王国に渡ったとしても、成分を分析する技術は無いからなぁ。
マーベル国が一人前になるまでは、同盟関係にあろうとも秘密を守ることが必要だろう。
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秋に備えて魔族に対する防衛力を蓄えていると、伝令の少年が指揮所に駆けこんできた。
「エルドさんから通信です。『東に煙が見える。川に近いことから、砂鉄採取を中断して町に戻る』とのことでした」
「了解した。エニルに伝えてくれ。『滝の東の砦の観測を強化せよ。改良2型の石火矢を30東の砦に移動せよ』以上だ」
騎士の礼を取って出ていく少年を見送ると、レイニーさんに顔を向けた。
「今年はブリガンディ地方に攻め入るつもりなのでしょうか?」
「まだ状況は不明です。煙の規模もわかりませんからね。魔族が攻め入るなら東の砦を攻略しないといけませんから、とりあえず監視強化といつでも石火矢を放てる状況に置けば慌てる事態は避けられると思いますよ」
東の砦は張りぼても良いところだからなぁ。あれは俺達がいるという脅しのようなものだ。
1個分隊が駐屯しているけど、常に3人が見梁台で監視を継続している。
周囲に森は無いから、接近すれば一目でわかる場所でもあるのだ。
「砦を攻略しても滝の裏越えをしなければなりません50ユーデに満たない距離ですけど、荷馬車1台が通れるほどの道ですからね。大部隊で攻め入ることは出来ませんし、東の楼門は頑丈です」
「貴族連合には早めに知らせるべきでは?」
「エルドさんが帰ってからでも十分でしょう。あまり早めに騒ぎ立てると兵士達の士気にも影響しかねません」
何といっても東は天然の要害だ。たとえ3個大隊を越える魔族軍であっても、1個小隊の兵士で防衛ができる。
そもそも滝の裏道を通ろうとするのが間違いの元なんだよなぁ。
俺なら山越え、もしくは下流での川越を行うだろう。
不思議な事の魔族は山越えをしようとはしない。それなりに険しいことは確かなんだが……。
夕食前にエルドさんが帰ってきた。
さっそくテーブルの地図で状況を教えてくれたんだが、エルドさん達が砂鉄を採取している場所からでは煙が見えただけのようだ。
「それほど大きな煙ではありませんでした。大規模な偵察部隊という感じです」
「東の見張り台では確認されておりません。望遠鏡を使って監視はしているのですが……」
「煙は風で流れてしまうからなぁ。エルドさん達が砂鉄を採取している場所はこの辺りだから、中隊規模の魔族軍であればそういうことになるんだろうな。だが、この辺りの偵察をするということは、やはり渡河を考えているということになるんだろうね」
川幅もあるし、水深もそれなりある。武装をした魔族は泳げるのだろうか?
「貴族連合というより、旧ブリガンディ王国の残党またはレオン殿の姉上が嫁いだエクドラル王国のマイヤー領ということになるのでしょうか? さすがに我が国の攻略を南北からと考えるような魔族ではないように思われますが?」
レイニーさんの話を聞いて、改めてテーブルの地図を眺めてみる。
東の滝方向からの攻撃は無謀としか思えないが、陽動としては悪くない。本命は南からということになるのだろうか?
だが、これもかなりの問題があることは確かだ。何といっても片側が川だからね。後方はエクドラル王国の貴族領だが、姉上がいるからなぁ。マイヤー家の私兵と所領を接する貴族達が連携して動くに違いない。エクドラル王国軍の救援が来るまでの数日なら十分に防衛が可能な筈だ。
そうなると、渡河した部隊が包囲殲滅となりえるだろう。
渡河作戦を考えるような魔族であるなら、容易にその危険性に気付くに違いない。
待てよ……。魔族の渡河作戦も陽動ならばどうなるのだろう?
その時の本命は……、まさか旧サドリナス領の中央、もしくはその北ということになる。
魔族が沿岸地方の王国の動きをどこまで知っているかについても考えないといけないが、案外昔の情報のままかもしれない。
その場合は、国境近くを南下することは避けるはずだ。エクドラル王国本領と接する川よりも東、かつ俺達の影響範囲を避けるということであるなら……。本体の侵出点はこの辺りになるな。
俺がおもむろに指示棒で地図の一角を指し示すと、皆が急に黙り込んでその場所を見つめる。
「……さすがに、そこは離れすぎているぞ。それにサドリナス王国の書庫に合った資料で得た魔族の侵出場所でもある」
ティーナさんの言葉に、レニーさん達も頷いている。
旧サドリナス領の魔族の侵出点は俺達の版図の直ぐ西にある尾根の2つほど先の谷間のようだからな。
「それほど大きくない煙であれば、大規模な偵察ということになるでしょう。では何を探っているのか……。位置的には川沿いの近くです。そのまま南下すると云うことであるなら偵察部隊は小さく手も十分です。大きいということは広範囲に探すということですから、渡河地点ということで間違いないでしょう。
ですが、渡河そのものが上手くいくとも思えません。レイデル川沿いに大部隊が集結するんですからエクドラル王国軍の迎撃態勢も整えやすいでしょうし、何と言っても石火矢で事前に攻撃を行うことが可能です」
「悪手ということか? 渡河方法にもよるだろうが、たぶん筏を組むだろうからな。筏を破壊されたなら渡河作戦が頓挫するに違いない」
ティーナさんの言葉に、皆が頷いている。
悪手であると認識できたようだな。
「あえて渡河作戦を強行するとなれば、それは旧サドリナス領内に駐屯するエクドラル王国軍を辺境に張り付ける目的と考えることが出来ます。要するに、2つ目の陽動ですね。なら本隊はどこかということになるんですが、さすがに我が国の直ぐ西にある侵出点を使うとは考えられません」
「近すぎるということか! 旧サドリナス領に展開しるエクドラル王国軍は2個大隊と2個中隊だ。渡河作戦を魔族が強硬するとなれば1個大隊は派遣することになるだろう。それにマーベル国も連動することになる。西の広い範囲が手薄となるぞ」
「それで、今では使われなくなったこの侵出点ということですか……。かなり頭の良い魔族がいるものですねぇ。ですが我らにはレオン殿がいますからね」
ティーナさんの驚く声に、エルドさんがそうではないという感じで言葉を繋げてくれた。
ちょっと腰を浮かせぎみだったティーナさんが咳ばらいをしながら椅子に座り直している。
「結構厄介ですけど、迎撃は可能です。次の魔族との戦は滝の東の砦から始まって、中流手前での渡河、その後に旧サドリナス領の中央より西にある侵出点から南進する魔族との戦いということになるでしょう。陽動ということであれば1日程の間を取って動くと予想されます」
さすがに3重の陽動は行わないだろう。
強いて考えるなら、エクドラル本国領で小規模な陽動が起こるぐらいに思える。
「関係者を集めて調整する必要がありそうですね」
「父上に連絡しよう。先ほどのレオン殿の話は伝えても問題は無いな?」
「お願いします。せっかく民が安心して暮らせる状況にまで来たんですから、魔族にかき回されたくはありませんからね」
魔族が必要悪とは思えない。相容れない存在であることは認識しているつもりだ。魔族そのものを撲滅することが出来れば良いのだが、現状では迎撃するのが精一杯なんだよなぁ。




