E-381 長距離射撃場を作らないといけないようだ
昼食を食堂で取ると、銃兵部隊の屯所に向かう。
中央楼門の広場を通り過ぎようとしてところで、ナナちゃんが俺を見つけて走ってくる。ビーデル団の会合に同席していたのかな?
永代顧問のような立場だからねぇ。団長達からも慕われているようだから、いろいろと助言を頼まれているのかもしれないな。
「新しい大砲の試射をするんだ。ナナちゃんも一緒に来るかい?」
「行くにゃ。ティーナ姉さんも見たいと言ってたにゃ」
「なら、誘ってくれないかな? 銃兵部隊の屯所で待ってるよ」
俺を見上げながら頷くと、すぐに走りだした。あの方向は指揮所なんだけどなぁ……。
再び歩き出す。
銃兵部隊の使用する兵器はある意味、この世界では突出した性能を持っている。
さすがに気安く見せるものではないから、あまり人が行き来しない西の楼門の屯所に併設した武器庫に収めている。
屯所に近付くと、武器庫からボニールの曳く荷車に迫撃砲を乗せているのが見えた。
都合4台だな。迫撃砲の砲架は2基なんだが砲身が4種類もあるからなぁ。
石火矢と大砲の中間のようにも思える代物だから、砲身の厚さは大砲の半分以下でも十分だと言ったんだが、ガラハウさんは信用できないという感じだったからね。俺の言葉通りの砲身とそれより厚みのある砲身の2種類、さらに砲身長さが1ユーデの代物とそれより半ユーデ長い代物を作ってくれた。
4種類を試して、最適なものを量産するということになるんだろう。
「やっと来たな。4種類作ったから、レオンが使えると判断したものを教えてくれればそれを数台作るぞ。模擬弾重量は砂を入れてあるが、こっちはしっかりと炸薬を入れてある。赤が本物じゃ。白は砂が入っとるから、最初は白で試すんじゃぞ」
「了解です。ガラハウさんは試射を見ないんですか?」
「まぁ、見てもつまらなそうじゃ。新型大砲よりも飛ばんのじゃろう? 石火矢よりも正確狙えて大砲よりも飛距離が出ない……。なんとも珍妙な兵器じゃて……」
ぶつぶつと呟きながら去って行った。
ガラハウさんも忙しそうだなぁ。製鉄をしている最中だったのかな?
1度始めたら、3日間は炉の火を絶やすことが出来ないと言っていたからなぁ。それ以外にもいろいろと工房で作っているようだ。
町にも農具を手直しする鍛冶屋があるんだけど、鍛冶屋に依頼することはドワーフとしては恥じる行為になるらしい。鍛冶屋がドワーフ族ではなく獣人族だからなんだろうか? 案外気位が高い種族なんだよなぁ。
「レオン殿、準備が出来ました」
俺のところにエニルが走ってきて報告してくれた。
エニルに頷くと、後ろを見る。
遠くに数人がこちらに歩いてくるのが見えた。先頭は……、ナナちゃんのようだな。ティーナさん以外にも見たい人物がいたようだ。
「ナナちゃん達が来たところで、出発しよう。それで、穴は掘ってくれたかな?」
「全ての城門近くに掘りました。やはり危険なのでしょうか?」
「危険性はあまりないと思うんだけど、念の為だ。砲身の肉厚が薄いからね。その場で爆発したなら怪我では済まないだろう。最初の数発は穴の中から紐でトリガーを引くことにしたい」
4種類の砲身の内、砲身が短く肉厚の薄いものを最初から使ってみよう。10発程撃ったところで砲身の点検をしてみるか。
「変わった大砲だと聞いてやってきたぞ」
ティーナさんの言葉にレイニーさんまでも頷いている。レイニーさんも気になるんだろうな。中途半端な大砲を作っていると思ったに違いない。
その他はユリアンさんにエルドさんだった。ヴァイスさんかと思ったんだけど、飛距離があまりないということで興味を失ったんだろう。新型石火矢に飛距離は迫撃砲よりも長いからね。
「それじゃあ、出発しましょう。砲身の肉厚を薄くしましたから、西の城門前の荒れ地で試射してみます」
「開拓地を荒らしたらマクランさんに怒られますよ!」
「南東方向に向かって発射すれば森の近くに着弾するでしょう。森近くまでは開拓が進んでいませんから、だいじょうぶだと思いますよ」
俺の言葉に頷いてくれたのはエルドさんだけだった。冬前に薪を伐採するために少しずつ森が小さくなっているんだけど、新たな森を作るために現在の森より先に植樹を行っているところだ。
将来的には現在の森から1コルム程南に森が出来るだろう。
とはいえ、石火矢や大砲の射撃場所についても考えないといけないだろうな。
エルデ川東岸にも名目的な領地を得ているから、そこを射撃場としても良さそうだ。エルデ川越しなら、飛距離が10コルムとなっても兄上達から注意されることもないだろう。
「出発しますよ!」
ちょっと考えこんでいた俺に、エニルが大声で伝えてくれた。
我に返った俺を見てレイニーさん達が笑みを浮かべているんだよなぁ。苦笑いを浮かべながら頭を掻くと片手を高々と上げて了承を伝える。
「全く、今度は何を考えていたんだ?」
「兵器の試射場を新たに作るしかなさそうだと……」
「そうですね。南に向かって今までは試射をしてましたけど、やはり開拓地を荒らしたくありません。レオンに任せますけど、北の射撃場はそのまま残してくださいね」
さすがに、あれを撤去したらヴァイスさんから文句を言われそうだからなぁ。それに民兵達のクロスボウや少年達の投石の練習場でもある。
もう少し横に広げて奥行を持たせたいと思っていたところでもある。迫撃砲の目途が着いたなら、今度は射撃場について少し考えてみよう。
「西の門からの試射ということですから、尾根の南の見張り台とその先の砦には連絡を入れておきました。ですが、あの周辺は良い猟場でもありますから……」
エニルからも、クレームが来てしまった。
新たな森には、すでに鹿やイノシシも定着しつつあるようだ。
近距離専用の射撃場として北の射撃場は残すとして、やはり長距離射撃場は近々に整備しないといけないようだな。
「今回の試射が西門からの最後にするよ。せっかくエルデ川東岸を版図にしたんだからね。そこを射撃場にすれば良いのかもしれない。東門の南に発射地点を整備すれば、着弾観測は滝の東に作った見張り台から行えるだろう」
さすがに滝の東を開拓しよう等とマクランさんが野望を抱くことも無いだろうし、魔族が闊歩するような土地だからね。思う存分砲弾を撃ちこめるに違いない。
2時間程歩くと西門が見えて来た。
周囲はまだ雑木がまばらに残っている。開拓はまだこの辺りまで進んでいないんだが、城壁に沿って道は整備されているからなぁ。数年も経たずにこの辺りまで畑が広がってきそうだ。
西門の屯所前の広場で一休み。
駐屯している小隊が俺達にお茶をご馳走してくれた。
部隊を率いているのは、タヌキ族のオベルさんだ。すでに中年を過ぎているんだけど、若い兵士をしっかりと束ねてくれている。
「門を出て試射をすると言うことですか。それなら城門の上から見学させて貰いますよ。武器庫に石火矢が200程保管してあるんですが、新たな石火矢と言うことでしょうか?」
「石火矢と大砲の中間みたいな兵器だ。石火矢は一度に沢山放つ兵器だけど、これはある程度狙った場所に当てることが出来ると思っている。でも城門に備えることは無いと思うよ。移動が容易だから敵の動きに合わせて移動することが出来るからね」
威力は石火矢よりも大きいと言ったら、ちょっと驚いているんだよなぁ。
石火矢を越える兵器としては、フイフイ砲で放つ爆弾ぐらいに思っていたのかもしれない。
フイフイ砲も魅力ではあるんだが、あれを動かすのは面倒だからなぁ。
どうしても固定兵器的な運用になってしまう。
放つ爆弾はそれなりに威力はあるんだけど、飛距離は石火矢を越えることが無い。敵がフイフイ砲を持ち出したなら、石火矢でフイフイ砲の射程に入る前に破壊することが可能だ。
「遠くの敵は石火矢が使えるし、近付いたならカタパルトがある。西門に敵が現れるような事態はなるべく起こらないようにしたいけど、西の尾根を越えられたらここで阻止しなければならないんだ」
「十分に承知しております。移動柵を常に50個用意しておりますし、2つの小屋には丸太を積み上げていますからね。年に2度程柵の緊急展開を開拓民と共に実施していますよ。レオン殿がいる限り西の尾根を魔族が越えるとは思えませんが、それでも万万が一と言う言葉もありますからなぁ」
レイニーさん達が、うんうんと頷いている。
俺としては苦笑いを浮かべるしかないんだよね。俺を信頼してくれているけど、それでも安心はできないことを知っているのだろう。
レイニーさん並みの心配性なのかもしれないけど、俺にとってはありがたい存在でもある。
「さて、そろそろ始めるか。エニル準備をしてくれないか。それと城門の上に観測班を上げといてくれ。飛距離と方向誤差の確認をして欲しい」
「了解です。穴を掘った位置はすでに計測していますから、測定誤差は10ユーデ以内に収まると思います」
肉厚の薄い砲身を使うから、レイニーさん達見学者は城門の上で見て貰うことにした。擁壁に隠れて、潜望鏡を使って最初は見て貰えば良いだろう。
敵状監視を目的とした潜望鏡は、各城門に10個程用意してあるし、レイニーさんは専用の小さなものを持っているはずだ。
ナナちゃんは光通信をして貰うために俺と一緒なんだけど、穴の中から潜望鏡で見ている限り心配な無さそうだ。しっかりと耳栓を用意しているようだからね。
荷車の後ろに付いて城門を出る。
一面に荒地が広がり、南東方向に黒々とした森が東に続いている。あの森を避けて試射するか。
すでに掘った穴の傍に迫撃砲を下ろして、準備が始まる。
そう言えば、もう1つ課題があったんだよなぁ。
砲弾が西の尾根を越えられるかということなんだが、迫撃砲弾がどれほどの高さまで上がるのか……。これをどうやって計測すれば良いんだろう?




